『日本産業のイノベーション能力』低下原因を分析し処方箋も提示
AIを始めとするデジタル技術の進展や、それを支える半導体の革新、mRNAワクチンの成功に代表される創薬技術の多様化など、近年イノベーションの機会が広がっている。同時に、地球環境問題やパンデミックといった、イノベーションによる解決が求められる新たな課題も増大している。技術革新の需要が拡大し、世界的に研究開発投資も増加している。
しかしその一方で、日本の産業における研究開発は停滞。イノベーション能力の低下が指摘されている。
本書は、経済産業研究所(RIETI)が開発した独自データなどを活用し、日本産業のイノベーション能力を検証するものである。例えば第1章では、日本産業のイノベーションパフォーマンスを国際的な視点で比較分析し、2000年以降のイノベーション政策の展開と課題を概観している。日米比較に加え、ドイツ、英国、韓国、台湾、中国とも比較している点が特徴だ。
この比較分析から、日本産業の研究開発パフォーマンスの悪化が顕著になったのは2010年代前半からであることが見えてきた。重要な米国特許の取得件数シェアで、日本は13%から11%に減少。2010年代を通じて産業の研究開発費もほぼ横ばいであった。一方、この間に米国は60%増、韓国は2倍増、中国は3倍増となっている。
日本産業の研究開発パフォーマンスが低下した原因として本書が指摘するのは、まず2008年のリーマンショック後の円高と、それに伴う日本経済のデフレの悪化である。もう1つは、研究開発能力の長期的な低下だ。各国で新規発明の完成スピードが加速する中、かつての日本産業の優位性は失われ、今や韓国、台湾、中国に完全に追いつかれてしまった。
では、どうすればいいのか。第5章では、その突破口となりそうな博士号取得者の発明プロセスとパフォーマンスについて論じている。
イノベーションにおいてサイエンスの役割が大きいことは言うまでもない。本来、博士課程修了者が企業において重要な役割を果たし得るはずだが、日本企業での雇用割合は9%と低い。特許発明者に占める割合においても、欧米との比較でも顕著な差があるという。
近年、政府の科学技術イノベーション政策では、研究開発の成果が実際のイノベーションとして実を結ぶことが重視されているが、研究開発は不確実性が高い。セレンディピティ、すなわち予想外の研究成果が重要であることを踏まえると、当初から成果が見通せるプロジェクトだけを選ぶことにはリスクがあると編者は警鐘を鳴らす。
本書は、企業の研究開発だけでなく、産学連携、大学院教育、新規企業育成、発明支援、特許審査など、あらゆる領域で国際的な視点からの考察を行っている。本書を契機の1つとし、日本の産業イノベーションに向けた議論が活発になることに期待したい。
『日本産業のイノベーション能力』
- 長岡 貞男 編
- 本体8,300円+税
- 東京大学出版会
- 2024年7月
今月の注目の3冊
スペース・
トランスフォーメーション
人類の生存圏が拡大する時代に向けて
- 堀口 真吾 著
- 総合法令出版
- 本体1,500円+税
世界中で宇宙ビジネスが勢いを増している。旧ソ連の人工衛星打ち上げや、米国のアポロ計画による人類初の月面着陸など、従来は国家主導で宇宙開発が行われてきたが、今やその主役は民間企業に移りつつある。
国際宇宙ステーションなどでの使用を想定した小型ライフサイエンス実験装置の研究開発を行うDigitalBlast社の創業者である著者は、この状況を世界を変えたIT革命前夜のようだと言う。宇宙が社会を変える「スペース・トランスフォーメーション」が起きつつあるというのだ。
そうなれば、宇宙という場を利用して、いかに従来になかった新たな価値を生み出すかが問われることになる。宇宙産業は、まだ他産業とのつながりが薄い。それだけに大きな商機が眠っている可能性もある。野心家ならずとも、興味をそそられるだろう。
HOW経営からWOW経営へ
組織の想いをアートで解き放つ
- デロイト トーマツ コンサルティング × オーバーオールズ 著
- 日経BP
- 本体1,500円+税
エビデンス重視の傾向が強まる昨今、「これがしたい!」といった個人の想いや希望だけで事業に取り組む機会はほとんどない。特に経営上の大きな意思決定に際しては、情報や論理で武装し、正しさや根拠を求めてしまいがちだ。
だが、論理的な正しさで競った結果が、この数十年の日本企業の停滞だ。そこで本書は「WOWを経営の出発点にしよう」と提唱する。個々の社員の感情や気持ちを尊重し、ビジネスシーンで感情や気持ちをストレートに表現し、そこから新しい価値を創造するする。それがWOW経営だ。そして、そのための手段として有効なのがアート(絵画)に他ならない。
本書では、ミズノや住友ファーマなどの企業変革事例を紹介し、アートをビジネスに取り入れる方法を2つのケーススタディに基づいて解説する。仕事の行き詰まり感を打破したい読者にお勧めだ。
平戸の島々は
なぜ宗教が多彩なのか
- 今里 悟之 著
- 古今書院
- 本体3,500円+税
長崎県北部、北松浦半島の西海上に浮かぶ平戸島。「キリシタンの島」として知られ、その聖地と集落は2018年、世界文化遺産に登録された。
平戸における宗教は歴史的に多様だ。16世紀後半にイエズス会により伝えられたキリシタン信仰、19世紀後半以降、パリ外国宣教会により伝えられたカトリック信仰の二系統のキリスト教に加え、神道や仏教を含む在来信仰が同居。特異な地域性を育んできた。
日本には416もの有人島がある。少子高齢化・人口減少・過疎化といった課題は、島嶼部においては一層顕著だ。離島ならではの振興政策が求められる。本書は平戸島の宗教と地域性を読み解くことで、島の多様性の理解に迫る。日本各地の離島において、いかに地域の特性を活かしながら課題に取り組むべきか、地方創生のヒントも得られるだろう。