水素のトップリーダーは誰の手に 岩谷産業vsENEOS
再生可能エネルギーをはじめ様々な方法で製造でき、使用時に二酸化炭素を排出しない水素は、カーボンニュートラル実現の切り札だ。水素の利活用による脱炭素・循環型社会の実現に向けて、エネルギー企業はどう取り組んでいるのか。水素事業に経営資源を積極投入する2社の戦略を見る。
水素社会実現に向けて、着実な歩みを続ける2社
水素事業に積極的な国内企業の中でも、岩谷産業は特に水素との関わりが古く、その歴史は、工業生産の過程で発生しても捨てられるだけだった水素をガスとして販売した1941年に遡る。その後、1958年に自社製造を開始、1978年には日本初の大型商用液化水素製造プラントを尼崎工場で稼働し、1986年に打ち上げられた日本初の液化水素エンジン搭載ロケット「H-1」の燃料もここから供給されている。2006年には堺市に世界最大級の液化水素製造プラントを稼働、2014年には国内初の商用水素ステーションを尼崎市にオープンし、水素普及の重要な一歩を刻んだ。
2020年、再生可能エネルギーによる水素製造技術の確立を目指して、NEDOなどとともに福島県浪江町に「福島水素エネルギー研究フィールド」を建設、太陽光発電による水の電気分解から製造された水素は、東京五輪・パラリンピックの聖火燃料としても使われた。今日、全国に53カ所の水素ステーションを運営し、2023年度までにさらに30カ所を建設する計画だ。
岩谷産業は「オールイワタニで脱炭素社会の実現」「水素エネルギー社会の実現」などの長期ビジョンを掲げて、水素関連の戦略的投資などを積極的に進めており、現在の中期計画での投資額は600億円と、前中計の倍以上だ。海外の安価な原料・電力でCO2フリー水素を製造・輸送する液化水素サプライチェーンの構築を目指し、2016年にはその推進機構として、川崎重工業などとともに「HySTRA」(ハイストラ)を設立、NEDO助成のもとで実証プロジェクトを重ねる。また、グリーンイノベーション基金事業に採択された液化水素サプライチェーン商用化実証では、2030年に水素供給の低コスト化を達成するための海洋輸送の仕組みを確立することを目指す。
そのHySTRAやサプライチェーン商用化実証にも参画し、岩谷産業などとともに水素社会実現に向けた積極的な取り組みを進めるのがENEOSだ。
ENEOSは、「2040年長期ビジョン」において「低炭素・循環型社会への貢献」を掲げ、その一環としてCO2フリー水素サプライチェーンの構築に注力している。
オーストラリアをはじめ、東南アジアや中東でも複数のプロジェクトに参画して検証を進めているが、輸送方法としては、岩谷産業が得意とする液化水素方式よりは、水素とトルエンを結合させる「MCH」(メチルシクロヘキサン)方式に重きをおく。MCHは常温常圧において液体でガソリンに近い性質を持つため、タンカーや製油所の貯蔵タンクなど、同社の既存インフラをフル活用できるからだ。石油製品の脱硫用途には大量の水素を利用するため、国内製油所には水素を扱う設備が整っており、ガソリンの製造に使う装置ではMCHから水素を取り出せる。しかも、周辺には火力発電所や製鉄所など、潜在的な水素の大口需要家が隣接する。自社製油所は、CO2フリー水素サプライチェーン安定供給のためのプラットフォームとなりうるのだ。2021年は、オーストラリアの鉄鉱石会社フォーテスキュー社や、エネルギー企業オリジン社との間で、CO2フリー水素サプライチェーン構築に向けた協業の検討を開始している。
一方、海外製造・輸送だけでなく、九州や東北、北海道など国内の再エネ資源を活かした地産地消型のエネルギー供給事業についての検証も重ね、VPP(ヴァーチャルパワープラント)技術と水電解装置を組み合わせた「水素版VPP」を、同社の独自性が発揮できるモデルにしたい考えだ。国内では、トヨタが静岡県裾野市に建設中の「Woven City」での水素エネルギー利活用についても具体的な検討を進めており、近隣での水素ステーション建設・運営や、そこでの水素製造・供給、物流車両のFC化などを目指す。また、昨年8月には、横浜市の水素ステーションで、実際にステーション内で製造したCO2フリー水素の商用販売を開始した。
長らく「夢のエネルギー」と称されてきた水素の利活用は、徐々に新たな段階を踏みながら、水素社会の実現に向けて、着実に進みつつある。
両社の概要
岩谷産業
設立 | 1945 年(1930年創業) |
---|---|
所在地 | 大阪市中央区・東京都港区 |
代表 | 牧野 明次(代表取締役会長兼CEO) |
資本金 | 350億9, 600万円 |
従業員数 | 連結:10, 163名(2022年3月) |
主な 事業内容 |
●総合エネルギー事業(LPガス、カセットコンロ/ボンベ など) ●水素など産業ガス、機械事業(エアセパレートガス、水素 など) ●マテリアル事業(機能樹脂、資源・新素材など) ●自然産業(食品、農業資材・設備、畜産設備など) |
ENEOSホールディングス
設立 | 2010年(1888年 日本石油創立) |
---|---|
所在地 | 東京都千代田区 |
代表 | 齊藤 猛( 代表取締役社長 社長執行役員) |
資本金 | 1, 000億円 |
従業員数 | 41, 852名(2022年3月) |
主な 事業内容 |
●エネルギー事業: - 石油精製・製品加工・販売、石油化学等製品製造・販売 - 原油・石油製品の貯蔵・輸送 - 石油製品等販売、LPガス製品販売、発電・電力供給 ●金属事業:非鉄金属製品、機能・薄膜材料の製造・販売 ●石油・天然ガス事業:石油・天然ガスの採鉱・開発・生産 |
全文をご覧いただくには有料プランへのご登録が必要です。
-
記事本文残り12%
月刊「事業構想」購読会員登録で
全てご覧いただくことができます。
今すぐ無料トライアルに登録しよう!
初月無料トライアル!
- 雑誌「月刊事業構想」を送料無料でお届け
- バックナンバー含む、オリジナル記事9,000本以上が読み放題
- フォーラム・セミナーなどイベントに優先的にご招待
※無料体験後は自動的に有料購読に移行します。無料期間内に解約しても解約金は発生しません。