実務への波及効果は? コミュニケーション担当者の学び直し

社会人における学び直し、いわゆる「リカレント教育」を広報担当者が実践すると、実務においてどのような変化が見られるのか。広報のプロフェッショナルを育成する社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科での事例を紹介する。

なぜ広報担当が学び直すのか

昨今、「リカレント教育」や「リスキリング」、あるいは「人的資本経営」といった言葉が注目を集めている。その理由を簡単に整理すると、産業界全体で「高度に複雑化した社会では知識のライフサイクルが短期化しており、組織や社会が直面する問題を解決するためには、継続的な『学び直し』により知識や思考の枠組みをアップデートし続けることが効果的である」という共通認識ができつつあるためだ。こうした特性を持つ現代社会はしばしば「Society 5.0」と呼ばれる。

情報や知識の整理・利活用が組織の生命線となるSociety 5.0の時代において、広報、マーケティング、経営企画、社長室など、各組織において「情報のターミナル」として機能する部門の役割がますます重要になっている。

他方、厚生労働省の「職業能力評価基準」では、たとえば広報担当者は「実務(OJT)を通じて知識や技能を身につける場合が多い」とされている。実際のところ、先人の作成したマニュアルに違和感を抱きつつも、日々の忙しさからそれらを改善できていない方もいるのではないだろうか。また、広報やマーケティングに関連する民間の教育プログラムは、先に述べたとおり「知識のライフサイクルが短期化」しているにもかかわらず、その多くが「最新のテクニックの提供」に留まっているのが実情だ。もちろん、実務において成果を出すには最新のテクニック習得も欠かせない。しかし、常に知識や思考の枠組みをアップデートし続けるための土台があった方がそれらの知識もより有効に機能する。

OECD(経済協力開発機構)は1970年代から、「学校教育を終えてから必要に応じて教育機関に戻り再び教育を受ける、循環・反復型の教育システム」のことを指す「リカレント教育」の重要性を指摘してきた。コミュニケーションの担当者、あるいは専門家として活躍するためには、それを専門とする教育機関におけるある程度長期の教育課程のなかで、「コミュニケーションの本質」に肉薄する学びが必要不可欠なのだ。

本稿では、同分野を専門とする国内唯一の専門職大学院「社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科」の社会人学生が、リカレント教育を経てどのように成長したか、事例を紹介する。

直接的・間接的な波及効果

多忙なコミュニケーション担当者が(主に業務外の時間帯で)学び直しに取り組むには、それなりの費用対効果、ひいては実務への波及効果が必要となる。ここで注目すべきは、波及効果にも「直接的」なものと「間接的」なものの2種類があるということ。

図1  コミュニケーション担当者の学び直しによる「実務への波及効果」の例

前者は、たとえば授業で学んだディベートの方法を活用して複数の案件を勝ち取るに至った事例、研究した内容をもとに理念浸透を目的とするプロジェクトを立ち上げた事例などが挙げられる。また、「いますぐ役立つことだけでなく、2 年後、3 年後に世の中に広がるであろうことを先んじて学ぶことができた」といった意見も出ている。フリーランスとして独立するにあたり、情報収集能力やコミュニケーション領域の専門性をさらに高めるために大学院の門を叩いた例も見られる。

これに対し後者は、たとえば自身が大学院に通うことで、学び直しへの意識が高い若手社員へ刺激を与えることができた事例や、学習した内容を周囲に共有することで閉塞的な業界に「外からの風」を吹き込むことができた事例が挙げられる。長期的な学び直しであればあるほど、他者への波及効果も大きくなるというわけだ。

また、業界にかかわらず多くの社会人学生に共通するのは、学び直しに取り組むなかで「自らの働き方を改善できた」ということ。コミュニケーション領域の業務はともすれば属人的になりがちだが、業務と学びを両立するためには、「タスクを細分化してスケジューリングし、周囲の協力を仰ぐこと」が必要不可欠になる。このように「意識的に周囲を巻き込む」ことにより、部署全体のコミュニケーションが活性化されるとともに、学び直しに対する意識も向上していく。こうしたリカレント教育の副次的な効果は、これまでにあまり語られてこなかったのではないだろうか。

図2  コミュニケーションデザイン研究科 入学者の構成

自分自身を変革する学び

社会人学生は2年間の学びのなかで、様々な変化を経験する。たとえば、「今、世の中で起きていることを言語化するには学ぶしかない」と気づき、論文を読むことが日常化したり、「自身の経験や知識が自治体などで求められている」ことを知り、自治体アドバイザーとしての副業をはじめたり、また、広報部長として学んだ内容を後進に伝える立場になった方もいる。「コミュニケーションの本質」を探究する大学院での学びは、コミュニケーションの専門家としてのキャリアを支えてくれるはずだ。最後に、修了生の声をひとつ紹介しよう。

「現場の人たちは目の前のことで精一杯だと思います。でもだからこそ、今よりもう少しだけ目線を高くすることがとても大事だと思います。視座を高めるために学びに行く。それは私自身が成果を実感したことでもあるので、この点に課題意識を持っている方にはぜひ挑戦してみてほしいですね」。

次号では、コミュニケーション担当者がリカレント教育の場で「多様な学生や教員と学び合う」ことの意義について解説する。

 

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科 専任講師

 

社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科
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