鉄道から商店街へ、知見と技術を応用 川崎重工の新規事業

川崎重工業は神戸・三宮の商店街で、公共空間向けコミュニケーションアプリ「Real D You」の地域活性化実証事業を開始する。本プロジェクト責任者の永原斉氏(事業構想修士)に新事業創出への挑戦や大学院での研究について聞いた。

永原 斉 川崎重工業 技術開発本部 技術企画推進センター
ソリューション企画部 基幹職、
事業構想修士(事業構想大学院大学大阪校2期生)

仮想空間でゆるやかなつながり

川崎重工業は2022年6月末、三宮本通商店街振興組合や神戸市、兵庫県立大学などと協働し、同社が開発したリアルとデジタルの連携テクノロジーによるサステナブルなアプリケーション「Real D You(リアデュー)」を活用して神戸・三宮の地域活性化実証事業を始めると発表した。

リアデューは、人の位置情報(オフライン)とスマホ内の仮想空間の位置情報(オンライン)が融合した新たな情報発信手段で、同じ場所に偶然居合わせた人が、公共空間のマナーを乱さずアプリ上で交流できる。実証事業では、三宮本通商店街などでリアデューを活用した賑わい創出の可能性を検証する。

リアデューの画面イメージ

川崎重工と言えば、鉄道車両やバイク、航空機などの製品が真っ先に思い浮かぶ。ITを活用した商店街活性化という新領域開拓の責任者を務めるのは、同社技術開発本部技術企画推進センターの永原斉氏(事業構想修士)だ。

「リアデューは当社が鉄道車両事業で培った公共空間認識から着想し、開発したアプリケーションです。街路や店舗などリアルな街と来街者や商店街関係者の行動を、リアデューを用いてデジタルでつなぐことによって、街に来ることでしか得られない価値を創出します」

鉄道車両事業で培った公共空間認識を着想にリアデューは生まれた

事業構想大学院大学で受けた
「カルチャーショック」

永原氏は川崎重工にエンジニアとして入社、技術研究所で鉄道車両やバイクの強度研究に10年以上携わる。2016年に鉄道車両事業部門に駐在したことが転機になったと振り返る。

「鉄道車両事業の新規事業を考えるワーキンググループに参加し、初めて事業企画に関わりました。リアデューの元となるアイデアは実はこのとき生まれたのですが、当時の提案は全くうまくいきませんでした。その過程で事業構想手法を体系的に学びたいと思うようになり、事業構想大学院大学と出会いました」

2019年度に入学し、森井理博客員教授(パナソニック執行役員)のゼミに所属。「マーケティングの第一人者である森井先生からは、顧客への提供価値の考え方やステークホルダーとの関係性の作り方だけでなく、持続的に事業が成長して社会へ価値を提供し続けるために大切なことを数多く教えてもらい、その知見は現在の事業構想に活かされています」

大学院で出会った同期たちも重要な財産だと永原氏は言う。「事業構想大学院大学の院生は企業派遣でも部署は様々で、個人で入学した経営者や起業家も多くいました。多様性に溢れていて、特にエンジニアの私にとっては、自分で商売をしている人のビジネスに対する感覚はカルチャーショックでした。皆で理想を語り合えること、それが許されている環境がすごく心地良かったですね」

修了時に提出した事業構想計画書では、バーチャル電車空間で乗客同士の情報発信・コミュニケーションを可能とする“Virtual TRAIN Network”を構想した。

「鉄道車両事業に携わる身として、電車内の時間価値の低さに課題を感じていました。また、電車内で急病人やトラブルが発生しても見て見ぬふりをする人が多いという課題意識もありました。Virtual TRAIN Networkは公共の秩序を壊さない大前提で、乗客同士の情報発信のハードルを下げる施策として考案しました。これにより、迷惑行為に対してリアル空間では声を上げ難いときでもバーチャル空間なら助けを求めやすくなると考えたのです」

商店街を皮切りに、
幅広い公共空間への展開へ

大学院修了後も構想のブラッシュアップを続け、まずは電車内ではなく公共空間での事業化を検討。社内新規事業公募制度に応募し、見事採択されたのが今回のリアデューだ。

神戸市から三宮本通商店街振興組合の紹介を受けて神戸・三宮の地域活性化実証事業が決定し、産学官のコンソーシアムを組んで年内にPOC(概念実証)を行う。街路や店舗などリアルな街と来街者や商店街関係者の行動を、リアデューを用いてデジタルでつなぎ、賑わいや来街目的にどのような影響があるかを検証する。また、来街者がリアデューを利用して街の情報をタイムリーに発信することを促すため、各種イベントも実施する予定だ。

商店街での取り組みを始めるにあたり、リアデューのティザーサイトを開設。人気YouTuberとコラボレーションした動画などによるバイラルマーケティングで、すでに数十万人にリアデューの認知が拡がっている。「このようなプロモーション手法は当社では初めてです。大学院での学びやネットワークが活かされています」

リアデューのコンセプトムービー

POCを経て、2023~24年度のリアデューの事業化を目指す。電車や商店街のほか、イベント会場や大学、病院など様々な利用シーンが考えられ、すでに問合せも多く受けているという。

「2016年にアイデアを思いついてからリアデューが生まれるまで6年かかりました。苦しいこともありましたが、大学院を含めて私自身はすごく楽しかったですし、これからの展開にもワクワクしています。商店街の皆さんからは、リアデューに大きな期待を寄せて頂いており、責任とともにやりがいと喜びも感じています。事業構想大学院大学では、企業利益だけでなく“社会の一翼を担う事業”を生み出すことの重要性を説かれ続けましたが、その理念とリアデューは繋がっていると思います」と永原氏は笑顔で語った。