2019年1月号

人間会議

古典籍のストーリーを発掘 地域の観光資源に

ロバート キャンベル(国文学研究資料館 館長、東京大学 名誉教授)

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日本の様々な地域が描かれている文学や古典籍は、観光資源として認識されることが少ないが、そこには地域の魅力あるストーリーや、ものづくり・イノベーションへのヒントが含まれている。

各地域に眠る文献に含まれた資源を発掘し、観光資源として活かそうとする「文献観光資源学」のプロジェクトも進められている。

ロバート キャンベル(国文学研究資料館 館長、東京大学 名誉教授)

 

 

視覚や嗅覚、聴覚を通じて
感じられる歴史や文化

――研究活動では、文学を通じて地域の文化資源を読み解くほか、実際にその場所を訪れて感じ取ることも重視されています。

私たち人間の感覚器官に入る様々な情報は、言葉から意味を正確に聞き取って整理し、理解することが基本ですが、他に視覚や嗅覚で感じる歴史や文化もあると思います。

私は例えば、日本の明治時代の歴史的な景観はとても重要だと考えています。東京は1つの概念として、明治以降の150年間に何度か変化しました。まず幕末から明治初期には「トウケイ」と呼ばれ、それが「トウキョウ」になりました。当時の日本は大国になろうとしており、まちのインフラや区画整備、モニュメントづくりが多く行われましたが、1923年(大正12年)の関東大震災で大きな打撃を受けました。

建築に関して言えば、この悲しい出来事が起きて再建が必要になったことによって、世界中ではまだ浸透していないモダニズムの設計や建築様式までが迅速に普及しました。

1914年(大正3年)~1918年(大正7年)の第一次世界大戦も同様で、日本ではこの時期、多くのモダニズム建築が取り入れられました。例えば、集団住宅の高層化ではヨーロッパの先鋭の建築家が競って設計していたのですが、1914年から欧州全土に戦争が広がり、実現できなくなりました。

日本も第一次世界大戦に参戦しましたが、国内に戦場がなかったため、短期間で様々な都市計画や新しい建築様式を実現できたのです。これには、世界遺産に含まれている長崎県の軍艦島の建築もあります。

私は数年前、長崎市の職員と共に軍艦島を歩き、多くの建物の最上階まで登ってみました。労働者は1970年代初め以降、住んでおらず、不気味な中にも美しい生活が風化しながらとどまっていました。その時、私が感じたのは、日本には折々、非常に前衛的、あるいは先鋭的なことに挑戦していく好奇心やエネルギーがあるということでした。

東京の場合、関東大震災は第一次世界大戦勃発から約10年後のことで、これらを経て銀座などの地域は完全に新しいまちに生まれ変わりました。さらに1945年(昭和20年)には人類の大きな悲劇である東京大空襲が起き、その後の復興も1つの分岐点となりました。

東京はこの150年間で、「帝都」から、近代平和国家の繁栄を象徴する「首都」へと変化しました。1964年にはオリンピックも開催され、2020年には再び開催が予定されています。他方で実際に東京へ来ると、地域や場所によって様々な差異があることが感じられます。私はそれらを鼻や耳、目のような感覚で捉えることも重要だという想いを、年々強くしています。

地域の歴史については本を読んで学ぶことも大切ですが、実際に歩いて感じることも重要です。それによって距離の感覚や高低差を把握し、海風や川の匂いが時間と共にどう変わるかまで感じ取れます。

外から来た人々の力を
地域の力にする

――東京や軍艦島以外で、特に印象に残った地域はどのようなところですか。

多くの地域がありますが、ここでは3つを挙げます。

まず1つ目は、2011年3月に発生した東日本大震災直後に訪れた宮城県大崎市の鳴子温泉です。友人がそこで小さな温泉旅館を経営しているのですが、震災の発生から仮設住宅ができあがる同年9月まで、鳴子温泉は「二次避難所」となり、約1200人の避難者が滞在しました。

当時、それらの人たちの多くは部屋にこもり、災害の映像を見続けていたので、この人たちのために何かできることはないかと考え、読書会を立ち上げました。英語で言うとブッククラブで、皆が共通の本を読み、それを基に議論や朗読を行います。これを地域の人たちと共に行ったところ、大きな手応えを感じました。

1つは、文学が持つ力があり、文学は非常時に人々の心をほぐす、あるいは逃げ場になると感じます。文学は誰もが寄れる井戸端のようなもので、そこに1つの作品があります。避難所で知らない人たちが一緒に生活していると、互いに遠慮し合ってしまうものです。しかし、50年前や70年前に生きた人々のフィクションを読み、その箱の中に降り立つと、自由に交流できることがあります。文学には日常の属性や、直面した壮絶な状況を、しばし忘れさせてくれる力があると感じます。

私が温泉に行き、そこにいる人々にチラシを配って「良かったら一緒に本を読みませんか」と声をかけると、最初は10数人が集まり、最終的には60人程度に増えました。地域の人々も様々な形で関わってくれて、とても嬉しく思いました。アメリカでもそうですが、知らない人が地域社会に飛び込み、何かしようとしても、地域の人々の理解や協力がなければ何もできません。

その後は仮設住宅が完成するに従い、被災者の方々は温泉を出ていき、鳴子温泉は普通の温泉郷に戻りました。しかし、私は今も年に数回、通い続けています。読書と温泉の相性が良いということは私の小さな経験で、皆に納得してもらえました。

現在は大崎市の委託を受け、現地の仲間たちが「ゆとくらし」という組織を作り、「湯よみ文庫」を運営しています。私はそこにどのような本を置くかを考えたり、仲間を連れていき、セミナーや朗読会を開くなどしています。

私が最近感じることは、地方の資源発掘の実現には、程よく離れた外の人々の力が重要だということです。また、外部の人々の力を取り込むことに長けている地域があり、例えば、鳴子がそうだと思います。

2つ目の地域は、大分県竹田市です。その岡城跡は滝廉太郎の「荒城の月」でも知られ、奥豊後山中の、風光明媚で美しい場所にあります。ここにはかつて岡藩という小さな藩があり、学芸が非常に奨励され、優れた文人画家・南画家が生まれていました。

その1人、田能村竹田(1777~1835)は竹田の景色を描きましたが、南画家なので写生的ではありません。中国や日本の優れた山水画を鍛錬し、庭や木立などの描法は決まっているのですが、同時に自らの感性を通じて故郷の風景を表現しています。

それぞれの地域には眠っている資源があり、それらは観光やものづくり、技術の資源にもなります。それらの資源の発掘は、いわば、たくさんのドングリが落ちている中で、良いドングリを見つけて発芽させ、ポット苗にしていくような作業だと思います。

3つ目に、岡山県北部の津山市も興味深い地域で、文化的資源が豊富です。出雲街道に面し、かつては播磨の国から日本海側を通過する際の交通の要でした。このため、外から来た人も積極的に受け入れる地域だと感じます。

私は全国各地へ行きますが、よそから来た人をすぐには戦力にしない地域と、何か力になりそうな人が来れば戦力にしていく地域があり、福岡や津山は後者だと思います。鳴子も温泉郷で1000年以上、接客業を生業にしているため、外から来た人が排除されないのだと感じます。このような地域による差、気圧の谷のようなものが、日本には細かく張り巡らされています。

文学が持つ、真実を伝える力

――文学や言葉には、現代、あるいは時代を超えて人々をつなぐ力があると感じます。

文学は今、人気が薄れ、日本の大学では1990年代以降、文学部が減少し、他の学部や学科に読み替えられていきました。ただ、私は文学には、史料にとどめられていない真実を伝える力があると感じます。

例えば、日本はこの50年に至る所で悪臭を消してきましたが、文学を通じてかつての臭いを感じ取ることもできます。明治の象徴派の詩人、蒲原有明の詩には、隅田川に関する「朝なり」という作品があります。隅田川を川端でずっと見ていると、夜明け頃に川から靄が上がって切れていくのですが、これらは様々な夜の汚物が流れているから生じ、汚く臭いものでした。

この詩には人は描かれておらず、表現されているのは人間によって造られた建造物や人々の生業を通じて出されたゴミなどです。この詩は一見、抒情的で美しいのですが、読んでいくとツンと臭いが感じられます。日露戦争の最中に書かれ、当時は工業化が人々の暮らしを豊かにする一方で、下層の労働者たちが厳しい状況に追い込まれていきました。また、環境が変化し文化が破壊されていく時代に描かれています。

このように、新聞や様々な記録史料で読むのとは異なるリアルな真実を、一篇の詩から読み取ることもできるのです。日本の文学はヨーロッパ風の写実的な心内描写だけではなく、時の移ろいや動植物の表情、環境を通じて、人の気持ちや喜怒哀楽を描いていきます。例えば、200年前の人々はどのような状態で、どのような距離感を持ってその環境にいた、あるいは抵抗や同化をしたのかも文学は感じさせてくれます。

私は文学を、小説や詩歌だけでなく、宗教的、思想的なものやノンフィクションなども加え、広義の文学として捉えています。各地域の記憶が失われても、その生活様式は感性や行動パターンに脈々と引き継がれていきます。例えば、「人をどうもてなすか」では、地域ごとの違いがありますが、古い文献や文学にはそれがリアルに描かれています。

私たちは、各地域の特徴に沿って、それらを1つ1つ見ていきます。このような作業を「文献観光資源学」と呼び、現在、青森県の津軽地方で「津軽デジタル風土記」というプロジェクトを立ち上げています。各地に伝来する文献は観光資源として認識されていないかもしれませんが、それらには地域の魅力あるストーリーや、ものづくりへのヒントも含まれています。

それを当地の研究者や学芸員、若い人たちと共に掘り起こして取捨選択し、観光資源に活かそうとしています。これらは基本的に、古典籍を通して行います。特に江戸時代の日本文学は地域色が強く、新しいものや価値を創出するためのヒントが豊富に含まれています。

「津軽の中の弘前」と題し絵図を駆使した出前講座を行う、弘前大学教授・瀧本壽史氏(弘前市にて、2018年6月)
写真提供:国文学研究資料館

デジタル化と古典籍を活用した
イノベーションも

――デジタル・アーカイブのような新しい技術の活用はどのように進められていますか。

私はこれを、千載一遇の機会だと思っています。国文学研究資料館は50年近く、日本の津々浦々にある古典籍を突き止め、全国の研究者の協力を得てフィールドワークを行い、深い書誌データを写真に撮ってきました。近年は電子画像になり、それらをアーカイブしてタグ付けし、検索できるよう様々なメタデータを付与して活用範囲を広げていきます。

私たちは、さらに「新日本古典籍総合データベース」という、様々な分野の古典籍30万点を積み上げたデータベースも開発しています。また、開発系研究のための新しい検索技術についても、情報科学の研究者らと共に開発を進めています。

言葉ではなく絵で検索する「絵検索」はまだ実験段階ですが、近く実用化され、大きな力を発揮するでしょう。日本の古典籍には、口絵や挿絵がある「絵入り本」が多くありますが、絵の情報を言葉で捉えることには限界があります。このため、人工知能(AI)を使って形状認識をかけ、似た絵を集められるようにしていきます。

このように、デジタル化の進展にともなって、古典籍の活用範囲が広がりましたので、これらを活かしたイノベーションもあります。特に情報科学の領域で今後、何ができるかを考えています。

「新日本古典籍総合データベース」は、古典籍(江戸時代以前の日本の書物)の高精細デジタル画像にいつでもアクセスできる唯一のポータルサイトである。
出典:国文学研究資料館資料から

 

ロバート キャンベル
国文学研究資料館 館長、東京大学 名誉教授

 

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