福祉と観光事業を両立 誰もがいきいきと暮らせる地域産業を創る

従来から働く場の少なさや賃金の低さが指摘されてきた障害者雇用。公的補助や福祉領域の課題だと捉えられがちだが、事業構想大学院大学でプロジェクト研究を修了した東伸行氏は、観光業での障害者雇用を足がかりに、さらに大きな課題解決にまで構想を広げている。

自身の経験から、
障害者×観光の事業を構想

三重県と広島県で障害者施設の代表を務める東伸行氏。事業構想大学院大学・事業構想研究所の〈民泊新法プロジェクト研究〉を修了し、伊勢志摩で障害者雇用を実現する宿泊施設の構想を進めている。障害者雇用と宿泊の組み合わせは一見意外なものに思えるが、構想の原点は東氏の経歴にある。

東 伸行(ひがし・のぶゆき)
Sorrento 障がい者就労支援つばさ Proprietor
事業構想研究所 プロジェクト研究 修了生

東氏がSorrentoを設立したのは約10年前。20歳の頃から携わるダイビングの仕事で、車椅子の障害者に出会ったことがきっかけだ。日常の制限から開放されて海を楽しむ姿を見て、障害者には健常者にはわからない"住みづらさ""生活しづらさ"があると気づいたという。

「全盲の方が海に入って喜ぶ姿や、ろうあの方が海の中で生き生きと手話でコミュニケーションする様子も目にしました。車椅子の方は毎年いらしていたのですが、施設で働いたお金でダイビングを楽しんでいることを知り、障害者の働く場をつくりたいという動機が芽生えました」

そしてSorrentoを立ち上げた後、東氏は自身の施設で障害者だけでなく、さまざまな家庭環境や社会の歪みのなかで困窮する人々と接してきた。

障害者雇用の課題と
"8050問題"

東氏の施設で働くメンバーの約8割は知的障害やうつ病などを抱えている。対人コミュニケーションが苦手であったり、仕事の種類に好き嫌いがあったりと、いわゆるオフィスワークに向いていない人も多い。そして、こうした人々の就職先は少ないのが現状だ。また、多くのケースで賃金が低いことも彼らの自立という点で大きな課題となっている。

さらに今顕在化しているのが、"8050問題"だ。これは障害者本人が50歳、その親が80歳を迎えるなか、親亡きあとの彼らをどう支えるかという問題で、当事者たちはもちろん、施設のスタッフたちにとっても切実な問題となっている。

「親がそろそろ人生を全うしていくというときに、子どもはちゃんと生活していけるのか、衣食住はどうするのか。行政の補助・支援も必要ですが、これらは最低限のものです。生まれて来たからには、最低限ではなく、ゆとりある豊かな生活を送ってもらいたい。障害者である彼らにもできることがあるのに、働く場がないのです」

障害者雇用や8050問題などをビジネスで解決できないかとひとりで構想を温め実行していた東氏だが、事業構想大学院大学の民泊新法プロジェクト研究で担当教員を務める鴨志田篤史氏と出会い、研究会に参画。自身の構想のブラッシュアップに取り組むこととなった。

宿泊施設を起点に雇用を生み出す

東氏の構想は、"宿"を起点とした障害者雇用の仕組みの構築だ。東氏は旅館業の認可を取得して伊勢志摩エリアの森の中に1棟貸しの宿泊施設を整備。子育て世代の親子をターゲットに調理設備などを備え、家族の会話が生まれやすい工夫を凝らした。周囲に気兼ねする必要がなく密にならない環境が受け、8月はほぼ満室だったという。宿泊施設の売上・帳簿の管理などを東氏の施設で働くメンバーが担い、室内清掃は連携する障害者支援施設ぷらすのメンバーとともに担っている。

伊勢志摩で1棟貸しを行っている宿泊施設は海に近く、歩いて海水浴にも行ける。裏庭にはピザ窯を備え、バーベキューなども楽しめるほか、部屋では本棚の昆虫図鑑を見て、森で捕まえた虫を調べたりもできる

宿泊施設の室内清掃は、連携する障害者支援施設ぷらすのメンバーとともに行う

「働く場をつくり、公的保障以外の収入源を作り出す。それが、私たちの施設に在籍するメンバーの"心豊かな生活"につながると考えています。"人生楽しいな"と感じてもらえる瞬間をつくれたらと考えています」

宿泊事業は拡大を予定しており、10月中旬には富士河口湖町に8棟をオープンする。観光業はコロナの影響で不安定な状況ではあるが、ポストコロナの新しい宿泊施設のあり方と考える『無人ホテル』というコンセプトで集客につなげたいと語る。

またこれらの宿泊棟は、将来、グループホームとしても使用できる間取りにしてあるという。

東氏の構想は"心豊かな生活"を提供することが軸になっている。働くメンバーによりよい収入をというだけでなく、宿泊するファミリー層にも自然のなかでゆとりを感じてもらい、親子の絆を見つめ直してほしいとの思いもある。

障害者も高齢者も、
皆が生き生きと暮らせる地域を

障害者雇用とビジネスの両立は、事業構想のなかでも特に難しい部類に入るだろう。東氏自身も、「正直なところ、できるかどうかもわからない」と語るが、より大きな地域の課題解決も構想している。それが、人口が減少する地域の中核都市の課題である空き家増加と8050問題への対策だ。

「三重県も人口が減少して空き家が増えていますが、これをリノベーションして宿泊施設にできないかと考えています。定住者は減っても、都市から観光客を呼び、人を循環させるという考えです。宿泊施設での業務は施設のメンバーや8050問題の当事者たちが担えるのではないかと思っています」

すでに本社のある津市でグループホームを建設予定で、8050問題の当事者たちの住まいとするつもりだという。さらに、市内に宿泊施設を整備して働く場とすれば、仕事と住む場所を提供できる。また、グループホームでの業務を地域の高齢者の方にサポートしてもらうことで、独居や孤独への対策にもつなげたいと話す。

現時点での課題は、津市に目立った観光資源がないことだ。地域の魅力の発掘・発信のプロである行政にも期待を寄せるが、自分たちでも観光資源を作り出せないか模索している。

「三重全体では伊勢神宮や世界遺産の熊野、"美味し国みえ"とアピールしていますが、ほかにも松阪牛や熊野灘の鮮魚、また忍者の里・伊賀や鈴鹿サーキットなど魅力は多くあります。津市にも青山高原やその中腹にある榊原温泉などがあり、これらを観光資源として活かせないかと考えています」

障害者や高齢者という弱い立場にある人々と、地域課題の包括的な解決を目指す東氏。包摂的な社会の実現に向けた力強い構想に期待が高まる。