山翠舎 料理人と家主の仲人役が目指す飲食店と地域の活性化

古木を活用した店舗の設計・施工で業界1位を誇る山翠舎は、飲食店の出店や既存店の移転を支援する「『料理人と家主』応援システムOASIS」をリリースした。快適で落ち着ける「E空間」づくりを通じて、息の長い飲食店経営をサポートする。

山上 浩明(山翠舎 代表取締役社長 事業構想大学院大学 東京校 8期生)

古木を使った店舗デザインや設計・施工、古民家の移築・再生事業などを手掛ける長野県の山翠舎は、1930年に木工所として創業した。

「創業者の祖父は、まず建具づくりから始めました。2代目の父は工務店として住宅を造り、1980年頃からは店舗の内装工事を主に行っていました。当時は下請けでしたから、私が入社した2004年にはまず、元請けの施工会社を目指しました。また、2006年からは古民家・古木の活用を事業の柱に据え、2009年には設計も始めました」

山翠舎の3代目で、代表取締役社長を務める山上浩明氏は、その歴史を振り返る。山翠舎がこれまでに古木を活用して手掛けた店舗の設計・施工は500件以上で、業界No.1の実績を誇る。

古民家を壊して廃棄するのでなく、その古木に新たな価値を与え、資源として活用する。こうして造った建物は2019年に、古木としては世界で初めて、国際的な認証であるFSC認証を取得しており、同社の古木を活用した空間づくりは環境負荷の低減にもつながっている。モノの価値を高める取り組みは、EYJapan主催「EOY Japan Startup Award 2018」甲信越代表選出のほか、グッドデザイン賞「審査員の一品」や林野庁ウッドデザイン賞奨励賞(審査委員長賞)など、数々の賞も受賞してきた。

飲食店の出店や移転をサポート

2021年3月にはグループ会社として山翠舎賃貸を設立し、「『料理人と家主』応援システムOASIS」(以下、OASIS)をリリースした。これは主に、料理人が運営する「オーナーシェフの店」の開業を支援するものだ。一般に、飲食店の経営は難しく、開業10年を迎えられるのは約10%だという。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、その状況はますます厳しくなっている。

一方、山翠舎は過去12年間で多くの飲食店の設計・施工を手掛けており、このうち83.7%が現在まで営業を続けている。コロナ禍でも存続率が高いのは、店舗の設計・施工だけでなく、開業時のサポートやその後のフォローも充実させているからだという。

これらの経験を活かしてリリースしたOASISは、飲食店の出店支援に加え、既存店舗の移転も対象としている。

料理人が新たに店舗を賃貸する場合は、その敷金・保証金を通常の半額に減額し、事業計画書の作成も支援する。さらに、デジタルトランスフォーメーション(DX)など、開業後もさまざまな形でサポートを続ける。OASISを利用する飲食店側の負担は、システム利用料50万円、敷金・保証金の半額(物件を借りる際)、そして毎月の家賃となっている。

「OASISで私たちが目指しているのは、飲食店の方々が無理をしないシステムです。店舗の賃貸に伴う契約では、保証金を用意するのが慣習になっています。これは、家賃を支払わずに貸借人が退去してしまった場合に、家主を守るための習慣です」

開業前に高額な保証金が必要となるため、料理人は肝心の事業に資金を割けない。飲食店の新規開業では、銀行の融資も少ない。スタート時点ですでに料理人に負荷がかかっていることが、飲食店経営の難度をアップさせる要因になっている。

もし、入居者が経営に成功し、家賃を必ず支払えるのであれば、保証金は少なくてもよいはず。OASISでは敷金・保証金を半額にしているが、それは山翠舎が有望な料理人を選び、家主との間に入ることで、一定のリスクを引き受けているからだ。さらにOASISのもう1つの大きな特長は、飲食店が閉店や移転をする際、店舗の原状回復を行わなくても良い点だ。

「原状回復は、店舗の賃貸では当たり前のこととなっていますが、私はやらなくても良いと考えています。内装にこだわり良い空間を作れば、その空間でお店をやりたいという人も見つけやすいはずです。そうすれば、原状回復の手間は省け、廃棄物は減り、環境にも優しくなります」

かつて下請けで事業を行っていた山翠舎では、多くの原状回復工事を請け負ってきた。山上氏はその間、「入る店が変わる度に、スケルトンの状態にするのは無駄だ」と感じていたという。「何とかして、この現状を変えたいと思っていました。そして私たちが飲食店と大家さんの間に入り、次に入居するお店も見つければ、これが実現できると考えました」

前述の通り、OASISでは店舗を借りる場合の敷金・保証金を半額にするなど料理人に対して手厚いサポートを行っているが、有望な料理人が入居することは、家主にとっても、安心して長く物件を貸すことができるというメリットがある。これは長年にわたって店舗の設計・施工や経営サポートなどを行ってきた同社だからこそできる仲人役だと言えるだろう。

料理人と家主の双方にとって息の長い経営が望めるこのシステムは、近年各地で課題となっている空き家問題の解決策としても期待されている。山翠舎賃貸ではこのたび長野県小諸市で活動する『おしゃれ田舎プロジェクト』とパートナーシップ連携を締結。飲食店経営の支援を通じて、地域の活性化にも貢献する。取り組みの第一弾として、梅谷匡尚氏が代表、サイフォンコーヒーの日本チャンピオン・中山吉伸氏が支配人を務める「彩本堂」が6月にオープン。同店のファイナンスを担当した上田信用金庫は今年3月9日に小諸市と連携協定を結んでおり、山翠舎賃貸は小諸市・上田信金と協力関係を深め、取り組みを進める構えだ。

小諸市にオープンした彩本堂。盆栽を愛でながらコーヒーを楽しめる

山翠舎が支援するのは、料理を一品一品、丁寧に作り、顧客が「この人の店に行きたい」と感じるような、顔の見える飲食店経営だ。

「顔が見える関係性は飲食店でも大切で、顧客とのコミュニケーションがしっかりできれば、コロナ禍のような時も心配して足を運んでもらえます。飲食店には長年しっかり料理の修行を積み重ねてきた真面目な方も多く、そういった方々を支援していきたいです」

居心地の良い「E空間」を
目指し「EQ」の概念を提唱

山翠舎では居心地の良い空間「E空間TM(いい空間)」を目指し、「EQ:Emotional Quality(感情品質)」という新しい概念を提唱している。EQの評価軸は、①納得感(発注者のイメージ通りの店舗か)、②居心地のよさ(来店した顧客の感じ方)、③山翠舎による評価、という3つの指標からなる。これらを満たすEQが高い空間を「E空間TM」と定義し、設計・施工を行っている。

これまで山翠舎が手掛けてきた店舗の空間は、EQで90点以上という高スコアな店が非常に多い。

「全国にこうした店、空間が増えれば人々のオアシスになり、また料理人にとっても安心して腕を振るえるオアシスとなります。私たちは、優れた飲食店が必ず人々の地元にある、という世界を創ります」