2017年1月号

人間会議

人間の心は脳が支える 豊かな情報処理システム

安西 祐一郎(日本学術振興会 理事長)

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人間の心は複雑で豊かな情報処理システムで、脳の働きによって支えられている。心は人間の進化の過程で生まれたもので、同じ「種」の生き物ではない人工知能は人間と同様にコミュニケーションできるわけではない。他方で、世界中の人工知能とインターネットでつながり知恵を借りられる人工知能が、2045年にどこまで進化するかはわからない。人工知能のさらなる進化に備え、人間には、よりクリエイティブな活動が求められている。

進化の過程で生まれた人間の複雑な心

―認知科学から見ると、人間の心と脳はどのような関係がありますか。

安西 祐一郎(日本学術振興会 理事長)

心が生じるには脳が必要だと思いますが、脳の研究だけで心を完全に理解することは、ほぼ不可能でしょう。脳は物質ですが、心はそうではありません。物質である脳がわかれば心もわかるかというと、これは難しい哲学の問題です。

しかし、脳を追究していくと、心についても多くのことがわかってきます。認知科学では心を、情報を処理するシステムと見ています。コンピュータやロボットも情報処理システムですが、人間とは全く異なります。人間は生き物で、進化の過程で様々な機能が発達し、おそらく心もその中で生まれました。

心を情報処理のシステムとして見たとき、例えば、人間の記憶はどのようなメカニズムで働いているのかを考えてみます。記憶と一口に言っても様々なはたらきがあり、小学校の頃の運動会など、昔のできごと思い出すはたらきは「エピソード記憶」と呼ばれます。また、逆に将来のことをイメージする「展望記憶」もあります。「未来の記憶」ですね。

過去のできごとを思い出すエピソード記憶でも、ビデオで撮影したように思い出すわけではありません。

小学校の運動会で走ったことを思い出すとき、それを見ている自分がいるような気がします。このはたらきは、コンピュータにはまだまだできないのです。人の心の情報処理システムは、記憶だけを取り上げても、コンピュータのようにただデータを格納して取り出しているわけではありません。心の中で様々な情報を「構成」しているのです。2045年には人工知能(AI)が人間を超えるともいわれますが、人間の記憶でさえ分かっていないことが多いので、同様のはたらきを2045年にAIが持つかどうかという二者択一の議論を今してもあまり意味はないのです。

また、感情について考えると、例えば、怒ったり喜んだりといった分かりやすい感情もありますが、「言いようもない不安」、「じわじわと嬉しさがこみあげてくる」というような、より複雑な感情もあります。最も研究されているのは「恐怖」で、脳のメカニズムとしても徐々に理解が進みつつあります。また最近、研究が進んでいる感情には、「共感」があります。「共感」と私たちが呼んでいる感情を、コンピュータやロボットは持つことができるのでしょうか。これも、「共感」についての研究が進まなければ議論にならないですね。

さらに人間のことばについては、言語の発達が他者の気持ちを理解する働きの発達を促進することも分かってきています。ことばの遣い方をマスターすればするほど、他人の気持ちを表現できるようになるのです。言語にはまた、「発話行為」というはたらきもあります。会社で上司から「暑いね、君」と言われれば、「窓を開けろ」、「エアコンの温度を下げろ」という意味に受け取れる。このように、人間の言語は、単に文の表面的な意味だけでなく、言外の意味を伝えることがあります。字義どおりの働きだけをしているわけではないのです。

記憶、感情、言語のほかにも、考えること、見ること、聞くこと、体を動かすことなど人の心は様々なはたらきの複合によって成り立っています。心はとても複雑で豊かな情報処理システムであり、脳のはたらきによって支えられています。たとえば、恐怖のような感情には脳の中の扁桃体という部位が重要な役割を果たしているといわれますが、実際には、扁桃体はそれだけで感情に関わっているのではなく、他の多くの部位とつながっていて、それらがネットワークとなってダイナミックにはたらくことで、人は感情を持ち、表現することができるのです。

表 心のはたらきを支える要素

出典:安西祐一郎著『心と脳』より編集部作成

世界中でつながり知識を得られる人工知能

―思考も言語も感情も含め、心は自分だけでなく、対するものがあるから生まれてきたのだと感じます。

そのとおりです。例えばコミュニケーションは、人間同士なら生物学的に同じような育ち方をしているため、初めて会ってもすぐにできます。

相手がチンパンジーだとそうはいかない。これは「種」が同じということの素晴らしさだと思います。

その点では、人工知能は「種が違う」のです。親から生まれた生き物ではなく、機械です。人工知能やロボットは、学習しなければ人間と円滑にコミュニケーションが取れません。また、ロボットは周囲の環境の様々な情報のうち、どれが重要なのかなかなかわかりません。

赤ちゃんの場合、たとえば、母親が少しの間でもいなくなると不安になります。これは、母子間関係があるからです。また母親と赤ちゃんが並んで一緒に1つの絵を見ているとき、赤ちゃんは「お母さんも一緒に見ている」と思っているかという研究があります。この場合、母親と赤ちゃんに絵を含めた3者の関係を「三項関係」と言います。

ロボットと赤ちゃんが同じ絵を見る場合、母親と赤ちゃんがそうしているときのような注意の共有や「三項関係」が生じるか、あるいはロボットが、赤ちゃんがそう思えるよう振る舞うにはどんな機能を持っていればよいか、どんな状況でも人と円滑にインタラクションするロボットの設計は、技術的にも、また2045年にAIが人間を超えられるかという議論にも関わる大きな課題でもあります。

ロボットが人間を絶対に超えられないとは言い切れません。人間の方は1人ですが、ロボットは世界中のロボットやコンピュータとインターネットでつながり、即座に世界中の知識を借りられるからです。

2045年は約30年後です。今から30年前の1986年ごろは、インターネットの原型の通信方式はごく一部の大学などで使われていただけで、デジタル携帯電話も一般には使われていませんでした。もちろんスマートフォンもなかった。現在は当時よりも技術開発が加速しています。そう考えると、30年後には感情、記憶、思考、インタラクション、その他のはたらきについてAIが人間を超える部分は出てくると思います。

また、赤ちゃんはミルクも飲みたいし、おむつを替えてもらう必要もあります。寒ければ、風邪もひきます。ロボットがこれらに対応するには、どんな状況にも対応できる「汎用人工知能」が必要になります。人工知能側に言わせれば、「世界中のロボットとつながっているからできる」かもしれません。寒くなると思うと、北極で学習したロボットが「こうすれば赤ちゃんが心地良く温かく過ごせるよ」と即座に教えてくれて、目の前のロボットが赤ちゃんに対応するようになるかもしれません。それが良いことかどうかを判断するのは知恵の問題です。

人工知能による心の制御は恐ろしいこと

―人工知能が発達すれば、人間をコントロールするようなこともできるでしょうか。

図 サリーとアンの課題

 

発達認知科学の実験に、「サリーとアンの課題」というのがあります。人形劇を子どもに見せるのですが、その際、2つの箱が置いてあります。

例えば、青い箱と黄色い箱で、サリーという人形がおもちゃを持ってきて青い箱に入れ、蓋を閉めて立ち去ります。次にアンという別の人形が出てきて、そのおもちゃを取り出し、黄色い箱に移して蓋を閉め、立ち去ります。

そして、再びサリーが出てきて、おもちゃを探すのですが、どちらの箱を探すでしょうか。サリーの心がわかっていれば青い箱を探すと考えますが、アンが後から黄色い箱に移したので、小さな子どもは黄色い箱を探すことが多いのです。サリーが青い箱を探しても驚かなくなる年齢は4歳ぐらいで、2歳ぐらいの子どもはサリーが青い箱を探そうとするとびっくりするのです。

ここで言いたいことは、人が心で信じていることは、外からはわからないということです。そして、ロボットに人の心が読めるようになるのかどうかです。人間が何も言わないのに、その行動を見てロボットが分析できれば、ロボットに人が何を考えているかわかるようになるのだとすると、怖いことです。また、逆にロボットが人間にわからないように何かをできるようになり、人の心もコントロールできるようになるとすると、これは恐ろしいことだと思います。

これと似たことは、既に行われています。インターネットで商品を購入すると、そのデータに基づいて、その人が購入しそうな他の商品の広告が表示されます。このような技術は、ユーザの買い物行動を分析し、心を読んでさらに買いそうなものを表示しているのです。

同様に、例えば選挙で投じる票を人工知能がコントロールできるようになる可能性もあると思います。ユーザの入力を継時的に分析してユーザが特定の情報に関心を持つように仕向けるのです。これは相当に怖いことです。

将来、人工知能が世界中の人工知能とつながり、そのようなことを始めたら、どうなるでしょうか。ゼロか1かで人間と人工知能のどちらが強いかというのは、意味のある問いではありません。しかし、人工知能が人間に対して行う最も良くないことの1つは、人の心を制御することで、これができるようになるかといえば、否定はできません。

さらに、それが悪意を持った人間によって利用されるとたいへん恐ろしいことになります。全体主義国家を描いたジョージ・オーウェルの小説『1984年』を思い起こさせます。

人間はクリエイティブでイノベーティブな活動を

―そのような事態を防ぐためには、人間はどうすれば良いでしょうか。

©Sergey Nivens/123RF.COM

人間は、これまでに増して知恵を磨き、知恵を絞ることが必要だと思います。「絞る」というとは辛いことのように聞こえますが、そうではありません。いろいろ考え、クリエイティブでイノベーティブな活動をするのは、人間にとっては本当は楽しいことなのです。

人工知能やロボットの進化に伴う雇用の減少が懸念されていますが、これは技術革新の歴史をたどれば何度も繰り返されてきたことです。大正時代には国内で約3万5000種あった職種が、平成に入るころには約1万8000種に減ったといわれます。技術革新や社会の変化に伴い、仕事は変化していくものです。しかし、そのような状況でも、どういう仕事が自分に向いているか、どういう仕事を創り出せるかと考えるのは、本当は楽しいことでもあるはずです。

日本では1993年ごろには200万人を超えていた18歳人口が、現在は半分近い120万人程度になりました。人口減少で国内需要が減り、少子高齢化で社会保障費が増えるのは大変なことです。ただ、若い人たちにとっては、これからの時代はむしろ仕事や収入を得る機会が増えていく時代になります。

また、何度も言いましたが、人工知能は人間と種が違います。人工知能がどんなデータを必要とするかを自分で決めるのは、そんなに簡単ではありません。データの価値は多種多様な要因でダイナミックに決まってくるからです。人工知能が人間を超えるといわれる2045年にどうなるかは、私たち人間自身にかかっていると思います。

©Muhammad Ribkhan/123RF.COM

安西 祐一郎(あんざい・ゆういちろう)
日本学術振興会 理事長

 

『人間会議2016年冬号』

『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 考える人間、極める機械 人工知能社会の哲学
安西祐一郎(日本学術振興会 理事長)、甘利俊一(理化学研究所)、岡本裕一朗(玉川大学 教授)他
特集2 イノベーティブな経営者が語る 企業の哲学
小林哲也(帝国ホテル 取締役会長)、出口治明(ライフネット生命保険 代表取締役会長)、谷田千里(タニタ代表取締役社長)他
(発売日:12月5日)

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