4年で51件を事業化 JR東日本スタートアップが成功した理由

JR東日本の子会社で、スタートアップへの出資や協業を推進するJR東日本スタートアップは、設立から4年強で50件以上の事業を創造している。柴田裕社長が取り組みを語った。(2022年8月31日事業構想大学院大学仙台校・事業構想事例研究スピーチより)

柴田 裕(JR東日本スタートアップ 代表取締役社長)

鉄道事業の危機感からCVC設立

JR東日本スタートアップは、2018年2月、JR東日本100%出資によって設立されたCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)である。JR東日本グループの豊かな経営資源と、スタートアップのアイデアやテクノロジーの橋渡し役となることがその役割だ。これまで行われた実証実験は108件、事業化された案件は51件に及ぶ。

柴田裕社長によると、同社設立の背景には、JR東日本グループの強烈な危機感があったという。

「当社設立と同じタイミングで、JR東日本グループの中期経営計画が策定されましたが、その根底には、人口減少などによって将来の事業環境が非常に厳しくなるという認識がありました。その危機を乗り越える上で自前主義だけでは限界があり、外部の知見や発想を生かしたオープンイノベーションを本気で進める必要があったのです。当社は、それまで縁のなかったスタートアップとの接点、いわば“出島”として誕生したのですが、出島ができたからといってスタートアップが来てくれるわけではありません。当初は、スタートアップの集まりがあれば足を運び、社内でもご用聞きとして各部署を回りました」

その地道な営業の中で、柴田社長があらためて見直したのは、JR東日本グループが持つ唯一無二の強みだった。

「私たちには、鉄道ネットワークをはじめ、駅や駅ビル、ホテルなどの社会インフラ、Suicaやクレジットカードなどのサービスがある。これをとことん活用しようと思いました。こうした、リアルなインフラをスタートアップの皆さんに開放しますので、それを基盤に一緒に事業を創りましょう、ということです」

JR東日本では、2017年からビジネス共創の仕組みとして「JR東日本スタートアッププログラム」を立ち上げている。採択アイデアに対しては、JR東日本のインフラを活用して必ず年度内に実証実験を行うという仕組みが注目され、開始から5年間でスタートアップから寄せられた提案は1,000件を超える。本プログラムが軌道に乗ったこともあり、JR東日本スタートアップの出資活動も本格化していった。

3つのテーマで進める事業共創

同社は新規事業の創出に向けた重点テーマとして、「地域共創」、「デジタル共創」、「地球共創」の3つを掲げる。講義では、厳格な実証実験を経て事業化に至った51件の中から、この3テーマに沿って事例が紹介された。

「地域共創」は、地域に密着した鉄道事業者にとっては最重要テーマだ。

「ADDressというスタートアップに出資して事業化したのは、多拠点居住という新しい働き方・暮らし方の実現を目指した、月々定額で全国どこでも住み放題になる住まいのサブスクリプションサービスです。多くは空き家をリノベーションするので、地域の空き家問題の解決につながりますし、各地の魅力を知っていただくことで、関係人口の増加や移動にもつながります」

無人駅の活用事業も実現した。VILLAGEとともに群馬県みなかみ町の土合駅のインフラを丸ごとグランピング施設にしたのだ。秘境の無人駅を一躍有名にしたが、アウトドアの新名所を作って終わりではない

土合駅では駅舎内外を活用してグランピング施設を整備、地元商店らと「土合朝市」も開催

「ここで『土合朝市』という取り組みを始めています。グランピング施設を開放して地元商店街の皆さんに出店していただくのです。私たちは常に、地元の皆さんに何ができるかを考えています。新潟県三条市の帯織という無人駅では、駅を地場産業の技を体験できる工房にしました。地元の若手経営者の皆さんと組んで、研磨技術などの伝統技術を若い世代に知ってほしい、継承していきたいという思いから開設した施設です」

鉄道を起点に「泥臭いDX」

こうした地域密着型の共創と同様、第二のテーマである「デジタル共創」でも、目指すのはあくまで鉄道インフラを起点とする「泥臭いDX」である。

「Liberawareと組んで進めているのは、手のひらサイズのドローンで、駅の天井やボイラー室を点検する事業です。過酷な点検作業を軽減して、いずれはデータから異常の予測ができるところまで持っていきたい。車両メンテナンスでの音声デバイスによるチャット機能でOJTを効率化するとか、何キロも先の支障物を検知できる『ドップラーライダー』による作業効率化と安全性向上といった事業もチャレンジしています」

その他、駅そば店舗への製造ロボット導入、駅ナカやキオスクのインフラを活かした無人決済店舗の導入などの小売DXの背景には、地方の小売店鋪消滅を食い止めたいとの思いもある。

コネクテッドロボティクスと連携し、駅そば店舗に「そばロボット」を導入している

浪江駅では小型閉鎖循環式陸上養殖システムを用いたバナメイエビの養殖実証を実施

同社のビジネス共創は、いずれも社会課題解決への眼差しを持つ。「地球共創」のテーマで同社が目指すのは「本気のSDGs」による循環型社会だ。

「鉄道は地球に優しい交通モードで、未来につながる事業ですし、駅はシェアリングエコノミーの拠点になりうる施設です。私たちは、駅を介した傘のシェアリングや衣料品のリサイクル事業も軌道に乗せています。青森ではスタートアップと連携して、廃棄されていたリンゴの搾りかすからエタノールを醸造、アロマディフューザーとして販売するという事業を創りました。また、それでも残る搾りかすも捨てないで、鶏や牛の飼料としても活用しています。私たちにはネットワークという強力なインフラによって、スタートアップの皆さんの夢を広げることができるのです」

「混ぜるな危険」が生む新価値

多様で多岐にわたる事例紹介のあと、柴田社長は、そこに一貫する軸について、次のように語った。

「鉄道事業者だからこそできる新規事業があります。その事業で、地域や鉄道を変えたいし、よりよい社会を作りたい。そのためには、似たようなもの掛け算しても、似たようなものしかできません。私たちは、まるで違うものを掛け合わせる、“混ぜるな危険”ともいうべき取り組みを、あえてやります。鉄道事業者として超えてはならない一線を守りつつ、いわば“黄色い線の内側で思いっきりヤンチャする”ことを貫きたいと思っています」

スタートアップとJR東日本グループの夢を掛け合わせる同社の歩みは、今後も、新事業を模索する者に数々の刺激的なヒントを与えてくれそうだ。

 

柴田 裕 (しばた・ゆたか)
JR東日本スタートアップ 代表取締役社長