TOTOKUが描く"細く・軽く・小さく"の未来 ── 高機能電線から広がる社会価値創造

創業85年を迎えた株式会社TOTOKUは、「リスクを取って成長する」という創業精神をDNAに持つ特殊電線メーカーだ。自動車・半導体・データセンターという3本柱を軸に、グローバル市場での存在感を高めながら、日本のものづくりの精密性と省エネ技術で社会課題の解決を目指している。牧謙社長に、創業からの歩み、事業構想の進化、そして未来ビジョンを聞いた。
創業の原点と「特殊」にこだわる姿勢
1940年、東京で創業した東京特殊電線(現TOTOKU)は、当初から大手電線メーカーが手掛ける大量生産型市場には踏み込まず、あえて"特殊"分野を選んだ。創業者は、既に電力ケーブル分野が大手電線メーカーで押さえられている中で、「規模ではなく、特殊で先端的な製品をつくり続ける」方針を明確にした。
その象徴が電熱を伝えるヒータ線だ。情報や電力を送る一般的な電線ではなく、"熱を伝える"という特性に注目した発想は、戦前の電線業界の常識から見ても異色だった。牧社長は「創業者は、自分の立ち位置と環境を冷静に見極め、他がやらない領域に挑んだ」と語る。創業者が社員に繰り返し伝えていた「リスクを取って成長せよ」という言葉は、85年経った今も経営の芯にある。
安定と挑戦のバランス
高度経済成長期、同社は日本経済の拡大とともに成長。しかし1990年代後半から日本経済が低迷、2008年のリーマンショックが追い打ちをかけ、主要顧客であった家電メーカーの衰退も重なって業績は急落した。
この苦境で下した決断は、売上規模よりも収益性を重視し、高付加価値分野へ集中する構造改革だった。大型案件を手放す一方、利益率の高い分野に資源を再配分。結果として利益体質は改善したが、「挑戦を控える安全志向」が組織に広がった。牧社長は「安定は重要だが、リスクを取らなければ成長の芽は育たない」と振り返り、近年は再び挑戦を組織文化に根付かせる取り組みを進めている。
海外戦略の進化
2022年にカーライル・グループによるTOBを経て、2023年4月に「TOTOKU」として再スタート。2025年にはSWCCグループ傘下となった。この一連の資本関係の変化を通じて、海外戦略の発想を刷新している。過去の進出は日本メーカーと一体で海外に出る"随伴型"が主流だったが、家電業界の縮小とともに撤退を余儀なくされた苦い経験がある。今回は、日本市場に依存せず、現地で成長を続ける海外企業と"並走"するモデルを採用。
例えば台湾や韓国、中国、欧米の顧客と早期に技術・品質面での信頼を築き、その企業の成長スピードに合わせて事業を拡張していく。この発想は、現地市場の変化に即応できる柔軟性を持ち、需要変動の影響を最小限に抑えることができる。牧社長は「せっかく世界で認められている製品がある。もっと多くの国で使ってもらえるよう、一歩踏み出す勇気が必要だった」と語る。
3本柱が生み出す社会価値
現在のTOTOKUを支えるのは、自動車・半導体・データセンターという3分野だ。
自動車分野では、省エネ性と快適性を両立するシートヒータが主力。特に欧米市場で高く評価されており、体格や体重の大きいユーザーが何年使用しても故障しない品質は信頼の証だ。空気を暖めるエアコンに比べ、直接人体や座席を温める方式は熱効率に優れ、省エネ効果が大きい。電動化の普及に伴い、バッテリー消費を抑える装備として需要は拡大している。
半導体分野では、検査に不可欠な世界最細クラスのコンタクトプローブを製造。消耗品であるため、生産増に比例して安定した需要が見込める。
データセンター分野では、AI時代の急増する電力・通信需要に対応する三層絶縁電線を提供。細く軽い構造は配線スペースを節約し、発熱抑制による省エネ化に直結する。
「細く・軽く・小さく」に集約される強み
これら3分野に共通するのが、「細く・軽く・小さく」という特性だ。これは当初から掲げていたスローガンではなく、顧客の要望に応え続けた結果として自然に導かれた方向性である。細くすることで軽量化が進み、施工や取り扱いが容易になる。軽くなることで輸送や設置の負担が減る。さらに小さくなることで省スペース化を実現し、限られた空間の有効活用を可能にする。
牧社長は「高性能化を目指した結果、自然と省エネ性や環境適合性が高まった」と語る。技術的強みを一貫したメッセージに抽象化し、それを軸に複数市場に展開する戦略は、持続可能性と収益性を両立させる有効な手段となっている。
現場発の構想力
牧社長が重視するのは現場発の事業構想だ。「上からの指示で始まる新規事業は外れることが多い。現場のエンジニアが困っていることや、顧客の小さな要望を拾い上げた案件の方が成功する」と話す。実際、半導体検査用針(コンタクトプローブ)も、顧客の現場課題から生まれた製品だ。
こうしたボトムアップ型の発想は、課題が顕在化してから解決策を検討するまでのタイムラグを最小化できる。他社にとっても、現場と顧客の接点を増やし、そこでの声を開発に直結させる仕組みは有効なヒントとなる。
人材育成と組織の未来
製品力と並び、同社が重視するのは人材育成だ。「会社だけが成長しても意味がない。社員一人ひとりが去年より成長したと実感できる組織でなければならない」と牧社長は強調する。成果だけではなく挑戦の姿勢を評価する制度を導入し、切磋琢磨できる風土づくりに取り組んでいる。
評価指標も、若手には行動や挑戦回数といった"行動KPI"を重視し、中堅・ベテランは成果と組織貢献を軸にするなど、世代別の運用を進めている。
未来への構想
創業時から受け継ぐ「特殊への挑戦」と「リスクを取る精神」は、安定志向を経て再び進化のフェーズへと入った。グローバル市場の潮流、メガトレンド、そして現場発の構想力が交わるところに新たな事業の芽がある。TOTOKUの歩みは、変化を恐れず構想を進化させ続けることこそが、未来を切り拓く鍵であることを示している。
