オンラインで信頼関係を構築するには

在宅勤務が長期化する中で、ビジネス上のコミュニケーションのどこがボトルネックになっているのか。どう最適化すればいいのか。取引に欠かせない相互の信頼構築の視点から考える。

昨年、「オウンドメディアとしてオフィスをデザインする」というタイトルの原稿を書き、本誌にも掲載された。だが状況は180度変わってしまった。新型コロナウイルスの感染拡大にともなう政府の緊急事態宣言をきっかけに、多くの企業で在宅勤務が取り入れられ、一部の企業ではオフィスの縮小や解約が進んでいるようだ。いずれにしてもオフィスのメディア価値は今のところ大幅に低下したと言わざるを得ない。

ではオフィス離れによって、具体的にどのようなコミュニケーションにボトルネックが生じ、今後どのような代替コミュニケーションが必要になるのだろうか。

信頼構築の初期にボトルネック

まず、オフィスに最も接触頻度の高かったステークホルダーであった社員は、在宅勤務の機会が増えることによってオフィスとの接触頻度は下がった。オンラインコミュニケーションツールを使うことで業務に必要なコミュニケーションは、意外と難なく、むしろ地理的な距離を縮めることができる分より効率的に、取ることができたのではないだろうか。一方、新しいプロジェクトの立ち上げや新入社員の受け入れにおいてはコミュニケーション上のもどかしさを感じることが多い。

次に、顧客やパートナーとのコミュニケーションについてはどうだろうか。社員とのコミュニケーションと同様、オンラインコミュニケーションツールを使えば、以前から取引のある顧客やパートナーとは問題なくコミュニケーションを継続し、業務に支障が出るようなことはあまりなかった。一方、新規の顧客やパートナーの開拓においては非常に大きなボトルネックが生じているようだ。担当者がオフィスにいないため、ダイレクトメールを送っても開封されない、アポ電をかけても取り次いでもらえない。顧客やパートナーを開拓するための展示会もほとんどが中止になってしまった。

いずれのステークホルダーのパターンでも、信頼構築の初期段階のコミュニケーションにボトルネックが生じていると言える。人間同士が何らかの取引をする際には相互の信頼関係が前提となる。営業活動においてはまず名刺交換で互いを知り、継続的なコミュニケーションの中で徐々に信頼を築いた結果、契約することができる。いくら良い商品であっても信頼できない相手から買おうとはしない。人間同士が取引をする際に最低限必要な信頼の度合いを信頼臨界点とするならば、臨界点を超えた者同士はオンラインでも大きな問題なくコミュニケーションを継続できるが、臨界点未満の場合、オンラインコミュニケーションツールだけではそれ以上の信頼構築が難しそうだ。これまで対面コミュニケーションに頼っていた信頼構築をどう代替するかがポイントになる。

コミュニケーションの質に違い

コミュニケーションを質×時間=量で考えた場合、対面コミュニケーションは五感を全て使って解像度の高い情報伝達ができるため、コミュニケーションの質が高く、短い時間でも多くの情報を伝達できる。一方、オンラインコミュニケーションでは視覚と聴覚しか使えず、さらに伝送路上のノイズが加わるため、対面と比較すると質は低く、同じ量の情報を伝達するためにはより長い時間が必要となる。つまり、対面コミュニケーションでは信頼構築できていた情報をそのままオンラインに置き換えても、信頼臨界点を超えることができないということだ。少なくとも対面よりも時間をかけたコミュニケーション、点ではなく線のコミュニケーションが必要になりそうだ。

前述の通りオンラインコミュニケーションではチャネルが視覚と聴覚に限定されており、さらに1回あたりのコミュニケーションの時間もせいぜい数分から数十分だろう。とするとコミュニケーションの頻度で信頼構築に足る情報量を伝達しなくてはならない。不特定多数のステークホルダーとの間で、任意のタイミングで高頻度のコミュニケーションを実現するためには、何らかの仕組みが必要になる。

そこで有力な候補になるのがコンテンツメディア(狭義のオウンドメディア)やマーケティングオートメーション(MA)ツールである。ステークホルダーが求めるタイミングでニーズに合うなるべく高品質な情報を、いつも提供してくれることで信頼を築くコンテンツメディア。一方、コンテンツメディアがプル型なのに対して、ステークホルダーが欲しているだろうと思われる情報を最適なタイミングで積極的に提供するプッシュ型のMAツール。いずれも、適切な情報を適切なタイミングで提供することでコミュニケーションの質を上げ、その頻度を高めることで信頼臨界点を超すことを狙った仕組みである。

対面に依存しない仕組み

こう考えると、デジタルマーケティングの分野では既に普及している仕組みがそのまま解決策になるのかもしれない。それもそのはず、海外のグローバル企業ではそもそもステークホルダーが世界中に散在し、対面のコミュニケーションを前提にすることができない環境の中でデジタルマーケティングが進化した。対面コミュニケーションが制限される状況は今後もしばらく続きそうだが、日本においては対面に依存し過ぎたコミュニケーションをデジタル時代に最適化することで、中長期的にはチャンスに繋がるかもしれない。企業活動におけるメディアのポートフォリオはオンラインに大きくシフトすることになるが、とりわけオウンドメディアの担う役割はより大きくなりそうだ。さらにそれがきっかけとなり、DXが進むことを期待したい。

 

渡辺 順也(わたなべ・じゅんや)
社会情報大学院大学 准教授 イノベーター・ジャパン 代表取締役社長