持続的な社会の発展と知識が結びつく時代 実務家の知が不可欠に

現代社会と知識

筆者は、社会のなかで知識がそれぞれの専門領域ごとに分化しているメカニズムについて研究をしている。私たちは、物理学、生物学、社会学、法学のように知識をそれぞれの領域ごとに区別していることを前提にしている。たとえば、「木からりんごが落ちる」という現象は、「万有引力の法則」によって説明することができる。「万有引力の法則」は、経済学の知識ではなく物理学の知識であると私たちは知識を区別している。この区別をするとき、私たちは「万有引力の法則は、物理学に属する知識である」ということを知識としてもっていることになる。この区別する知識は、知識についての知識であるといえる。

なぜ、「社会のなかで」とことさらつけくわえているのかというと、次の理由からだ。いうまでもないことだが筆者は、知識は社会のなかでつくられるし、社会のなかで活用されると考えているからである。だから、知識は社会の影響を受けてつくられたり使われたりすると考えることができる。先に述べたように「これこれの知識は、ぺけぺけ学の知識である」というのもひとつの知識であるとすれば、このような知識についての知識も社会の影響を受けているはずである。こうした考え方は、ひろい意味で知識社会学といっている。

「実践の理論」の発想

実務家教員の議論をするときは、社会的な背景としてのSociety 5.0の話からすることにしている。Society 5.0は2016年に閣議決定された「第5期科学技術基本計画」に端を発する我が国が目指すべき社会像である。Society 5.0というと、「サイバー空間とフィジカル空間の融合」といった情報技術革命など技術的な進歩を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。しかしSociety 5.0の本質は、さまざまに流通する知識・情報を利活用して新たな価値創造をする点にあるといえる。

筆者はSociety 5.0を「知識(基盤)社会」のいいかえであると考えている。知識社会は、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化などあらゆる社会領域の活動の基盤となる社会をさしている。

高度に複雑化した課題先進国の我が国のみならず、社会において課題解決のための知識は不可欠である。その知識は必ずしも科学者が作り出す純粋科学的な知だけではない。「個人の能力と可能性を開花させ、全員参加による課題解決社会を実現するための教育の多様化と質保証の在り方について(答申)」に言及されていたように、我が国の強みは科学技術力のみならず、様々な職能実践現場にある実践知にある。このような実践知が経済の高度成長を牽引してきたことは事実として存在する。これからの持続的な社会を実現させるためにも、様々な領域で集積された暗黙知を形式知化して継承することや、これらを理論化・体系化をすることが重要である。

筆者はSociety 5.0を「知識(基盤)社会」のいいかえであると考えている。社会が発展するにしたがい多様な知やスキルが要求されるようになるのだ。あるいは、あらゆる社会領域が知識化している(筆者は「社会の知識化」と呼んでいる)とも言える。これからの社会では、これまで以上に、持続的な社会の発展と知識が密接に結びついている。

Society 5.0時代に必要となる知識は、①これまでの社会がそうであったように、学問体系(Discipline)に基づいた知識(学問的知識)、②ひろく社会に埋め込まれている知識(実践的知識)、③これら2つの知識を「いかにして社会に活用することができるのか」という知識(メタ知識)の3つの知識である。たとえば、学問と社会の乖離の問題が生じているのは、3番目のメタ知識が不足していることに起因していると考えることができる。