大学院での研究から、旅館をさらに進化 奥州秋保温泉・蘭亭

仙台駅から車で30分ほどに位置する秋保温泉は、日本三御湯にも数えられる名湯だ。1000年の歴史を持つ旅館もあるなかで、歴史の新しい旅館「蘭亭」では、社長自らが事業構想大学院大学に通い、顧客のニーズをとらえて、常に新しい取り組みに挑戦している。

永菅原 幸子(奥州秋保温泉蘭亭 代表取締役社長)

次代に向けた構想を大学院で

秋保温泉「蘭亭」は1995年の開業。歴史の長い秋保温泉では2番目に新しい温泉旅館である。旅館を経営するのは、事業構想大学院大学仙台校の第1期生でもある菅原幸子氏。元々、祖父が岩手県奥州市で旅館を経営していたが、ダム建設により秋保温泉に移転したのが蘭亭のはじまりである。

「私自身が大学院に通おうと思ったのは、下の子どもが受験期で、『いいな~大人は勉強しなくてもよくて』と言われたことがきっかけでした。人は一生が勉強の連続であることを身をもって子どもに示したいと思っています。また、旅館のスタッフたちとも日々勉強です。コロナで人々の価値観が大きく変化して宿泊産業も変化を余儀なくされています。世の中が二極化していく中で、現状に甘んじることなく、危機感をもって次の時代に向けた事業構想に取り組む必要があることを感じています。そのために大学院は貴重な場となっています」

女性目線でのサービス

秋保温泉に移転・開業した蘭亭は、後発でもあり、開業当時から新しいことに積極的に取り組んでいった。まず、女性客を意識して「蘭」の花をテーマにした旅館とした。

また、歴史ある旅館は団体客が多いが、「蘭亭」は家族連れ、子ども連れが多い。宮城県内をはじめ、東北各地、北海道、関東や海外からも来館し、リピーターも多い。菅原氏は、アンケートや現場で感じた顧客のニーズを大切にしている。

「現場に立って感じることや、自分自身が他の旅館に泊まって困ったことも新規事業のヒントになります。例えば開業した当時、旅館業界では、赤ちゃん連れは泣き喚き周囲に迷惑をかけることから、あまり歓迎されない風潮がありました。お母さんからすれば、大変な子育てのなかで、たまには気兼ねなく温泉でほっとしたい時もあるはずです。そこで蘭亭では『Welcome Baby』といって、赤ちゃん連れを大歓迎することにしました。

また、旅館では女性の一人旅は断るケースも非常に多かったのです。これも考えてみれば変な慣習です。蘭亭では、赤ちゃん連れ、女性一人旅のお客様にゆっくりくつろいでもらえるようにしました。今では当たり前になっているエステもかなり早く取り入れましたが、初めは社内からもかなり抵抗がありました」と菅原氏。

当時の赤ちゃんや子どもは今では親となり、自分の子どもを連れてくる思い出の場所となっている。

宮城初の
本格的グランピング施設

蘭亭は総面積1万坪の広大な敷地を持ち、背後の山や庭園も旅館の一部である。そうした自然環境を生かして、旅館の隣接地に最新式のグランピング施設「GLAMPSEASON」を2022年9月にオープンした。10棟あるテントはそれぞれに門扉があり、独立した別荘のように仕切られている。大型テントはエアコン完備で、夏だけでなく真冬でも楽しむことができる。テントの隣には1棟ごとに、専用のシャワー室や露天風呂、トイレ、キッチンを併設している。夜はBBQ、朝は宿泊棟での洋食か旅館でのバイキングかを選択できる。焚火や星空観察、鳥のさえずりなど、自然を楽しみながら、従来の温泉旅館の施設やサービスも利用できるようになっている。

10か国の都市のテーマがあるグランピング施設「GLAMPSEASON」

「コロナ禍の中での準備でしたが、若いスタッフを中心に積極的にアイデアを出してくれました。プールサイドでは夜にイルミネーションされたプールバーを開き、フィンランドから輸入した本格的なアウトドアサウナに薪をくべて貸切でご利用いただくこともできます。また、テントは世界の10都市がテーマとなっています。ギリシャ、エーゲ海の港の都市・サントリーニやフランスのパリ、といったテーマで、内装から備品など細かな所までイメージしデザインしています」と菅原氏。

プールサイドにはプールバーやサウナも整備。従来の温泉旅館の施設やサービスも利用できる

「犬と泊まれる」施設に

蘭亭では、グランピング施設で、ペットである犬の受け入れを始めている。大学院の夏の発表会でも、旅館をさらにペットフレンドリーにするための取り組みを軸に構想をまとめた。

大型テント内はエアコンやWifiも完備された快適空間。犬と一緒に泊まれる

「かつて犬は屋外で飼うのが普通でしたが、現代は室内で飼う事が多く、犬も家族の一員のような存在になっています。しかし犬と一緒に宿泊できる旅館はほとんどありません」

ペット施設があったとしても制限が厳しく、入る時は裏から、食事の際は犬は部屋で待機など、犬をモノとして扱っている所が多く家族の扱いとはいえなかった。

「犬の受け入れに先立って、数年前から蘭亭の事務所で犬を飼い始めています。ペットを飼っているお客様の気持ちを理解するためです。スタッフ自身も犬との同伴出勤を可能にしています。かつて、赤ちゃん連れ、女性一人旅のお客様にどうすれば寄り添えるかを考えてきたように、家族として、犬と一緒に宿泊していただけるように構想しています」

旅館本館・地下1階部分を全面改装して、犬と一緒に宿泊できる専用フロアをつくる計画を進めている。

「犬と一緒に温泉に入り、食事や就寝も一緒にできます。プライベートドッグランや犬の写真スタジオも考えています。犬のリラクゼーションにも気を使って、犬好きなスタッフがおもてなしをする予定です」

大学院での事業構想の研究と、自身が経営する旅館での実装が同時並行で進んでいっている。今後のますますの活躍が期待される。

 

菅原 幸子(すがわら・さちこ)
奥州秋保温泉蘭亭 代表取締役社長