教育と仕事を往還する リカレント教育という考え方
学びを人生の初期に集中させない
成人の学びは、それまでの経験や生活上の必要から始まる。社会に出た後も学び続けるためには、どのような教育の仕組みが必要だろうか。ここで取り上げたいのが、リカレント教育だ。
リカレント教育は、教育と仕事などの社会的活動を、人生の中で繰り返し行うという考え方である。1973年に経済協力開発機構(OECD)が公表した『Recurrent Education: A Strategy for Lifelong Learning』によって、国際的な政策論として広がった。教育を人生の最初に集中させる「フロントエンド・モデル」に対し、リカレント教育は、社会へ出た後も必要に応じて教育に戻れることを重視する。
これは単に学び直しの機会を増やす話ではない。人生のある時点で下した進路選択によって、その後の可能性が固定されないようにするという、社会の仕組みに関わる構想なのである。
ただし、成人の学習者における学びは、ただ知識を受け取るというものではない。経験を持ち寄り、他者と考え、時には自らの経験が別の人の学習資源になる。理論と実践の往還によって知的基盤を形成するものだ。
なぜ「学び直し」が必要になるのか
ところで、なぜ現代社会では、これほど学び直しが求められるのだろうか。知識や技術が変化するから、という説明は間違いではない。しかし、もう一歩考えたい。変化しているのは、知識や技能の内容だけでなく、「何が価値ある知識や技能とされるか」という社会の側の評価でもある。
以前は重視されていた経験が十分に評価されなくなり、別の能力が新たに求められることがある。職業だけではない。地域活動、家庭生活、趣味においてさえ、必要とされる知識や技術は変わる。私たちは、変化する社会の中で、何を学ぶべきかを繰り返し考えることになる。
ここには、「学びたいこと」と「学ぶ必要があるとされること」の違いがある。社会教育では、前者を学習要求、後者を学習必要という観点から考えることができる。両者が一致するとは限らないからこそ、何を学ぶかを社会の要請に任せきりにせず、その必要自体を問い直す視点が大切になる。
リスキリングとの違いを考える
近年、リカレント教育と並んでリスキリングという言葉を耳にする。一般にリスキリングは、仕事の変化に対応するために新たな技能を習得することに重点を置く。一方、リカレント教育は、職業能力の向上に加えて、仕事や人生の方向を捉え直すための学びを含む、より広い考え方として用いられる。
もちろん、職業上の達成も自己実現の重要な一つである。しかし、いまの職場で求められる技能を習得することだけが、成人の学びではない。別の職業を目指してもよいし、地域活動や教養の学びに向かってもよい。「何を身につけるか」だけでなく、「自分はなぜ、それを学ぼうとするのか」を問えることが重要である。
学びの自由を社会が支える
リカレント教育を社会教育と結びつけて考えるとき、重要になるのは、さまざまな場所に学習の入口を用意することである。公民館や図書館で生まれた関心が、大学や専門教育につながることもある。職場で生まれた疑問が、地域の学習会で深まることもある。学ぶ人が、制度の間を行き来できる回路をつくるのである。
ただし、その回路を整えるには、本人の意欲だけでは足りない。学ぶ時間、費用、情報、職場や家庭の理解など、社会的な支えが必要となる。学び直しを個人の努力だけに委ねれば、必要な人ほど学びから遠ざけられるおそれがある。
リカレント教育が目指すべきなのは、学び続けることを義務にする社会ではなく、人生の途中で何度でも学びを選び直せる社会である。ところが、社会の変化に対応するために学び直しが必要だとすれば、その学習はどこまで自由な選択と言えるのだろうか。