産官学キーパーソンが登壇 2020を見据えたインバウンド戦略

訪日外国人旅行者の消費額は近年、増え続けており、さらなる伸びが期待される。国の政策としても、地域のインバウンド受け入れ態勢整備の様々な支援策がある。観光庁、中小企業庁、民間、自治体、それぞれの立場から話を聞いた。

セミナーではインバウンド消費拡大をテーマに、産官学それぞれの立場からの意見と取り組みを発表

政府は2020年に訪日外国人旅行者を4,000万人に増やし、その消費で8兆円規模の市場を生み出す目標を掲げている。このような中で8月2日、インバウンドの最新動向やキャッシュレス化推進、消費拡大に向けた先進事例に関するセミナー「インバウンド誘客・消費拡大による地方創生~地域の最新事例とアフター2020にむけて~」が、東京都内で開かれた。

舟本浩 国土交通省 大臣官房審広報課長 (前 観光庁観光戦略課長)

国土交通省 舟本課長
インバウンド拡大へ国も注力

セミナーではまず、国土交通省大臣官房広報課長(前・観光庁観光戦略課長)の舟本浩氏が、基調講演「2020以降を見据えた、観光戦略のキーポイント」を行った。

政府は観光立国の意義について①成長戦略の柱、②地域発展の鍵、③国際社会での日本のパワー向上、④日本人自らが文化や地域への誇りを持つこと、の4つを定義し、推進している。

本日のセミナーが経済的な観点が中心ではあるが故に、まずは、経済面以外の観光立国の意義を再確認しておきたい。訪日外国人旅行者に日本を体験してもらうことは、国際相互理解の増進につながる。さらに、観光を通じて地域の人々が日本文化や日本人の本質、地域の文化や価値を再認識することは、誇りを持つことにもつながる。

本題の経済的な観点については、2016年の国内における旅行消費額は約26兆円で、このうち訪日外国人旅行は約3.7兆円だった。これは全体の15%程度に過ぎないが、日本人による国内旅行の消費額は横這いで推移する中、訪日外国人旅行による消費額は2011年以降、増え続けている。今後も、日本人の国内旅行消費額は、人口減少等に伴い、大きな伸びは期待し難いことから、政府は訪日外国人旅行者の消費のさらなる伸びに期待している。

観光交流人口は世界的に増大しており、1950年には2,500万人だった国際観光客到着数は2015年には11億8,600万人に増え、さらに2030年には18億人になると予測されている。世界では、経済成長のエンジンとして、この国際観光客の獲得競争が起きているおり、日本もこの競争に加わっているということ。

訪日外国人旅行者数は今年上半期には、前年比17.4%増の1,375万7,000人となった。一方、2016年の訪日外国人旅行消費額は前年比7.8%増の3兆7,476億円で過去最高だった。やはり、欧米など遠距離からの旅行客は滞在日数が長く、結果、一人あたりの消費額が多いという傾向がみられる。

政府は昨年3月、2020年に達成すべき新たな目標や施策などを定めた「明日の日本を支える観光ビジョン」を決定した。人数のみならず消費額の目標達成に向けては、コンテンツを充実させ、観光資源の魅力を高めることで「もう一泊」してらう取組みや、もともと消費額の多い欧米豪や富裕層といった従来は取り組みが不十分だった層にアプローチしていくことも必要だ。

引き続き、受入環境の整備も重要。訪日外国人旅行者に「旅行中に最も困ったこと」を訪ねるアンケート調査では、Wi-Fiの問題は相当改善したが、言葉が通じないといった問題と並び、クレジット/ デビットカードやATM、両替に関する不便さが指摘されている。舟本氏は「これら課題の解消は消費拡大に向けても重要な点であり、本年6月に閣議決定した『未来投資戦略2017』においても、改めて、キャッシュレス環境の飛躍的改善を掲げたところであり、しっかり対応していきたい」と語った。

松田典久 ビザ・ワールドワイド・ジャパン 取締役 次席代表

Visa 松田取締役次席代表
キャッシュレスで地域活性化

続いて、ビザ・ワールドワイド・セミナーではインバウンド消費拡大をテーマに、産官学それぞれの立場からの意見と取り組みを発表 ジャパン取締役次席代表の松田典久氏が「インバウンド2.0~旅行者の増加にとどまらない、消費拡大のために~」と題する講演を行った。

東京を訪れた外国人旅行者への調査では、土産物店や小さな飲食店、レンタサイクルのようなサービス、博物館などがカードが使用できず、不満の多い施設として挙げられる。他方で、日本滞在中の支払いに関する調査によれば、現金のみで支払った旅行者の平均消費額が13万2,100円であるのに対し、カード利用者は17万4,360円で約30%多かった。

松田氏によれば、その理由は2つあり「1つは、外国に行った時、現地通貨はせっかく両替したので、万が一の時のためになるべく取っておきたいという心理が強く働く。2つ目は、カードと現金の消費では、頭の中にある計算式が異なり、現金では引き算、カードでは足し算消費になる」という。

現金の場合、例えば、手元に現地通貨が5万円あり、3万円を使えば「あと2万円しか買えない」と考える。一方、クレジットカードでは「来月3万円を払わなくてはいけないが、まだ余裕がある」し、「せっかく高い旅費をかけて遠くへ旅行に来たので、この機会に購入しておこう」というプラス思考になりやすい。

このため、キャッシュレス環境の整備はインバウンド消費を取り込みたい地域で消費拡大の武器になる。カード決済には決済端末が必要だが、最近はスマートフォンに付けて使える低価格な端末も開発されている。また、国はキャッシュレス環境整備への補助金も用意しているので活用すべきだ。

岩木権次郎 中小企業庁 経営支援部 商業課長

中小企業庁 岩木課長
意識の高い商店街を支援

これに続き、中小企業庁経営支援部商業課長の岩木権次郎氏が「商店街活性化の取組について~インバウンド需要の取込支援~」と題して講演した。全国の商店街は衰退傾向にあるところが多く、約半分の商店街で空き店舗率が10%を超えている。

他方で、商店街の中にはインバウンド消費を取り込み、活性化につなげようとしているところもある。中小企業庁では商店街施策の一環として商店街等のインバウンド対応を後押ししようと、①補助金、②財政投融資、③税制による支援を実施している。

補助金では免税対応機器等の導入や外国人旅行者向け宿泊施設の整備の費用などを支援しており、政策金融では外国人従業員の人件費等への低金利融資も行っている。税制改正では、外国人旅行者が消費税免税制度を使いやすくなるよう、対策を進めている。

また、昨年度は「地域未来投資促進事業(商店街集客力向上支援事業)」として免税手続カウンター設置やWi-Fi・防犯カメラの設置、キャッシュレス端末整備などを支援してきた。今年度も通年予算の一環として、インバウンド対応の支援を続けている。

全国には多様な商店街があるが、中小企業庁では「目指すべき姿」を生活支援型、エリア価値向上型、観光型(外需獲得型)の3つに類型化し、岩木氏は「意識が高くポテンシャルのある商店街を、きめ細かく支援していきたい」と述べた。

森有史 札幌市経済観光局観光・MICE推進部 部長

札幌市経済観光局 森部長
閑散期の海外観光客に期待

自治体のインバウンド対応に関しては、札幌市経済観光局観光・MICE推進部長の森有史氏が「自治体インバウンド戦略最前線 実践事例と今後のビジョン」と題する講演を行った。

札幌市の昨年度の観光客数は1,388万人で、国内観光客の伸びは鈍化しているが、外国人旅行者数は伸びている。札幌の外国人宿泊者数は昨年度、前年度比で9.2%増の約209万人となった。

一方、札幌を訪れる日本人観光客は夏場が多く、寒い冬には減少する傾向がある。しかし、外国人宿泊者の傾向はこれとは異なり、12~2月の冬場が最も多く、とりわけ暖かい地域の東南アジアからが増えている。札幌では、「さっぽろ雪まつり」以外の冬場は閑散期であることから、外国人旅行者の増加に期待している。

キャッシュレス環境整備では、2013年以降、雪まつりでのビザとの連携事業を進めてきた。この事業では、市の中心部での歓迎フラッグ掲出や、多言語ガイドマップの作成、カード利用が可能であることを示すアクセプタンスマークの掲示、事業者向けのインバウンド説明会などを行っている。

森氏によれば、「アクセプタンスマークの掲示は、海外のお客様に好評だ。タクシー業界でも、これを見るとニッコリして乗車してもらえると評判が良い」という。札幌市では2026年の冬季五輪誘致も視野に入れ、インバウンド対応を推進していく。

井上正幸 秩父地域おもてなし観光公社 事務局長

秩父・観光公社 井上事務局長
DMOで稼げる地域を作る

続いて、秩父地域おもてなし観光公社事務局長の井上正幸氏が「自治体インバウンド戦略最前線 実践事例と今後のビジョン」について、講演した。日本版DMO(地域と協同して観光地域づくりを実施する法人)の登録法人第1号にもなった公社では、秩父市と隣接4町が連携し、半官半民で観光を推進している。

「稼げる地域」を目指し、営利事業では旅行業などを実施。中でも、2014年に始めた一般家庭に宿泊する「民泊」を伴う修学旅行の誘致は国内だけでなく、台湾や中国、メキシコにも広がっている。

インバウンド事業では、外国人旅行者を増やすため、西武鉄道と協力して海外へのPRを展開。多言語でのホームページ作成や免税店の促進、英会話スクール事業や海外テレビ番組のロケ支援なども実施している。

月1回の「インバウンド政策コア会議」では、若手職員や関連企業の参加者らがインバウンド対応への意見を出し合う。現在は特に、台湾、フランス、米国、タイに焦点を当てて、新規事業を進めていく方針だ。

東京の日帰り観光圏でもある秩父では、日本人観光客のリピーター率が高いが、近年は外国人訪問者も増え続けている。東京五輪が迫る中、今年は外国人観光客誘致に注力する「インバウンド元年」と位置付け、「今後はキャッシュレス環境整備も進めていきたい」という。

岸波宗洋 事業構想大学院大学 教授、事業構想研究所 所長

谷本龍哉 事業構想研究所 客員教授 元内閣府副大臣

パネルディスカッションでは、各地域での消費拡大のキーポイントについて活発な議論が行われた

地域が一枚岩となって
取り組むことが必要

講演に続くトークセッションでは、事業構想研究所・所長の岸波宗洋氏による進行で、地方におけるインバウンド対策やキャッシュレス環境整備について議論が行われた。

事業構想研究所の谷本龍哉氏は、「インバウンドが増えるほど、人は大都市部から地方へ行き始める。それを促進する基盤を、地方でも都市部でも2020年までに整えることが必要だ」と指摘。「海外の人が来ても、自由自在にキャッシュレスで買い物できるレベルまで基盤整備していくことで、インバウンド増加の経済効果を地方にも行き渡らせることができる」と述べた。

松田氏は、外国人が日本旅行をする際の最大の問題として挙げられるのは「英語がなかなか通じないことだ」とした上で、「キャッシュレスは貨幣の通訳のような役割を持ち、言葉の課題を一瞬で越えられる」とその利点を挙げた。さらに、2020年の東京五輪に向けて進められるキャッシュレス環境整備は、その後もレガシーとして残ることから「インバウンドだけでなく、地域住民にも利用しやすい形にしていくことが重要だ」と述べた。

一方、自治体の取り組みについて井上氏は、「インバウンド対応の重要性に対する理解を求めることが必要」とし、「これまでは受け入れ態勢整備が中心で、キャッシュレス環境まではなかなかできなかったが、今後はDMOとしても取り組みたい。行政には年度の変わり目があるが、最も重要なのは継続的に取り組むこと」と語った。

一方、森氏は「地域が一枚岩となって取り組むことが重要だ。キャッシュレス環境整備では、言葉の壁を乗り越えられる、少額のカード決済でも売上を上げられるといった利点を伝え、理解してもらうのが良いだろう。おもてなしの観点からも、市民一人ひとりの理解が求められている」とした。

インバウンド消費を取り込んだ地域活性化では、受け入れ態勢やキャッシュレス環境の整備がそのカギとなる。その際、国内観光客にも相乗的にマーケットを拡大していくのが効果的だ。岸波氏は「声の大きな人のリーダーシップで無理やり引っ張っていくのではなく、DMOなどで皆が共有できる価値観や尺度を持ってプロセスやゴールを設定し、進めていくことが重要だ」と述べ、セッションを締めくくった。

 

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