デザイン経営で脱下請け 普通の印刷会社が「異色」になれた理由

デザインの力をブランド構築やイノベーション創出に活用する「デザイン経営」が注目されている。デザイナーとの協働プロジェクト「かみの工作所」を契機に事業改革を成し遂げた福永紙工の山田明良社長と、日本デザイン振興会の矢島進二理事が、デザイン経営について対談した。

デザイナーの自由な発想を
印刷加工の技術力で製品化

矢島 先代が創業した福永紙工を承継して15年近く経ちました。この間、印刷業界を取り巻く環境をどう捉えていますか。

矢島 進二 日本デザイン振興会理事

山田 福永紙工には紙製品やパッケージなどの印刷をメインに、箔押しや型抜きなどの加工まで一貫してできる技術力があるのですが、事業改革前は元請けが入稿した版下を印刷加工して納期通りに納めるという製造メインでクリエイティブの要素は皆無でした。一方、業界環境はネットの台頭によって紙の需要が減少したり、版の製作が不要なデジタル印刷機が登場したことで、同業他社はスピードと価格で勝負するようになり、「今のうちにパイの奪い合いから脱出しなければ」という思いが強くなっていきました。

山田 明良 福永紙工代表取締役社長

矢島 山田さんの前職はアパレル商社でしたよね。

山田 ええ。もともとファッションやアートやデザインが好きだったということもあり、「福永紙工にもデザイン要素を取り入れれば、差別化ができて仕事の幅が広がるかもしれない」と考えていました。

矢島 2006年からは、デザイナーとの協働で紙の可能性を追求するプロジェクト「かみの工作所」を開始します。

かみの工作所から誕生した動物のペーパーモデルキット「TOP TO TAIL」

山田 このプロジェクトのチームメンバーを集めるため、いろいろなデザイナーに声掛けし、福永紙工がデザイナーの発想を形にするという形で試作品を工場で製作しました。お披露目として2007年に初めて展示会を開催すると予想以上の反響があり、「これならいけるかも」という手応えを掴みました。振り返ってみると、会社に無理を掛けないように、まずはデザイナーに工場を見てもらい、「工場にある技術、設備の範囲で紙製品を考えてね」というやり方で進めたことや、展示会でデザイナーの名前やコンセプトを前面に押し出したことが成功のカギだったのだと思います。

作って終わりではなく、デザイナーと一緒に楽しくイベントをやることで良好な関係性も構築できました。2009年に出展した見本市「インテリアライフスタイル」がきっかけで一気に取引先が拡大し、これまでに50人以上のデザイナーと協業してこの15年で100アイテム以上のオリジナル製品を開発しています。

下請けを脱却、他事業にも好影響

矢島 デザインを自社のプロダクト開発や事業変革に取り入れたことで、どのような変化がありましたか。

山田 印刷業は顧客との距離が遠いので、直に感想を聞く機会がないのです。クレームがあれば怒られるけど、「この間の印刷が綺麗だったね」なんて言われない(笑)。でも、今は自社製品の販売を通じて顧客のリアルな声が聞けるようになり、社員のモチベーション向上にも繋がっています。プロジェクトを通じて加工技術のノウハウが蓄積されたし、多くのデザイナーやクリエーターとの信頼関係やネットワークも少しずつ構築されてきています。

矢島 売上にも変化はありましたか。

山田 売上構成は、従来からの印刷、デザインプロジェクトの販売、特注品の3つで構成されますが、デザインプロジェクトで当社を知ったイッセイミヤケやJR東日本から指名で仕事が来るなど、本業の特注案件にも良い影響が出ています。手掛ける製品も、従来からのパッケージだけでなく、ミュージアムグッズや店舗のウインドウディスプレイと幅が広がり、売上貢献にもつながっています。

矢島 他の印刷会社では考えられないような変化ですね。

山田 2020年には印刷工程を完全に外注化し、得意とする紙加工に特化した製造体制に変革しました。下請け主体の印刷業から、ブランディングも取り入れた製造業の形を模索しています。中小企業は製造だけだとどうしても価格競争にさらされてしまいます。自社でデザインやクリエイティブの要素や実績を持つことで、クライアントと一緒に企画やデザインを構想するチームの一員として働けることも増えてきました。また、自社のプロダクトがあることで、新規の取引先にも「あの作品のメーカーさんね」とすぐに話が通じますし、人材採用でもプラスに働いています。

経営者もデザイナー目線で思考を

矢島 山田さんが考えるデザイン経営とは。

山田 第一段階としてデザイナーとロゴやパッケージを刷新したり、かっこいいウエブサイトにリニューアルしたりと、経営にデザインを取り込むことは大切だと思います。そのデザイン感覚に馴染んできたら経営者もデザイナーと同じ目線で思考したり、アーティストが絵を描くように経営できたら素敵かもしれませんね。僕の判断基準は経営方針も含めて「佇まいとして美しい」かどうかにあります。儲かりそうでも「美しい」と思えないことはなるべくやらないという非常にシンプルなものです。

矢島 今後の成長戦略についてお話いただけますか。

山田 経営には「売れるもの」と「いいもの」との対立もあるので、デザイナーのやりたいことを全てやると多額のコストがかかる場合もあるし、「いいもの」を極めたところで本当に売れるのか、という葛藤もあります。でも、僕はデザイナーにはできるだけピュアな発想でものづくりをしてもらいたいから、発表後に「これ、よく製品化したね」と言われるほどとんがった物を作ってしまうこともあります(笑)。でも、それでいいと思っています。そもそも"成長戦略"という言葉、右肩上がりし続けなくてはいけないという考え方に少し違和感を抱いています。低空飛行でも、自分たちが面白いと思うものやお客さんに本当に喜んでもらえるものを作った方が長続きするような気がします。そんな判断基準で世に送り出された製品を見て、ファンになってくれたり仕事を依頼してくれる人は必ずいるものですし、ビジネスとしてもそれはすごく幸せなことだと思っています。

 

「デザイン経営実装プロジェクト研究」参加者募集中

本学では、日本デザイン振興会による協力を得て、「デザイン経営実装プロジェクト」を開講します。デザインの力をどのようにブランド戦略・イノベーション創出に取り入れるのか。専門的なカリキュラムを活用し、実践知および事業構想計画として手に入れていただくためのプロジェクトです。ぜひご参加ください。


URL: https://www.mpd.ac.jp/events/20210430/
主催: 事業構想大学院大学事業構想研究所