守りから攻めの農業知財戦略へ 海外流出と日本の対策

「海賊版」農産物が大きな世界シェアを占めるようになったことから、優れた新品種を守る体制整備が進む。一方で農業分野でも、ルールに基づく積極的なライセンスとマーケティングによる攻めの知財戦略が必要だ。生産物の直接販売だけではない収益、海外との連携によるメリットが得られる可能性がある。

 

日本の美味しい果物の種苗が海外に流出しているというニュースを聞いた方も多いと思う。シャインマスカットを例にとると、中国での栽培面積は日本の30倍の5万3000haもあり、経済損失額は推定で100億円を超えると考えられている。これは、過去に国内外で規制し取り締まる法律や規則が無かったという背景もあるが、それ以上に農業において知財を最大限に活かす知財戦略が欠如していることに起因していると考える。

優良な植物品新種の保護をするために2019年に「優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会」 が農林水産省の中で開催され、植物品種等海外流出防止総合対策事業として、植物品種等海外流出防止対策コンソーシアムの下、植物品種の権利化と品種識別技術(DNAマーカーの活用)等支援や侵害の対策支援を行う対策を進めてきている。2022年には種苗法が改定され、無断で種苗を海外へ持ち出すことは禁止され更に種苗の販売時での登録や申請等も行われる様に強化された。

しかし、実態は、種苗は販売され続け更に闇ルートで輸出されることにより、防止や取締が一層難しくなってきているのが現状である。

守りの対策の限界

改正種苗法や家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律では、権利化と国外流出の抑制を第一の目的としている。これらの法律により流出を止める仕組みが策定されたことは高く評価するものの、「守る知財戦略」に留まっている限りにおいて、実効性を含めて限界を覚えるのである。

即ち、法律や規則でいくら規定しても、すべてを監視し守り切れるものではない。例えは悪いが取締が厳しい麻薬ですら国外から入ってきてしまうということは、逆に種子や家畜の精子などを海外に持ち出すことは容易であり、今も、アンダーグランドでの流出は続いているのである。更に、不正流出されたものを見つけ出し証明し、国境を跨いで処罰することは容易ではなく、その労力や費用は多大を要する。結果として実効性の点で骨抜きとなっていく可能性が高い。これが守ることで流出を止めようとする知財戦略の限界なのである。

農業に限ったことではないが、知財というと特許、商標、意匠など権利化された知的財産権をイメージすることが多い。更に、知財権というと、自分の権利を守るためのものと考えている人が少なくない。日本の多くの産業、特に工業においても、知財というと守るために権利化するものとの認識が大勢を占めている。それは正しいが、一方で、折角保有している自社の知財を積極的に活用するという先進国で主流となっているknowledge basis eco-nomyの観点では、保守的・後進的となる。

図1は、S&P500社の時価総額のうちTangible Asset(見える資産)とIntangible Asset(見えない資産)の割合を示したものである。企業の市場価値の9割がIntangible Assetで占められており、企業にとっての知的財産を含んだ見えない資産の重要性が分かる。また企業の経営にとって、見えない資産の活用が必須であることが理解できよう。見えるものから見えないもの、よく言われるモノからコトへの価値の変遷が起こっている中で、知的資産の積極的な運用が不可欠なのである。

図1 米S&P500社の時価総額構成比率


米S&P500社の時価総額構成比率における見えない資産の割合は年々増えている

出典:Ocean Tomo. (2020). Intangible Asset Market Study

オープンイノベーションが必須の現代において、法律で流出を規制するという自前主義的、かつ守備的な知財戦略は一時代前のものである。現代社会における知財戦略とは、保有するノウハウや知財権、そして信用や人脈をも含めた見えない資産の価値を最大化するものであり、ビジネスモデルを想定したうえで保有する見えない資産を活かす攻める知財戦略の実行が農業分野においても不可欠となっているのである。

農業における攻めの
ビジネスモデルと知財戦略

では、見えない資産を活かす知財戦略、即ち「攻める知財戦略」とはどのようなものであろうか? それは、守るのではなく、積極的に公式に種苗を活用(流出)させることなのである。ここでは、シャインマスカットを例にとり攻めの知財戦略について述べることとする。

例えば中国の最大手の農業集団である天津聚龍集団や新希望集団や国営企業の中糧集団や中農発集団などと公式にライセンス契約を締結し、種苗を提供したら、どのような収益機会やメリットがあるのであろうか?

ビジネスモデルは、図2の様なシンプルなものを基本とする。

図2 農業における攻めるビジネスモデル1

出典:著者作成 (2023)

日本のぶどう生産農家そして育種開発者が主要な株主となって、マーケティングと販売並びにライセンスを担う横断的会社(Sales, Marketing & Licensing Company以下「SMLC」という)を設立する。SMLCは市場分析を行い、中長期の戦略の下、販売・マーケティングと共に、知的資産を包括的に取りまとめて有力な提携候補と交渉や管理を行う。そして知的資産の価値を最大限発揮させるためのライセンス契約には次の様な内容が必要不可欠と考える。

①ライセンサーの義務
 種苗並びに技術指導を供与
 商品名・商標・意匠の提供
 広告並びに広告への補助金供与
②ライセンシーの義務
 商品名・商標・意匠使用の義務化
 定期的査察の受け入れ
 第三国への販売制限

これらにより、SMLCは、種苗の販売益、商標やキャラクターデザインの使用料を得ることができる。更に図3のように、海外販売に制限をかけると共に海外向けの販売契約を結ぶ。これにより第三国への三国間商流に入ることができ更なる収益化も可能になるのである。そして、その収益は、出資者である日本の生産者や種苗開発者に対して配当として還元され、新たな品種改良や開発に繋がる循環を起こすことができる。

図3 農業における攻めるビジネスモデル2

出典:著者作成 (2023)

加えて、公式なルートで正規品として生産され市場で販売されることで、違法な種苗流出は減らせる。更に日本側が違法流出の取り締まりをしなくても、ライセンス契約を結んだ相手国の大手農業企業自身が、国内の違法な生産者を取り締まってくれるという効果を期待できるようになる。次ページからは、これを実現させたニュージーランドのゼスプリ・インターナショナルの事例を詳しく見ていく。

攻めの農産物知財戦略のベストプラクティス

キウイフルーツのゼスプリ

攻める農業知財戦略の成功例としてニュージーランドのゼスプリ・インターナショナル(ゼスプリ)のビジネスモデルを、ベストプラクティスとして検証してみたい。

キウイフルーツのゼスプリ
公社から始まった歴史と組織

キウイフルーツは、中国原産のつる性の果樹がニュージーランドで品種改良され、90年ほど前に商業栽培が始まったとされる比較的新しい果物だ。ゼスプリは、ニュージーランドのキウイの生産者ではなく、キウイの輸出を担っている販売・マーケティングの会社であり、更に高度な知財戦略を持った企業である。

ニュージーランドは広大な農地に比して、人口が500万人強と少なく市場規模の限界があるため、戦略的に海外展開をしなくてはならないという事情がある。その中で、ニュージーランドで生産されたキウイを海外で販売することを目的として1977年に「ニュージランド・キウイフルーツ・マーケティング・ライセンシング」(NZK ML)公社が発足した。種苗等の取引に関する国際的な法律や取り決めが無い時代において、設立趣旨にはライセンシングという言葉が入っておりグローバル視点の先進性に驚く。同社は1988年ニュージーランド・キウイフルーツ・マーケティング・ボード(NZKMB)に名称変更。1997年にNZKMBの子会社としてゼスプリ・インターナショナルが設立され、ゼスプリブランドが併せて確立され、2000年に民営化された。各国には現地法人が設立され、日本ではゼスプリ インターナショナル ジャパンが唯一ゼスプリブランドのキウイの輸入、販売、広告等のマーケティングを担っているのである。

ゼスプリの株主はニュージーランドの2800以上のキウイ生産農家で構成されている。その結果、ニュージーランドから出荷されるほとんどのキウイは、独占的にゼスプリを経由して販売されるのである。また、ゼスプリの利益は生産したキウイ量により株主、即ち生産者に還元される仕組みとなっている。生産者には、生産物の販売から得られる収益だけでなく、ライセンスを含めた事業収益も分配される。これが農家の収益向上や新たな品種の開発に貢献しているのである。

グローバル売上3600億円の規模

ゼスプリは世界50か国以上に輸出をしていて、2022年3月期の同社の売上は、円換算(NZ$1=¥89と試算)で3600億円弱にもなる。更にライセンスによる収入を合わせると4200億円弱の収益にものぼり、2016年から2022年の6年間で売上を倍増させている成長企業なのである。

図4 ゼスプリのグローバル販売推移

出典:Zespri Annual Report 2021-2022

ゼスプリは、ニュージーランドという限られた市場規模の限界を突破するために、グローバルの販売戦略とブランド戦略を描き実行に移してきたのであるが、図5が示すビジネスモデルと次の7つの機能を持つのである。

図5 ゼスプリのビジネスモデル

出典:Zespri [Kirton, 2020]

①グローバルでの販売戦略
②国毎のニーズに合ったマーケティング
③グローバルでの生産体制構築
④グローバルでのロジスティック体制構築
⑤種苗の供給・技術指導・品質管理
⑥顧客ニーズに合った品種の研究・開発
⑦ブランド、トレードマーク、種苗等を含んだ知財戦略とライセンスビジネス

更にゼスプリは、市場規模の限界のみならず、生産時期の限界にも挑戦していくこととなる。今や店頭では1年中キウイを買うことができる。これが可能なのは、ニュージーランドで生産できない時期は北半球の生産者に種苗を供給、生産を委託しているためだ。収穫時期の限界を超えて、年間を通じてグローバル市場に供給する仕組みを作り上げているのだ。ここにおいて、上記⑤〜⑦の種苗販売と知財のライセンス事業が展開され、その収益は今や500億円以上になっているのである。また、通年供給できるということは、マーケティング上も大切な戦略で、スーパーの棚を1年を通して確保できるというメリットにも繋がるのである。

更に、攻める知財戦略においては、常に課題を解決し改善をし続ける継続した進化とイノベーションが不可欠である。ゼスプリは、顧客のニーズにより新たな品種を開発して、市場に合わせたキウイを開発している。元々、酸味が強いグリーンキウイは、欧州では人気であった。一方でアジア、特に日本では甘味が好まれる。そこで開発されたのがサンゴールドである。更に、真っ赤なルビーレッドなど新たな品種を提供している。ゼスプリはPDCA(ゼスプリの場合は、PDMR)を回しながら、グローバルな社会の環境変化に対しても先取りをしながら進化しているのである。

(「守りから攻めの農業知財戦略へ」後半は2023年9月号に続く)

 

早川 典重(はやかわ・のりしげ)
事業構想大学院大学 特任教授

 

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