基陽 自分で入れるモノを選ぶ、新たな防災バッグを提案

建設現場用の墜落制止用器具や工具袋などを製造販売する企業を営む藤田尊子氏は防災の事業を立ち上げたいと考えていた。しかし、どこから手を付けて良いかが分からず、事業構想大学院大学大阪校の門をたたく。2年間の学びを経てスタートした防災関連事業について話を聞いた。

藤田 尊子
基陽 代表取締役(大阪校2期生/2020年度修了)

日ごろの心構えと準備が
命を守ることを伝えたい

兵庫県三木市に本社を置く基陽の主力商品、墜落制止用器具とは平たく言えば命綱のこと。労働災害防止のための法整備と現場での安全対策が進んだことで、建設業の労働災害死亡者数は減っているが、命綱を使えば防げた事故が今でも起こることから、基陽では命綱の重要性を訴え続けている。

「防災は地震や台風などの自然災害に対して使うことが多いですが、労働災害を防ぐことも防災です。どちらも平時の備えが命を守ることにつながるという共通項があります」

日本ではたびたび地震が起こり、2011年の東日本大震災では多数の尊い命が失われた。のちの検証では、正しい知識があれば回避できた悲劇があった一方で、防災教育によって大勢が助かった事例があることも分かっている。そういった情報に触れるなかで、藤田氏は防災の事業化を考え始めた。

「とある経営者向けセミナーで、日建リース工業代表取締役社長で、東京校3期生の関山正勝さんのお話を聞いて事業構想大学院大学のことを知り、私もそこに行けば防災事業のヒントが見つかるのではと思ったんです」

2023年発売の「いのちつなぐ防災バッグ」。普段使うカバンの中に入れられるバッグインバッグのタイプ

防災は「ながら」でもできると気づき
モノとコトをセットで考えるように

2019年、事業構想大学院大学大阪校に入学。1年次に履修した橋本良子教授の講義が印象に残ったことから、2年次には橋本教授のゼミに所属し、防災の事業構想に取り組む。しかし、同期の学生に「防災は持ち出しが多くてマイナスのイメージがある」と指摘されたことから、防災に取り組む現場の実情を知るためにヒアリングを開始した。

「大阪メトロの安全推進部では電車を通常通り運行しながら、災害時の事故防止に備えて、乗客と設備の安全確保のための啓発活動を実践していました。考えてみれば現業も同じで、建設現場では労働災害を防ぎながら建設工事を行っていますから、防災事業にも“ながら”の発想を取り入れ、楽しく実践できるようにすると良いのではと思いました」

当初はものづくりを中心に考えていたが、コトの大切さに気付き、次第にモノとコトをセットで考えるようになった。そんな藤田氏が2年間の集大成としてまとめ上げた構想が「コドモイツモ オトナモシモ アンゼン隊」だ。コンセプトは「コドモは遊びながら安全を身につけ、オトナはモシモに備える」。具体案として、防災と食育を組み合わせた体験教育事業と、自分に合った防災グッズを入れる安全防災用品事業を盛り込んだ。

その後、知人の紹介で神戸学院大学社会防災学科教授の中田敬司氏と話す機会を得た藤田氏は構想資料を持参し、自らのアイデアを説明した。中田氏は「当学科の学生にとっても面白いことになると思う」と評価し、後日、複数の学生とともに藤田氏の元を訪れた。学生からは「この場所なら、これができる」「あんなこともできそう」とアイデアがどんどん出てきて、その場でイベント開催が決まった。

「当日は中田教授と学生が運営を手伝ってくれて、近隣住民の方々と一緒に身近な道具で担架を手作りしたり、ロープワークをしたり、専用のスモークマシンで煙にまかれた状態を疑似体験したりしたほか、近所の畑で育てた芋を薪の火で焼いて食も楽しみました」

2021年開催の初回イベントが好評だったことから、その後も毎年11月の第2土曜日に開催している。イベントの正式名称は「いのちつなぐParty」とした。「広告代理店の方に命名していただいたのですが、『いのちつなぐ』は命綱にもつながる言葉で、とても気に入っています」と、藤田氏は笑顔を見せる。

毎年秋に開催するイベント「いのちつなぐParty」。イベントでは身近な道具で手作りする担架搬送や、いろいろな場面で役立つロープワークを体験する

防災セミナーで考える
自分にとって本当に大切なモノ

ものづくりの取組みも神戸学院大学との連携のもとに動き始めた。一般的な防災バッグには最初からグッズが詰まっているが、人によっては使わないグッズがあったり、中身がよく分からなかったり、必要なモノが入っていなかったりするため、藤田氏は中身が入っていない「もぬけの防災バッグ」を提案する。防災バッグはいざというときに持って出るもの。非常時に必要なものは人それぞれに異なり、爪切りが必要な人もいれば、常備薬を持参したい人、子どものオモチャを持ち出したい人、心を落ち着かせるアロマグッズやチョコレートを入れたい人もいる。

「いざというときに必要な、自分にとって本当に大切なモノは何かを考えることが重要だと思っています。そのために、防災バッグは必要なモノを自分で詰められるように空の状態で販売すること、使用前に防災について学びながら大切なモノを考えるセミナーを受講することといったコンセプトは事業構想のときから変えていません」

藤田氏の構想に、防災を学ぶ学生のアイデアを重ね合わせたのが「いのちつなぐ防災バッグ」で、2023年に販売を開始した。デニム地に防災グッズのピクトグラムをプリントし、ラインナップにバッグインバッグを加えたのは学生のアイデアだが「学生は毎年入れ替わるので、来年はまた違う展開になる」という。

いのちつなぐ防災バッグは基陽のホームページから申し込みができるほか、今後は大手通販サイトなどでも買えるようにするという。また、防災教育用の冊子制作も検討中だ。藤田氏の事業構想は今後も進化していくことだろう。