デジタル時代の大学設置基準の見直し 実務家教員の定義に注目
専門職大学によるゆらぎ
実務家教員の定義は専門職大学の制度化でさらに先鋭化した。専門職大学は2019年4月から制度化された新たな高等教育機関である。それぞれの専門的職業に必要とされる理論と実践をバランスよく学べる学士の専門職学位課程だ。専門職大学では、法令上専任教員の4割以上が実務家教員でなければならないとされている。
当該の法令である専門職大学設置基準には、「実務の経験等を有する専任教員」と記されており、「実務家教員」とは明記されていない。その定義とは、「専攻分野におけるおおむね5年以上の実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する者」(専門職大学設置基準第三十六条)であり、おおむね専門職大学院と同様である。
専門職大学は医学、獣医学、6年制薬学などを除いてさまざまな専門的職業の教育が可能である。したがって、実務家教員に求められる「実務」も多様となる。それらに一貫した実務の水準があるわけではない。
さまざまな専門的職業に関する教育が行われるので、実務家教員がもつべき具体的な専門実務領域を特定することができないのだ。法科大学院であれば、法曹実務という明確な対応実務がある。あるいは専門職大学として設置することができない医学、獣医学、6年制薬学も、それぞれ医師、獣医師、薬剤師の実務と明確な対応をみてとることができる。べつの言い方をすれば上記の例は、実務を行う上で国家試験を課しているので、実務経験や実務能力を国家資格というかたちで保証しているのである。
研究能力を有する実務家教員
専門職大学設置基準のうち実務家教員に関する記述でもっともインパクトが大きかったのは、いわゆる「研究能力を有する実務家教員」の定義がつけ加わったことである。実際に、専門職大学を設置しようとすれば「実務家教員」と「研究能力を有する実務家教員」と区別することになる。「研究能力を有する実務家教員」とは、①大学での教員経験がある、②博士、修士または専門職学位を有している、③実務にかかる研究上の実績を有している、のいずれかに該当するものをいう。①、②は外形的な経歴で判断できるが、③は外形的に判断することができるのかというとむずかしい。この点については、実務家教員に求められる「研究」とはなにかという問いに関わってきてしまう。いずれにせよ、専門職大学設置基準によって「研究能力を有する実務家教員」という新たな区分が誕生してしまったことになる。
確認しておくと、「実務家教員」とは実務の経験、実務の能力とそれらを教えることができる高度の教育能力が必要である。「研究能力を有する実務家教員」は、実務経験、実務能力、教育能力にくわえて研究能力が求められている。ここで興味深いのは専門職大学に研究能力を有する実務家教員が必要であるのに対して、専門職大学院には明記されていない点である。もちろん専門職大学があとから制度化されたためでもあるが、専門職大学院で当初想定された領域では、おそらく先に指摘した法科大学院→法曹のように、実務家教員として必要な実務能力・経験が同定されていたという点が大きいのではないだろうか。
専門職大学の制度化の契機になった答申(「個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決社会を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について」)では、「個々の企業等の中に集積された暗黙知を形式知化して継承することや、さらには、これらを理論化・体系化して、生産性の向上へとつなげることの重要性が指摘されている」と言及されている。すなわち、法科大学院などのように比較的に実務能力などが明確化されている領域よりも、いまだに理論や体系として同定されていない実務領域が、専門職大学として設置されることを想定していたと考えることができる。だからこそ、実務経験や実務領域が外形的に同定できないような領域の専門職大学の実務家教員には、実務上で集積された暗黙知を形式知化して教育することができる、いわば「形式知化」する研究能力が求められたのではないだろうか。