2018年7月号

人間会議

専門職大学が拓く職業教育・キャリア教育

堀 有喜衣(労働政策研究・研修機構 主任研究員)

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大学と職業との関係の
見直しの契機

2019年度より、専門職大学(以下、専門職短大を含む)が誕生する予定である。日本の高等教育機関は、大学(四年制大学)・短大・専門学校(専修学校専門課程)・高専(高等専門学校)から構成されてきたが、これに「実践的な職業教育」を担う専門職大学が加わることになる。

なぜ55年ぶりに新しい高等教育機関として、専門職大学が創設されるに至ったか。そこにはもちろん関係者の様々な思惑が存在してはいるが、背景にあるのは大学と職業の関係性の変化である。本稿では、90年代以降の大学と職業との関係性の変化を労働市場への接続やキャリアという観点から紐解き、今後を展望したい。

 

 

グローバル化や産業構造の急激な変化、進学率の上昇などが現在、先進諸国に共通して生じている。これにより、大学と職業との関係の再構築が各国で模索され、高等教育機関の再編成が生じている。金子(2015)は高等教育システムを、「大学」と「非大学」(大学以外の高等教育機関)を軸に3つのタイプに整理している(図1)。アメリカ型は高等教育システムがほぼ「大学」から成り立っているタイプであり、他方ヨーロッパ型は「大学」と、職業教育を主に行う「大学以外」の高等教育機関から構成されているタイプである。

図1 高等教育システムの類型

出典:金子(2015, p.4)

日本は「東アジア型」に属し、「大学」が中心で「非大学」も存在するタイプに分類されるものの、私立大学の学生数が多数である点がアメリカ型とは異なるという。また日本の大学においては人文社会科学系の学生数が全体の半数を占めるため、大学で学んだ内容と職業が結びつきにくい日本的な構造が生み出されてきており、高等教育における職業教育の位置づけや大学の役割が明確でないという特徴を持つ。

他方で大学と職業が結びつきにくいという日本的な構造は、いわゆる日本型雇用と適合的であった。周知のように日本の若者は学校を出てすぐに正社員として労働市場に移行するのが高度成長期以降の「標準」であり、この日本独自の円滑な移行を支えるのが新卒一括採用という慣行である。若者を特定の職務を前提とせずに在学中に採用する仕組みは、採用後に企業内で職業訓練が行われ、ジョブローテーションを通じて職業能力を形成する日本型雇用を前提としたものである。

この仕組みの良い点は、日本企業は特定の職務に縛られることなく社員の配置が可能であり、若者は職業経験や職業教育によって専門性を身に付けていなくても、潜在可能性によって採用されることである。ほとんどの社会においては、特定の職業経験や専門性がなければ若者は基本的に採用されず、若年失業率は高くなっている。日本以外の社会では、若者は仕事を変えることによって不安定な状況で試行錯誤しながら仕事を見つけていくわけであるが、日本では若者は学卒後すぐに安定した仕事に就き、企業内訓練を受けることができるのである。そのため日本においては特定の職業教育を受けて専門性を身に付けるというよりは、職業観の確立や職業意識の醸成が重要だと考えられてきた。

しかしこうした日本的な常識は90年代の若年労働市場の悪化により崩壊し、日本型雇用は縮小した。そのため新卒時に正社員として採用されなかった若者が増加し、企業内で職業能力を形成するチャンスも失うことになった。日本型雇用が縮小して初めて、日本の大学の特徴である職業との結びつきの弱さが問題として強く認識されることになったのである。

特に90年代後半より大学進学率が上昇したため、「大学」を中心とする高等教育機関に対して「実践的」な教育を求める雰囲気が、産業界だけでなく学生や保護者、あるいは一般社会においても醸成された。それまで日本の大学は「学問の府」でありアカデミックな教育が専らなされる場と考えられてきたが、大学に対する社会の期待は大きく変化したと言えよう。

高等教育機関における
職業教育・キャリア教育

こうした中で2011年の中教審答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」に、高等教育段階における職業教育の充実をめざし、職業教育に特化した「新たな枠組み」を創設しようとする提案が盛り込まれた。上述したような大きな流れからすれば実践的な職業教育を大学に導入することが企図されているように見えるが、この提案は具体的には専門学校を学校教育法第1条が定める学校(以下、1条校と呼ぶ)とすることを企図したものであった。

専門学校1条校化の議論は長く続いてきているのでその経緯について詳述する余裕はないものの、次のような点は押さえておくべきだろう。1980年代においては職業教育を提供する高等教育である専門学校は大学のバッファーと捉えられ、18歳人口が減少する90年代半ば以降には大学進学が容易になるため大きく減少するものとみられていた。こうした予測において、アカデミックな教育を提供する大学と職業教育を提供する高等教育機関との上下関係が暗黙の裡に想定されていたことは言うまでもない。しかし予測に反し、90年代に入り18歳人口が減少したのちも専門学校は一定の地位を占め続け、今日に至っている。この状況は小林の表現を借りれば「専修学校(筆者注 専門学校)にはある種の固定客がいる」(小林 2018)ことを示したものと言えるだろう。

職業教育を提供する高等教育機関へのニーズは日本社会にも存在していることはこの20年で明らかになったわけだが、1990年代以降の若年労働市場の変化により、専門学校の1条校問題にとどまらず、大学を含む高等教育機関の再編成の問題にまで問題意識が広がっただけに議論は難航した。侃々諤々の議論を経て、2016年に「個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決社会を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について」が中教審答申としてまとめられ、一定の方向性が示された。様々な政治的調整ののち、実践的な職業教育を行う専門職大学が来年より誕生することになったのである。しかし来年に専門職大学に移行する専門学校は一部にとどまるとみられており、帰趨はまだ見えない。また底流を流れる大学と職業との関係性についての見直しや、高等教育機関の再編成についての議論はまだ残ったままである。

またキャリア教育の概念は国によって大きく異なっているものの、高等教育進学率の上昇に伴って各国で高等教育におけるキャリア教育の重要性は高まってきている。日本でも大学においてキャリア教育が義務付けられたが、まだ模索段階にある。

キャリア教育元年と呼ばれた2004年から15年ほど経過した現在においても模索段階にある一つの理由は、高等教育におけるキャリア教育の定義がいまだ論争的であることによる。若者の労働市場の悪化を背景に導入されたキャリア教育は、当初正社員になるための手段として理解されていた。実際に現場ではキャリア教育がインターンシップと同一視されたり、フリーターにしないことがキャリア教育の重要な目的だと受け止められていた。

新卒時に正社員として就職することがその後のキャリアを左右することが痛感されていた時期において、キャリア教育の充実による若者の移行の安定化は切実な課題であったからである。前述の2011年の中教審答申によれば、キャリア教育は「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」、職業教育は「一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育」と定義されたが、高等教育レベルの実践はインターンシップを含めて手探りが続いている。

この数年は周知のように新卒者の就職は大きく改善されたが、現在においてもキャリア教育への関心は衰えておらず、むしろ高まりを見せている。高学歴化による進路決定の先延ばしや不透明なライフコースの広がりは、高等教育におけるキャリア教育の必要性をより高める方向に向かうものと推測される。

日本において、大学と職業との関係性を新たに取り結ぶ「専門職大学」の果たす役割に期待が集まる。

将来求められる
産業界との関与・支援

今後、日本の高等教育機関が大学も含めて「実践的」であることを重視する方向に向かうとするなら、産業界の関与や支援がこれまで以上に必要になる。というのもキャリア形成上「実践的」な教育は職場との連続性において見出されるものであり、単に実務家出身の教員がいればよいわけではない。優れた実務家であればあるほど、現場を離れることによるスキルや知識の陳腐化のリスクを痛感するものだろう。「実践的」な教育を担保するためには、実務家が現場に戻って研修する機会を提供したり、あるいは理想を言えば例えば実務家が大学に転出するのではなく、3年程度高等教育機関に出向するルートを職業人としてのキャリア形成の中に組み込むような、産業界と大学との人事交流がなされることが望ましい。「実践的」な教育を受けた専門性の高い労働力を得られるのは産業界にとってメリットであるが、産業界の関与や支援がなければ「実践的」な教育は成立しない。

他方で産業界にとって自らの専門性に自負を持つ労働者が増加することは、現在のような企業主導の配置転換が難しくなることを意味する。職業教育を受けた若者は柔軟な労働力ではなく、職業について一定の方向付けがすでになされている。企業の配置転換の自由度は下がり、日本型雇用のメリットの一つが失われることになる。

しかしもし大学をはじめとする高等教育機関が「実践的」な教育を提供できるようになるとするならば、日本人のキャリア形成における大学の位置付けは大きく変化し、現在のように若い時期にフルタイムで学ぶという形態だけでなく、一度社会人になったのちに大学に戻って学びなおすリカレント教育も有効に機能するようになるだろう。今後の展開に期待したい。

参考文献

「高等教育システムと職業教育――7カ国概観」教育改革支援・学位授与機構『高等教育における職業教育と学位』
金子元久(2016)

「専門職大学制度化の経緯と背景――キメラ化する大学制度」『IDE現代の高等教育』No 599.
小林信一(2018)

 

堀 有喜衣(ほり・ゆきえ)
労働政策研究・研修機構 主任研究員

 

 

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