「自律学習」の標準化へ。Enuma Japanに学ぶグローバルEdTechのローカライズ戦略
「学びの主体は子ども自身」を掲げ、家庭向け学習アプリ「トドシリーズ」を提供するEnuma Japan。子どもたちに寄り添ったゲーム開発由来のUX設計と保護者の心理に寄り添う支援で、強固なファン層を築く。2021年に設立された日本法人は、約10名の精鋭体制でマーケティングと顧客支援を担う。CEOの趙南薫(ちょう・なんふん)氏は、日本法人の立ち位置を「学習者や保護者に最も深く寄り添う役割」と位置づける。

「一つひとつ数え上げる」。ゲーム業界発のUX設計
「Enuma(エヌマ)」は、オンラインゲーム開発の第一線で活躍していた韓国人夫婦が、障害のあるわが子が自立して学べる環境をつくるために、米国シリコンバレーで立ち上げたグローバルEdTech企業だ。
その社名は、英語の「enumerate(一つひとつ数え上げる)」に由来している。「世界中のすべての子どもを、一人ひとり特別な存在として大切にしたい」という理念のもと、学習に困難を抱える子どもや、十分な教育資源にアクセスできない子どもも含め、すべての子どもが自分の力で学びを進められる学習アプリの開発に挑んできた。
世界的な教育コンテスト「Global Learning XPRIZE」(※)で優勝を果たし、世界20カ国以上のアプリストアの「教育・こども部門」で1位を獲得するなど、「トドシリーズ」の成功を支えているのが、「ゲーム的アプローチ」である。創業者をはじめ開発スタッフの多くがゲーム会社出身であり、教材とゲームの共通点に着目した開発手法を貫いてきた。
「一般的な教材のように『大人が説明して教える』形では、幼少期の子どもの自律学習は続きません。子どもが一人で夢中になって学びを進めるには、ゲームの知見が極めて有効です」と趙氏は語る。
同社が追求するのは、点数競争などの表面的な仕組みではない。画面上でパーツを動かす操作一つをとっても、指の動かし方、グラフィック、効果音を細かく調整し、脳が「実物を触っている」かのように認知する操作感を実現している。


また、文字の説明を極力排除した直感的なインターフェースや、フォニックス(音節)学習をアニメーションや音の演出と組み合わせることで、子どもが「勉強」と意識しないまま遊んでいるうちに自然と文字や単語が読めるようになる設計を突き詰めている。創業以来10年以上にわたり、実際にモニタリングしながらノウハウを蓄積してきた積み重ねが、大きな学習効果を生み出しているのだ。
※ Global Learning XPRIZE:米XPRIZE財団主催の教育アプリ国際コンテスト。途上国などの非通学児が教師なしで自律的に読み書き・計算を習得できるソフトウェア開発を競い、2019年にEnumaが優勝を果たした。
日本の保護者心理に応え、寄り添う
「トドシリーズ」のグローバル展開において、日本市場は独自の進化を遂げてきた。韓国出身の趙氏によると、英語学習が当たり前で次々と新しい教材を試す加熱した韓国市場に対し、日本の保護者は慎重に見極める傾向が強いという。「本当に継続できるか」「確実に力がつくか」という教材の質と継続性を重視し、信頼できる身近な保護者同士の口コミやリアルの声が、選定の大きな決め手となる。
さらに5年前の参入当初は、「タブレットやデジタルで学習すること」への心理的ハードルも残っていたという。
こうした日本特有の市場特性に対し、Enuma Japanは保護者の心理に寄り添う、密着型のカスタマーサクセスを実現してきた。「当社には子どものために、という強い想いがあり、『自分や自分の子どもだったらどう感じるか』を常に考えられるメンバーが集まっています」と趙氏は話す。
忙しい保護者が手軽に子どもの学習進捗を把握できるようにLINE連携を可能にしたり、長期休み中の「連続学習チャレンジ」や英語音読コンテストなどを定期開催したりと、その取り組みはすべて保護者や子どもの目線に立って考えられたものだ。
「『家庭学習の負担や不安を、保護者一人に抱え込ませない』という姿勢で伴走しています。イベントを通じて『子どもが変わった』という喜びの声が多く寄せられており、その反応を見ていると、私たちのやっていることは間違いなかった、と思いますね」と趙氏は胸を張る。
ユーザーの声に応え、「日本発」で挑む市場開拓
ファン層の広がりとともに届いたのが、「一人で学ぶ習慣がついたが、『トド英語』を卒業した後はどうすればいいのか」という切実な声だった。日本の英語教育現場では、小学校の「楽しく親しむ英語」から中学校の「テスト・受験のための英語」へ移行する際、急激なギャップに挫折する「中1の壁」が課題となっているという。
その期待に応えるべく同社が開発したのが、小学校高学年〜中学生を対象とした新たな英語学習サービス「トド英語アカデミー」である。2026年9月に、「日本発」として先行リリースした背景には、日本の既存ユーザーに対する責任感と、日本の教育課題解決に向けた同社の強い想いがあった。
「『トド英語』を通じて身につけることのできた、一人で学ぶ習慣を途切れさせず、本格的な英語力を伸ばせる場を提供することが、私たちの責任だと考えていたのです」。
「トド英語アカデミー」は、「トド英語」のDNAを受け継ぎ、単なる知識の詰め込みではなく、子どもが主体となって学びを自己決定し、自信を持って走り続けられる環境を追求した。子ども自身が「どのように学ぶか」を選べる工夫や、失敗を恐れずに自分の言葉で発話・表現できるAIを活用した学習体験を組み込んでいるという。
「5年後には、テクノロジーを活用した学習が特別なものではなく、生まれ育った環境や家庭に関わらず誰もが質の高い学びにアクセスできる『教育インフラ』になると確信しています」と趙氏は未来像を描く。家庭向けに培った自律学習の標準モデルを武器に、将来的には自治体・教育委員会と連携し、学校の放課後学習や補習の場など、公教育領域への展開も視野に入れている。
「一人の子どもも取り残さない」という創業理念のもと、誰もが自ら学べる環境を教育インフラとして定着させていく。国や地域を越えて自律学習の標準化を目指すEnumaの取り組みは、これからの学びのあり方に新たな選択肢を提示している。