杖を「ポジティブな道具」に変える リハビリ施設の新規事業開発

愛知県でリハビリ施設を運営するWelloopは、2022年9月、脳卒中後遺症である片麻痺に特化した杖「Paracane」を発売した。事業構想大学院大学 事業構想研究所の「新事業・SDGsプロジェクト研究」への参画を経て本製品を開発した、Welloopの堺裕太氏に話を聞いた。

堺 裕太 Welloop 人事部部長、プロジェクトリーダー

片麻痺患者の杖への不満に着目

脳梗塞やくも膜下出血などの脳卒中の後遺症として多く見られる「片麻痺」は、身体の左右どちらかに麻痺症状が出る障害だ。日本では年間約7万2000人が新たに患者となっており、片手・片足での杖生活を余儀なくされている(Welloop推計値)。しかし、片麻痺の障害特性に応じた杖がなく、画一的な量産品を使うしか選択肢がない状況だ。周囲の視線が気になり、家に引きこもったり、仕事を辞めてしまう人も少なくない。

この課題解決に向けて、2022年9月に発売されたのが片麻痺専用杖「Paracane」(パラケイン)である。陸上用スポーツ義足と同じ素材のCFRP(炭素繊維強化プラスチック)カーボンでできた杖は、反発力を活用して歩行を支援してくれる。販売に際しては、事前に動画で患者それぞれの歩行状態を確認するなど、丁寧なサポートを行う点も特徴だ。

片麻痺専用杖「Paracane」

本製品を開発したのは、愛知県弥富市でリハビリ専門デイサービスや訪問看護リハビリテーションを提供するWelloop(ウェループ)。同社は「暮らしに自由を。」をコンセプトに掲げ、脳卒中後遺症に特化した障がい者就労移行支援事業や、旅行支援サービスなどの新規事業開発にも積極的に取り組んでいる。Paracaneも、介護保険や医療保険に頼らない新規事業の創出を目指した挑戦のひとつだ。

「構想段階から発売まで4年の歳月がかかりました」と振り返るのは、Paracaneの開発を担当したWelloop人事部部長・プロジェクトリーダーの堺裕太氏。「開発のきっかけは、同僚との『杖って何十年も変わっていないよね』という雑談です。そこから杖ユーザーにインタビューをしてみると、片麻痺の方の60%近くが杖に対して不満を持っていることがわかりました。しかし、『格好悪い』『疲れる』という不満に対して、革新的な解決策が見い出せずにいました」

プロジェクト研究に参加
異なる視点やアイデア思考法を吸収

試行錯誤を続ける中で、堺氏は事業構想大学院大学 事業構想研究所の「プロジェクト研究」を知る。プロジェクト研究は、事業構想修士を育てる大学院のエッセンスを活かして新規事業開発と人材育成を支援するプログラム。研究会は10〜15人の研究員で構成し、1人の担当教授が1年間を通じてコーディネートとファシリテーションを行い、多彩なゲスト講師を招きながら、研究員各自の事業構想を構築していく。

堺氏が参加したのは、2021年度に事業構想大学院大学名古屋校で開講された「新事業・SDGsプロジェクト研究」。指導教員の岩田正一特任教授は、クリエイティブディレクターとして数多くの企業の事業開発やブランディングに関わってきた。

「新規事業開発に熱意のある人達が集まり、利害関係なく何でも議論し相談できる環境に惹かれて参加を決めました。実際、自分たちとは全く異なる業界の人たちと出会えたことは貴重でした。僕たちは患者さん1人、リハビリ施設利用者1人にどうしても目が向いてしまいますが、他の研究員は例えば環境問題だったり、スケールの大きな課題から新規事業を考えていました。こうした価値や視点の差を得られたことは有益でしたね」

プロジェクト研究のカリキュラムは事業構想を軸に幅広い分野に渡るが、中でも堺氏が刺激になったと話すのはアイデア発想法だ。「岩田先生はもちろん、第一線で活躍するゲスト講師の先生方による課題解決に対する閃きには感銘を受けました。例えば、『足を動かせない』という課題に対して、誰もが『杖を持つ』『靴をつくる』といった解決策を考えますが、全く違う角度から解決策を生み出すんです」

1年間の研究会を経て堺氏は「杖をポジティブなものに変える」というコンセプトを固めた。転ばないために持つのではなく、歩行を改善する手段として杖を提案する、全く新しい方向性が生み出された。その後の設計・開発も失敗の連続で「途中でやめようと思ったことは何度もあった」という。

一人ひとりの障害に寄り添う

Paracaneは、「Three Part」と「Spiral」の2タイプを発売。前者は主に軽症の片麻痺患者が対象で、麻痺している足で地面を蹴る動作を支援するタイプだ。後者は麻痺している足で体を支えることが十分できない患者向けで、綺麗な姿勢で立つことを目的に開発された。

障害の重さなどに応じて2タイプを発売

「この杖は全ての片麻痺患者の役に立てるわけでなく、歩行に合わなければ効果は出ません。そのため販売前に現在の杖歩行の動画を送信してもらい、理学療法士が歩行状態を確認してParacaneの適合をチェックします。適合可能性がある場合は無料レンタルを行い、購入か見送りかを判断する仕組みです」。手間はかかるが、患者を第一に考えたサービスデザインを採用している。

「声のアルバム」では、離れて暮らす親にインタビューを実施し音声データにまとめて依頼主(子)に提供し、“幸福感の循環”を引き起こす

価格は10万円程度と杖としては高価だが、発売以来、着実に販売数を積み上げている。「利用者からは『劇的に歩きやすくなった』『Paracaneでなければもう歩けない』といった嬉しい感想を頂いています。ただ、気に入って頂けたのに価格面で見送りになったケースもあります。現在は受注生産ですがなるべく早く量産化して価格を少しでも下げると共に、杖だけで自立できるなど、機能面の強化も進めていく予定です」。杖のタイプも増やし、さまざまな症状の患者に適合できる製品構成を目指していく。

「障害はひとくくりにされがちですが、同じ病名でも症状は患者さんによって異なります。画一的な製品・サービスでは溢れてしまう人や、製品に不満を持ったまま使い続けざるをえない人もいます。その穴を僕たちが埋めることで、患者さんが社会に対してもっとポジティブになり、働いたり、旅行に行くことを楽しめるようになる。そんな未来を実現したいと思っています」と堺氏は笑顔で語った。