嬉野市のチーズがイタリアで受賞 資源を生かす酪農の新事業

国際的な賞を受賞し、様々なメディアにも取り上げられて注目を集めるチーズ工房が嬉野市にある。代表は、酪農一家の3代目として生まれ、新規事業として工房を立ち上げた中島大貴氏。事業を支えるのは、おいしさ・安全性の追求と、徹底したリスクマネジメントだ。

中島 大貴(ナカシマファーム代表)

佐賀県西部に位置し、嬉野温泉や嬉野茶で知られる佐賀県嬉野市。ナカシマファームは、この地で3代続く酪農一家である。3代目の中島大貴氏が家業に就いたのは約10年前。学生時代は建築家を目指していたが、「自分のアイデンティティを生かさない手はない」と、帰郷して酪農業を継ぐことを決めた。「酪農のほうが自己表現としておもしろそうだと。すごい才能を持つ人がたくさんいる建築業界にいるより早く芽が出るかなという、少し邪な考えもありましたが」と当時を振り返る。

佐賀県は牛の飼育が盛ん。ほとんどが「佐賀牛」に代表される肉用牛で、ナカシマファームのような酪農農家は少数派だ

「建築はアートであり、問題解決を行う仕事でもあります。問題解決なら、たとえば地域づくりのようなものにも農業で関わることができると考えました」。

家業を継いだ時から、チーズ作りを考えていたわけではない。「きっかけは自分でも分かりません。祖母は若い頃から、漬物、味噌、お饅頭など、様々なものを作っていました。牛乳を使ったお菓子やモッツァレラチーズなどを手作りしていた母は、完成形になるまでとことんこだわるタイプ。試食をさせられていた私は、子どもだからずばりと意見を言う。それを聞いて母は精度を上げていく、という繰り返しでした」。ものづくりが特別なことではない環境の中で、自然と培われた「味を見極める」力。チーズ工房立ち上げは自然な流れだったと中島氏は話す。

新事業スタートは自己資本で

とはいえ新事業に着手する際には、きちんとした戦略を描いていた。その1つが、公的な補助金を使わなかったことだ。「初期費用の半分を補助金で賄うことはできます。しかし、補助金を使うと新品の設備機械を購入しなければならず、費用が高額になることが考えられました」。新しく建てる工房の建物とあわせた費用を算出すると、たとえ自己負担が半分だとしても、補助金の利用はリスクが高いと判断したという。

「さらに言うと、チーズは仕込んで熟成させ、味が分かるのが3カ月後。改良してその結果が出るのにまた3カ月。しかも季節によって味が変わるので、同じチーズのリベンジは翌年です。商品パッケージを先に作成しなければならないなどの条件がある補助金は、チーズとは相性が悪いと思いました」。

ここで発揮されたのが、建築やデザインを学んだ中島氏の経歴だ。「建物は自分でデザインして、酪農の合間に自分たちで建てました。設備機械も自分で設計し、食品製造用機器の製作ができるところに依頼しました」。工房は、チーズ作りがうまくいかなかった場合は住宅としても使えるように、成功してた場合には店舗が拡大できるように、最初から考えて設計。「どうなるか分からない」ことを念頭に、スタートは資金も含め自分でやれることは自分でやる、「自己資本」で賄った。

ホエイ活用チーズで賞を獲得

立ち上げにおけるリスク管理は、ハード面だけではない。当初から作り続けている看板商品の1つであるモッツァレラチーズは成型が難しい。成型に失敗したチーズを活用し、祖母手製の味噌を使った「みそ漬けモッツァレラ」が生まれた。もちろん初めから商品化に成功したわけではなく、これも、試行錯誤を経て現在の人気商品となっている。

モッツァレラと並び、ナカシマファームを代表する商品が、チーズ作りの際に残る牛乳の成分であるホエイ(乳清)と生乳を煮詰めて作るブラウンチーズである。これは、中島氏の「持続可能なものづくり」に対する思いから生まれた。

ホエイ(乳清)を有効活用する方法を模索する中生まれたブラウンチーズ。ジャパンチーズアワード2018の金賞・部門最優秀賞、ワールドチーズアワード2019の銅賞を受賞

「ホエイは液体で扱いが難しく、大手企業ならホエイを使ってお菓子用のパウダーなどに加工できますが、うちのような中規模の酪農家だと、何かに加工するよりは捨てたほうがコストを抑えられます。母と2人でモッツァレラチーズづくりを始めた時は、捨てても仕方ないと自分を納得させていました。しかし事業が拡大するにつれ、新しいことにお金を使うのなら、ホエイについて解決するべきだともう1人の自分が言うんです」。

そんな時、友人からもらったチーズ図鑑で、ノルウェーでは国民食とも言われているというブラウンチーズを知る。「これは、日本最古の乳製品と言われる蘇と同じだと思いました」。もともと、牛乳を煮詰めて作る「蘇」については知識があり、ホエイを煮詰めたらどうなるかと考えていた中島氏。ブラウンチーズを知って製造に着手した。約3年をかけて商品開発し、2019年10月、イタリアで開催された国際チーズコンテストに出品。42カ国、約4000点のチーズの中から選ばれて銅賞を獲得するという快挙を成し遂げたのである。

6次産業化成功のカギは「個性」

ナカシマファームが人気商品を生み出すことができたのは、「おいしいものを作る」という思いがあるからだ。「チーズは味にゴールがないといってもいい。だから、完ぺきなものを販売しているとは思っていません」と中島氏。「味については、自分の中のおいしさのラインを超えているなら、たとえもっとおいしくできるとしても、途中の状態をお客さんに見せていい、という考えを持っています。そこがチーズの面白さだと思います」。

約90頭の乳牛から搾乳した生乳を使って、ゴーダ、モッツァレラ、フロマージュブランなどを生産。モッツァレラは週2回、パックしない出来立ての状態でも販売している

チーズという難しい食品で勝負をするのであれば、完璧を目指していたら事業としては成り立たない。リスク管理に加え、味の追及と事業継続のバランスをとる必要があるのだ。

「私は、実家が酪農家で小さい頃から母手づくりのお菓子などを試食して、学生時代も買ってきたお菓子を食べて、材料表示の内容を当てたりしていました。そして建築も学んでいたから工房を立ち上げることができました」と中島氏。生産者自身による農業の6次産業化が叫ばれているが、それに成功するには自らの手持ちのカードを知ることが大切だと中島氏はいう。「それまでの人生で経験したことを丁寧に振り返り、それを生かした事業を起こせば、おのずと差別化につながります」。

今や、30代~40代が農業に従事しているというだけでも、すでに注目に値するマイノリティ。そこに地域性や個人の人生、趣味をうまく生かせたら、いつでも、どこからでも、新しい潮流は起こせると思います」。