銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店 海の幸に合うワインで地域活性

日本有数の水揚げ量を誇る銚子漁港を抱いた千葉県銚子市に、初めてのワイナリーが誕生した。その名も「銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店」。この事業を興したのは食品原材料などを扱う丸徳商事4代目の坐古拓也氏で、地域への恩返しと、漁師町の気前のいい文化の復興を目指して日々奮闘する。

銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店のワイン。写真右2本が『KISSAKI』で、エチケットの図案は漁師の伝統的な着物に描かれる縁起のいい『万祝(まいわい)』。左2本『漁師は歌う』は肩を組んで楽しんでいる様子が描かれている

銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店

事業承継を前提にUターン
地元で感じたモヤモヤした不安

千葉県銚子市は太平洋に突き出た半島地形で、銚子漁港を中心とする漁師町だ。水産資源の豊富な地域だけに、市内には大小さまざまな食品加工や醤油メーカーがある。そこに調味料や食品原材料、工業薬品類などを提供しているのが、坐古拓也氏が代表を務める丸徳商事だ。

「1921年に曽祖父が興した事業がルーツで、食品メーカーだけでなく、一部の飲食店や小売店にも食品やお酒などを卸しています。最盛期の取引先は400件ほどでしたが、いまやその半分の200件程度。ほかの地方都市と同じく人口減少の影響は色濃く、街はかつての賑わいを失ってしまいました」

坐古拓也
丸徳商事 代表取締役
(東京校9期生/2021年度修了)

2018年、大学進学を機に上京し、東京で勤めていた坐古氏は事業承継を前提に銚子へ戻る。しかし、「東京と違って情報が入らず、世界が狭まるようなモヤモヤ感」を抱き、現状打破のために、事業構想大学院大学(MPD)の門をたたく。

「高尚なことを考えている人がたくさんいる、というのが第一印象。企業の役員や部長クラスの人もいて、本業で結果を出している上に、自分の存在意義や社会課題について考えていて視座が違うと感じました」

その影響から、初めは社会課題を軸にアイデアを広げていたが、丸尾聰教授の「事業承継者としては本業に関する構想にしないと意味がない」との指摘を受けて方針を転換。地域の食品流通を関わる家業に向き合い直すこととした。

丸徳商事がなぜワイン醸造なのか
事業の本質に迫るための壁打ち

2021年春、坐古氏はMPDの同期と共に、フィールドリサーチとして山梨県内のワイナリーを訪問した。そこで、ブドウの栽培から加工品の販売、観光まで含めた六次産業が成立している様子を目の当たりにし、大いに刺激を受ける。

「現地に行って初めて、ワインはロマンを感じる情緒的な価値の大きな商材だと感じました。銚子は食料自給率が240%を超えるほど食材が豊富で、醤油や日本酒など醸造文化もありますが、ワインはありません。食中酒のワインがあれば、地域の食に関係する方々と連携し、銚子を盛り上げていけるのではないかと考えました」

自宅に戻った坐古氏は早速、父親にワイナリー構想について話した。父親は「それは面白そうだ」と快諾し、千葉県内のワイナリーにワイン造りの修行に出た。

MPDにも賛同者が現れた。クリエイティブディレクターの洲崎賢治氏(東京校10期生)は千葉県出身で「地元を盛り上げることならば応援したい」と、坐古氏の構想に伴走。なぜワインなのか、そのワインを誰に届けて、どんな価値を提供したいのか。洲崎氏は問いを重ねて本質を掘り下げる壁打ちの相手を務め、そこで引き出した坐古氏の思いをボトルデザインなどのクリエイティブツールに落とし込んだ。

「苦しい時代がありながらも曽祖父のころから4代にわたって事業を続けてこられたのは、地域の支えがあったからで、ワイナリー構想はその恩返しです。周囲には漁業関係者もいれば、水産加工品や調味料を製造する仲間もいますから、彼らとともに、人々を銚子の街に惹きつけるような、強い魅力を創出しようと考えました」

銚子でのブドウ栽培も視野に
ワインで六次産業を実現したい

2023年秋、初めてのワインが完成した。ワインにはさまざまなタイプがあるが、造りたかったのは「銚子の鮮魚や地場産品とのマリアージュが楽しめるワイン」で、このコンセプトにぴったりのスッキリ辛口のワインが仕上がった。

「商品名は『KISSAKI(きっさき)』と『漁師は歌う』としました。『KISSAKI』は刃物などの切っ先のことで、銚子の尖った地形と漁船の先端を掛け合わせ、新境地を切り拓く人に送る『声援のワイン』と位置付けました。『漁師は歌う』はその名通り、銚子の漁師たちが仲間と集い、陽気にこのワインを楽しむイメージで、親しみやすいデザインを採用しています」

2023年11月、坐古氏は「銚子葡萄酒醸造所 座古萬蔵商店」を立ち上げる。座古萬蔵商店は曾祖父が創業した時の屋号で、この地域や先祖、海を切り拓いてきた先達へのリスペクトを込めて名付けた。併せて、ワイナリー構想への思いを発信するとともに、銚子を盛り上げる仲間を増やすべく、クラウドファンディングに挑戦。結果は目標の339%、339万4563円が266人から集まった。

2023年11月に実施したクラウドファンディングでは目標399%を達成した

坐古氏はこの賛同のエネルギーを、地域活性につなげたいと考えている。

「地元の水産業に関わる事業者を中心に、体験型観光を増やそうと取り組んでいます。例えば、漁網を使ったクラフト系ワークショップに参加し、駅前にある当社飲食店でワインと地場産品のマリアージュを楽しみ、漁村の宿泊施設に泊まっていただくといった企画です。インバウンドも含め、銚子に長く滞在してもらいたいと考えています」

もう一つ考えているのはブドウの栽培だ。ブドウ畑は観光資源になり得るもので、周囲の協力を得ながら用地取得を目指している。目下の課題はマンパワー不足で、農福連携や地域おこし協力隊などの枠組みの活用を検討している。銚子産ブドウで醸したワインで仲間と乾杯する日を目指して、坐古氏の挑戦はこれからも続いていく。

ワインの醸造を担当するのは丸徳商事3代目であり、坐古氏の父親である桂一氏