相思創造研究所 進学や就職に必要な成長の記録をAIで可視化

特別支援向けの記録管理システム「すくすく」は教員の校務にかかる負担を軽減すると共に、子どもたちの成長の記録を残すことができる点が特徴だ。開発した杉森由政氏が特別支援教育に着目したきっかけは事業構想大学院大学での研究と、共に学ぶ同期との対話の中にあったという。

杉森 由政 相思創造研究所株式会社 代表取締役社長(福岡校13期生/2025年度修了)

特別支援学校の校務を軽減しつつ
一人ひとりの成長の軌跡を可視化

特別支援学校専用の校務支援×デジタルレポートシステム「すくすく」(図)。法的に管理が義務付けられている個別支援計画と教育指導計画のクラウド管理を基盤に、出欠および観察記録、連絡帳作成、個別の時間割作成など、教員の日常的な校務を1つのプラットフォームに集約する。文部科学省が推進するGIGAスクール構想・校務DX推進ガイドラインにも完全対応し、ChromebookやiPad、Windows端末などのGIGAスクール端末からも利用可能。これにより従来、紙やExcelなどで行っていた記録業務を30%削減することができるが、システムを開発した相思創造研究所代表の杉森由政氏によれば、蓄積されたデータの活用に真価があるという。

「蓄積されたデータから、一人ひとりの好みやコミュニケーション方法、強み、配慮事項などの情報をAIが自動で整理し、重要な情報を要約したデジタルレポートを作成できます。それを見れば、初対面の支援者でも、それぞれの特性を理解しやすく、適切な関わり方が可能になります」

記録はテキストだけでなく、写真や動画にも対応するほか、子どもたちが手掛けた作品や教師のコメントなどとともに時系列で整理すれば、生徒一人ひとりの成長の軌跡を可視化できる。保護者面談用や進学引き継ぎ用など、用途に合わせたデジタルレポートとして活用できるというわけだ。

図 特別支援教育をサポートする「すくすく」

提供:相思創造研究所

将来を見据えて大学院へ
異業種の人々との対話が刺激に

開発を手掛けた杉森氏は、以前はDX推進のコンサルティング会社で取締役CTOとして活躍していた。しかし、「7年間にわたってCTOを務めたということは、その間に後継を育成できなかったということでもあり、私自身の成長を超える速度で企業が成長できていないことは経営としてみれば良くないのかもしれない」と思い始めていた。そんな問題意識を抱えていたころに、とある案件で福岡県に住むことになる。初めて暮らす土地だけに、何かしら地域のネットワークを築きたいと考えていたところ、偶然にSNSの広告で事業構想大学院大学(MPD)のことを知る。既存事業の改善を主眼とするMBAと異なり、新たな事業創出を目指すMPDは今の自分に合っていると感じ、入学を決めた。

「期待していた以上に良かったです。ディスカッションには常に異業種や異なる立場からの視点があって、自分が気づいていなかったところが含まれることで考え方が洗練されていく。すごくいい『筋トレ』だと思いました」

自分の市場価値を確かめられたことも収穫だった。「CTO経験があると言っても、1つの企業の中での評価ですから、それが果たして再現性のあるキャリアなのかが疑問だった」という。しかし、同級生や教員との交流を通じて、不安は払しょくされた。医療系スタートアップを立ち上げた同期には経営層として招かれ、現在も共同で事業を進めている。

MPDでは2年間の集大成として事業構想計画書を仕上げる。杉森氏はITを起点に構想を練り始めた。

「ITの世界では自社の利益の最大化を優先しがちです。営利団体である以上、それは仕方のないことだとは思いますし、そうやって企業が納めた税金を国が管理し、弱者を救済する仕組みもそれなりにうまく回っているとは思いますが、まだ不十分なところがあるのではないでしょうか。そんな恩恵にあずかりにくい層が、制度や税金だけに頼らないで済むようにできないかと考えていく中で、自然と福祉に目が向いていきました」

福祉にも多様な観点があるが、現在の事業を構想するきっかけはゼミ(研究室)のディスカッションにあった。教員経験を持つ同期が何気なく「特別支援学校」という単語を口にしたのだ。杉森氏は「その領域は全然考えていませんでしたが、調べてみると、そこにフィットするツールがなかったので、それを作ろう」と決めた。

成長記録を「個人の資産」へ
「すくすく」が描く支援の未来

特別支援学校は障害を持つ子どもの学びの場。令和7年度学校基本統計によれば、特別支援学校の学校数は1195校、在学者数は過去最多の15万8910人。文部科学省では対象を「視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。)」としており、教員は一人ひとりの特性を踏まえて、日々の様子を記録している。

「個人のデータの重要性がますます高まっている時代、教員による記録を価値あるデータに変えていく必要があると考えました。また、調査過程で学校と職場では十分な引継ぎがなされていないことも気になりました。特別支援学校の卒業後は就労支援施設への通所または一般企業への就労が多いのですが、定着率は高くありません。原因は職場環境になじめないことだという仮説のもと、ミスマッチを起こさないための情報を学校側から提供できるようにしたいと考えました。得意なことや苦手なこと、がんばったことなどのほか、どう対応すれば本人がペースを維持しやすいかといった、従来は教員の暗黙知だった情報をレポートとして提出すれば、採用時の判断材料になりますし、企業が働きやすい環境を作るきっかけにしてくれたら定着率も上がると思っています」

保護者向けにはスマートフォンアプリを開発した。連絡帳のやりとり、成長記録の閲覧、欠席連絡をワンタップで送信可能。学校・家庭・就労支援施設をリアルタイムでつなぐ仕組みを実装した点が、類似サービスとの差別化になっている。

2025年11月から「すくすく」のβ版の運用を開始し、いくつかの学校でトライアルが進んでいる。特別支援学校の運営主体は自治体で、独自の営業で入り込むのは難しいことから、自治体特化型の営業代行と連携。その結果、千葉県内の特別支援学級でのトライアル利用が決まった。特別支援学級は小学校や中学校等に設置される学級のことで、対象がさらに幅広くなり、設置数も多いことから「より多くの実績につながるのでは」と期待を寄せる。

「次のフェーズとして、就労支援施設向けのシステム開発も検討しています。卒業後もデータを途切れなく扱えれば、その連続的な記録からどのように成長していったか、どんな変化があったかがわかります。個人の活動がデータという資産に変わっていく世界を作りたい」

その先に見据えているのは「障害者」という概念そのものが意味を失った社会だ。

「障害とは、その人と社会との隔たりのこと。それを障害者と呼ぶことは、隔たりを人の側に押し付けているようなものだと感じます。本当の意味でのインクルーシブな社会が実現したとき、障害者という概念はなくなっていると思うのです」