強い地元企業をつくる アイデンティティ・デザインの力

長寿企業の宝庫・日本の課題

日本は世界に誇る長寿企業の宝庫である。それは経営者の努力により、時代の生活に必要な商品やサービスを提供し、また「肌感覚」でその時代ごとに即した変容を成し遂げて来たからだ。

平成が終わろうとしている今、日本経済において「事業承継」というキーワードの重要性が増している。それは日本企業数における99・7%を占めると言われる中小企業の「未来」が危ぶまれているからに他ならない。

私は年間100社以上の中小企業のデザイン経営のサポートを中心とした経営コンサルティングとブランドづくりの支援を行なっている。主観ではあるが、長寿企業であるほど変化を厭わないチャレンジングな会社が多いような印象を受けることがある。

2018年現在の日本経済は堅調であるとされ、大企業の当期純利益や内部留保などは高水準で伸びているが、中小企業はどうかと言われると一様にそうではない。直近5年の業種別売上高では、大企業が全ての業種で増益であるのにもかかわらず、中小企業においては建設業以外全ての業種が減益なのである。特に82%が該当する「地方の中小企業」は、ますます厳しい状況である。

これまで地場産業として大手メーカーと付き合いOEMとして商品を納めていた製造業の多くは、新興国との価格競争に勝てず仕事を失いつつある。さらには圧倒的な優位性があった技術においても、ほぼ横並びもしくは、劣勢となって来ている状況にある。

また、地域の需要に対応してきたサービス業や加工品メーカーなども、人口減少による需要減だけでなく、モータリゼーションの発達による大手スーパーの台頭、ITの普及によるオンラインサービスなど、これまでの地域として成り立っていた商圏を大きく超えた強いライバルに太刀打ちできなくなっている。

時代が変遷し、地元企業の役割が徐々に変化しているにもかかわらず多くの中小企業がその波に乗り切れていないのが実情なのだ。

 

 

中小企業の実態

実は中小企業における経営者年齢分布では、2015年に66歳を山にしており、1995年にその山が47歳であったことから考えると、20年間ほとんど社長の若返りがないに等しい。

それは単に経営者が高齢化していることを指し示しているのではない。20年前と生活環境も商環境も様変わりしているなか、当時と同じビジネスを続けてしまっていることが大きな原因だと考えられる。真の問題はいわば事業スキームの高齢化である。

経済産業省の資料によると、これだけインターネットが普及しているのにもかかわらず、中小企業のウェブサイト保有率は約5割、ECに限っていうと約1割の事業者しか利用できていないというのが実情である。モノはよくても時代に明らかについて来られていないのだ。

しかし、統計的にみて、若手経営者に変わった会社は比較的設備投資が多く、利益率も高い水準である。

ここに活路がある。地域における役割が変わって来つつある地元企業の「事業承継」と呼ばれる若手経営者へのバトンタッチこそが、地元企業の生き残る大きな手がかりなのである。

これまでのように物が足らない時代には、目の前の仕事をこなしていくことで発展していけたかもしれない。

しかし、物や情報が溢れ、それらが本当に「売れなくなってきている」時代において、「なぜこの商品を出さなければならないのか?」「社会にどのように貢献するのか?」ということを、移りゆく時代に即して、後継者こそが考え抜かねばならない。

冒頭に述べた長寿企業に強い印象があるのもここに由来するのではと思うことがある。脈々と受け継がれている歴史を背負いながらも、事業を承継し時代に即したビジネスを後継者が変革していく文化があると感じることがある。

それは素材や人材、技術や設備、歴史や土地の特性などの「地域資源」というリソースを、自分ならどう料理して実現したい未来に向かって起業するか? この燃える起業家魂である「アイデンティティ」が実は一番重要である。

その「アイデンティティ」という根本を元に、未来に実現すべき「ビジョン」があり、そのビジョン達成のための現在の商環境に即した「コンセプト」が存在する。

「コンセプト」の留意点

ここで誤解がないように押さえておかないといけないのは、「コンセプト」は常に時代とともに変化し続けるということである。

陥りがちな落とし穴として、ここ最近の業績が良くないがために、いかにも優秀なコンサルタントを雇い、いきなりターゲットの話やコンセプト作りに入ることである。

コンセプトは事業者(後継者)の成し遂げたいアイデンティティを出発点に、未来に実現するビジョンのための、今日現在の戦い方である。

この考え方はブランド作りにも非常に有効である。消費者の行動に影響するのは、価格や性能だけではなく、より情緒的な部分として、そのブランドを通して得る「体験」が重要であるということはよく知られている。そのブランド価値によって、類似商品との過当競争を引き起こすコモディティ化から抜け出すことができ、付加価値を評価されこれまでよりも高い価格で販売することもできる。

さらには情緒的な価値が消費者のブランドへのロイヤルティ(忠誠心)を高め、リピート購入にもつなげることができる経営戦略の要と言ってもよい重要項目である。

しかし、ブランドとは消費者の記憶を作ることである。「誰か」に借りた付け焼き刃のようなコンセプトでは、長続きしないどころか消費者はすぐに見透かしてしまう。かといって、これまで企業として行ってきたことをそのまま行えばいいかというとそうでもない。

図1 アイデンティティとコンセプト・達成イメージの関係

筆者作成

「承継起業」の3ステージ

ここで重要なことは、「事業承継」の捉え方である。単にこれまでの仕事を引き継いだと思っていてはその企業の未来は明るくない。そればかりか、すでに衰退期に入っているビジネスモデルであることが多いために、そのまま価値を伝えられずに衰退していってしまうことが多い。

ではどのように捉えるべきか?それは「起業」というマインドで捉えるということである。

私はこの想いを持って事業承継することを「承継起業」と呼んでいる。後継者自身が「この会社は自ら創業する」と思えるほどの情熱と、「その人でないとできなかった」と思わせるユニークさを表現しないことには、新たな事業インパクトは生まれない。

この承継起業には「受け入れる」「自己表現する」「交流、成長する」という3つのクリアすべきステージがある。これらを着実に進んでいくことでどこにもない魅力のある企業になることができる。

ステージ1「受け入れる」
――何のために仕事をしているのかを考え抜く

筆者作成

まず、会社の経営理念と経営ビジョンを明確に区別して説明できるだろうか? 実はなかなか難しい。

理念とは、不変の考え、その企業の変わらない根本の考えである。ビジョンとは成し遂げたい未来の方向性であると言える。その企業が何のために生まれ、どのような社会貢献をしていたからこそ、消費者からの共感としての対価を得て、発展してきたか。そのことをしっかりと紐解く必要がある。

事業者にこれまでの会社の成り立ちや、事業の経緯、商品の特徴などをヒアリングすると、「業界では当たり前」という答えがよく返ってくる。その時々に必要とされてきたことに応えてきていたからこそ、自社の大切にしてきたことがわからなくなっている経営者も多い。

しかし、「その商品はなぜ必要なのか?」と丁寧にヒアリングしていくと、必ずそのこだわりや違いが出てくる。

ここでのポイントは、事業者のパーソナリティが生かされているかどうかだ。

「自分らしいか」が鍵である。これまでの成り立ちから会社として大切にしてきたことを抽出し、それに自分のパーソナリティを付け加え、自分色に染めて行動するからこそ、生き生きとした理念ができ、そこからのビジョンと戦略であるコンセプトが出てくるのである。

ステージ2「自己表現する」
――想いを1秒で伝えるためのデザイン

筆者作成

何のために仕事をしているのか? を明らかにし、その達成のためにこのコンセプトを打ち出すというところまできたら、あとはそれを消費者に伝えるだけである。

その想いを端的に、そして正確に伝えるために「デザイン」を活用すべきである。

それは製品、パンフレット、ウェブ、建築など様々であるが、事業者の意図を一番反映しやすい方法と戦略に則ってデザインを活用し、消費者に的確に伝えることが重要である。

逆に、デザインは立派であっても、事業者の想いがそれに伴わず、消費者の期待を裏切るようなことがあると、信頼は一気に崩れてしまう。

だからこそ、まずは事業者の想いを固め、その後にそれを伝えるためにデザインするのが正しい順番なのである。

ステージ3「交流・成長する」
――共感者とつながる・デザインスキルを磨く

筆者作成

最後に、ブランドがリリースされたとしても、一度きりの情報で消費者が覚えてくれるわけではない。

情報を出し続けてこそ、消費者の中に記憶が出来上がってくる。イベント出店や展示会出展時のチラシや、POP、細かな販促グッズまでありとあらゆるものの情報発信が必要となってくる。

また現在はウェブサイトだけでなく、SNSで企業の情報発信をすることが不可欠になっている。

それを全てプロに頼んでいるとキリがない。ここでも、デザイナーなど専門家に任せっきりではなく、自らがデザイナーとなることが事業の持続性を高めることになる。

防寒用靴下の製造で発展してきた奈良県広陵町の昌和莫大小は、新興国の安価な防寒用靴下に押され、売上が減少していった時期に3代目井上克昭が事業承継を行なった。そして事業を引き継いで間もなく自社工場が火事に見舞われるという最悪のスタート。

しかし、この火事が起きたことにより「このまま防寒用靴下でいくのか?」と自問自答をし、自らの好きなファッション、そしてスポーツの機能をサポートする靴下作りに思い切りギアを入れ替えた。現在は世界に販売するだけでなく、プロスポーツ選手などに選ばれるブランドになっている。

かつて、ガチャマン景気と呼ばれ、ガチャンと一織りで1万円儲かるなど盛り上がりを見せたシャツ生地の産地である兵庫県の播州織。繁栄した220年の歴史がありながらも、現在では織工賃の下げ圧力から、夜通しで加工をしても全くといっていいほど利益が残らず、後継者不足から廃業が続いている。

そこで立ち上がった若手生産者グループNEXTは、慣例である商社からのOEMからの脱却を図り、「播州織とは何か?」という議論を重ね、苦戦しながら磨き上げた自社商品を自らの手で営業し、国内外への販売を実現しただけでなく、大手最高級ブランドのコレクションに使用されるまでに成長している。

おわりに
――孤独な承継者たちの未来へ

後継者は非常に孤独である。会社の未来のために模索するも、それ以前にするべきことがたくさんあり、社内にも全ての気持ちを理解してくれる環境があることは珍しい。

やはり同じ境遇の事業者や自分の業界以外の人々とつながることで、奮起しまた新たなアイデアが生まれてくることがある。取引とは直接関係がなくても、自らの仕事のことを客観的に聞いてくれ、お互いに刺激をもらうことで他業種とのコラボなど、新たなビジネスのタネを生む可能性がある。

すでに承継起業を果たし、地元から世界に羽ばたいている企業も少なくない。今、地元企業に必要なのはアイデンティティを大切にした「承継起業」である。こういった例は実は特別なわけではない。

地方に眠る自らが大切にしてきた地域資源を、コンサルタントではなく、事業者自身が自分らしくどう磨き上げるかを「覚悟」する。それに不退転の決意をもって臨む「イノベーター・スピリット(起業家魂)」が必ず地元企業を救い、世界をも驚かす一歩となる。

 

近藤 清人(こんどう・きよと)
SASI Design 代表

 

『人間会議2018年冬号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 事業承継で地元企業が甦る
特集2 地域の経営資源を探してみたら

(発売日:12月5日)

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