創業180年の京屋酒造 ジンを起点に、焼酎文化を世界に発信

原料の芋や米づくりからこだわり、「自然で環境にやさしい焼酎造り」を目指している宮崎県の京屋酒造。約180年の歴史を誇る老舗ながら、海外市場を見据えてクラフトジンの開発にも挑戦している。7代目の渡邊眞一郎社長に、同社の事業発展の経緯やグローカリゼーション戦略を尋ねた。

渡邊 眞一郎 (京屋酒造 代表取締役)

伝承の「大甕仕込み」を受け継ぐ
九州最古の焼酎酒造

宮崎県南東部に位置する日南市油津。江戸時代には飫肥杉(おびすぎ)の積出港としての役割を担い、昭和初期には東洋一のマグロ基地として栄えた歴史ある港町だ。そんな油津の地で、焼酎造りの全工程を甕壷で行う伝承の「大甕仕込み」を受け継ぐ蔵元がある。創業180余年の京屋酒造だ。大甕は800リットルという現代では非常に少量の仕込みだが、蔵の入り口付近に甕を配し土に深く埋めることで、外気の影響を最小限に抑えられるため、自然発酵が促されて焼酎本来の風味が引き出されるという。

京屋酒造 桜ヶ丘蔵の外観

 

焼酎造りの全工程を甕壷で行う

「当社の創業は1834年(天保5年)と言われています。元々は京都から乾物を仕入れて、油津で仕入れた海産物を関西で売っていたようです。その後、大阪商船の代理店業、定置網漁の鰤網(ぶりあみ)、港での荷役作業、焼酎造りを家業としていました。実はお酒造りは副業の位置づけで、所有していた田畑の米や芋の余りを活用するために始めたそうです。それゆえ、焼酎造りは傍流で一からのスタートでした」と代表の渡邊眞一郎氏は語る。

渡邊氏は日南市の出身。高校進学を機に上京し、銀行に勤務したのち、1977年にUターンして京屋酒造に入社した。渡邊氏が会社を引き継いだ1993年当時は、非常に厳しい経営状態に置かれていたと振り返る。

「焼酎と言えば、芋焼酎の白波と蕎麦焼酎の雲海が人気を独占していたので、私どもの焼酎は価格を下げなければ売れないような状況でした。売上はどん底でしたが、『価格競争には巻き込まれたくない。焼酎造りを何とかしなければ』という想いで、代替わりした時に事業を焼酎一本に絞りました」

原料作りから販売ルートまで
「今までにない焼酎」造りへ

そんな折、転機が訪れた。小売店から「今までにない焼酎を造らないか」という話が持ち上がったのだ。

「『価格競争をしない焼酎を造るには、原料作りから手掛けた方がいい』と考え、思い切って芋づくりから始めました。ところが、真偽の程は定かではありませんが、『土壌燻蒸剤(農薬)は肝臓に負担が掛かるから、散布した日は晩酌をしてはいけない』という話を耳にして、無農薬での芋づくりに切り替えたのです」

現在は、子会社の農業生産法人アグリカンパニーが原料の生産を担う。15年以上前から、農薬を使わず有機肥料を用いて芋や蕎麦、あいがも米を生産している。そのこだわりは、芋の品種や処理方法にも表れている。芋焼酎の主原料はでんぷん量も収量も多く、病害虫にも強い「黄金千貫」を使用するのが一般的だが、京屋酒造は「紅寿」を選んだのだ。

原料の紅芋は子会社で栽培

「焼き芋に使用される改良品種なので食べても美味しいのですが、でんぷんが少なく、無農薬で大量に生産するのは難しい芋です。それでも、『紅寿で焼酎を造ったらどんな味になるのだろう』という興味の方が勝っていましたね。また、処理の仕方も従来の焼酎造りとは異なります。先代が皮を厚く手剥きして両端をカットする方法で試作品を作っていたので、このやり方を採用しました。収量は低下しますが、雑味が少なく、焼酎のまろやかな風味につながります。蒸留方法もオリジナルの単式蒸留機を使用し、蒸留は1回のみ。そのため、素材由来の味が豊かな焼酎ができます」

こうして完成したのが、フルーティーな味と香りが特徴の気品ある芋焼酎「甕雫(かめしずく)」だ。宴会などの華やかな席に合うように、容器は一升瓶ではなく甕を選び、専用の木製杓をセットにした。1995年に数量限定で発売すると、消費者の反応が驚くほど早く返ってきたという。

容器に甕を使用した芋焼酎「甕雫」

「『どこで買えるのか』『人からいただいたものだが、いくらなのか』といった問い合わせが殺到しました。相場より価格が高くても、5000円以下で買えるとお答えすると、割安感に驚かれますね」

「甕雫」の開発と同時に進めていたのが、自社ECサイトによる直販だ。Macの操作に慣れていた渡邊氏は、京屋酒造に入社後、他企業に先駆けて、今で言う“広報DX”に積極的に取り組んできた。そんなある日、取引先の問屋が在庫管理ミスを起こしてしまう。これを機に小売店との直接取引に切り替えたものの、全ての販売ルートに商品を載せることができないため、自社サイトでも販売することにした。

「当時は、サイト制作のパッケージソフトがない時代でしたが、商品や焼酎造りへの想いも含めて京屋酒造を知ってもらうにはインターネットを介するのが最良だと思い、試行錯誤しながらECサイトを立ち上げました。とはいえ、私どもにとって小売店さんが一番のお得意様ですから、小売価格に配送料を乗せるだけで値引きはしません。お客様から問い合わせがあれば、居住地域をお調べし、近くに小売店さんがあればそちらをご案内しています」

グローカリゼーション戦略で
焼酎を世界に浸透させる

今後の展望として、渡邊氏は「海外市場に焼酎を浸透させたい」と青写真を描く。2003年のロンドンを皮切りに、ニューヨーク、シンガポール、パリ、ボルドーなど、世界各都市を舞台に日本酒の酒蔵と連携して試飲会を開催してきた。20年にわたり、日本の常識の押し付けではないローカライズに挑戦してきた渡邊氏だが、「思うほど焼酎が浸透していない」と冷静に語る。

「世界に出て行ったことで、減圧蒸留器と常圧蒸留器があり、芋や麦、米といった様々な原料を使ってお酒を造る日本の焼酎メーカーは特殊だということに気付きました。その特異性を活用すべく、2017年から世界でも最大級の蒸留酒市場であるジン造りに挑戦しています。現在、2商品を販売中ですが、海外では芋焼酎よりも反応が良いですね。特に初のクラフトジン『油津吟 YUZU GIN』には、焼酎蔵の意地として、仕入れたアルコールだけでなく、看板商品の『甕雫』や宮崎らしいゆずなどの柑橘類をブレンドしています。近い将来、芋100%のジンを作ることに挑戦するつもりです」

油津吟がベースのカクテル「YUZUGIN Gimlet」

 

渡邊 眞一郎 (わたなべ・しんいちろう)
京屋酒造有限会社 代表取締役

 

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