丸井は「売らない店」を目指す デジタル時代、「体験の提供」に活路

「モノを売る店」から「体験を提供する店」へと大胆な転換を図り、スタートアップとの共創にも力を注ぐ丸井グループ。なぜ同社は、「売らない店」を目指すことができるのか。丸井の青木正久社長に、MATCHAの青木優社長が話を聞いた。

青木 正久(丸井 代表取締役社長)

丸井グループが
「売らない店」を目指す理由

青木 優 丸井グループは独自のビジネスモデルで成長を遂げています。

青木 正久 当社は1931年の創業以来、小売と金融が一体となったビジネスを展開し、現在ではウェブを加えた「店舗・カード・ウェブ」の三位一体モデルの構築を進めています。

創業期から高度成長期にかけては、家具の月賦販売が主力でした。月賦販売とは、商品の販売と同時にクレジットを提供することですから、小売と金融が一体となったビジネスはその時代から始まっており、今も進化を続けています。

現在のビジネスモデルは小売としての収益に加え、魅力的な店づくりによって、たくさんのお客様にご来店いただき、それをクレジットカード「エポスカード」の発行につなげて、カード利用時の手数料収入を源泉として店舗に再投資するというサイクルです。小売があることで、クレジットの成長も促進されています。

丸井グループの店舗には年間約2億人が来店し、新規カード会員は年間約40万人、積み上げた累計カード会員は700万人を超えます。エポスカードは他社の商業施設やECサイトでも使えますから、年間2兆3000億円のエポスカード取扱高のうち、丸井グループの店舗での取扱いは1割以下となっています。

丸井グループは、小売と金融が一体となったビジネスを展開。魅力的な店づくりによって集客力を高め、それをクレジットカードの収益拡大にもつなげている

青木 優 今、経営環境が大きく変化していますが、これからの展開をどのように描いていますか。

青木 正久 ECやシェアリングの拡大、少子高齢化など、モノを売るだけのリアル店舗には逆風が吹いています。リアル店舗がモノの販売でAmazonなどに勝つのは難しく、これからはECに代替されないもの、ECと共存共栄できるものに力を注がなくてはなりません。

丸井グループは「売らない店」を標榜し、「体験の提供」に大きく舵を切っています。ECは便利ですが、自分が探しているものにしか出会えません。一方、リアル店舗では自分が知らなかった素敵なショップやグッズに出会うことができ、セレンディピティ(偶然の発見)があります。

また、対面でのコミュニケーションにより、お客様とのエンゲージメント(深い関係性)を築けることもリアル店舗の強みです。これからのリアル店舗には、セレンディピティとエンゲージメントの充実が求められています。

そこでカギを握るのが「体験の提供」です。丸井グループの店舗に行くと、「面白そう」「何かがある」と思ってもらい、来店したお客様にはエポスカードを通じて丸井ファンになってもらう。店舗でモノを売ろうとはせず、その場では触れたり試したりするだけで、インターネットで購入する際に、できればエポスカードを使っていただく。カードの手数料収入があるために、リアル店舗の物販だけを重視する必要がありません。これは、他社には真似できないビジネスモデルだと思います。

青木 優(MATCHA 代表取締役社長)

スタートアップと共創し、
D2Cのビジネスを強化

青木 優 マルイには、オーダースーツのFABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)も出店しています。同店はサンプルを展示し、採寸だけを行うショールームになっていて、注文はスマホやPCで行う。まさに体験に特化した店舗です。

青木 正久 お客様にとって、リアル店舗があることは安心感につながります。ファブリックトウキョウはECサイトのみの時代、スーツよりもシャツなど単価の低いアイテムが中心だったのが、リアル店舗を出してから客単価が約3倍になったそうです。

また、ショッピングアプリを展開するBASEは、ポップアップスペースをマルイ店舗に設けました。BASEは、誰もが簡単にオンラインショップを開設できるサービスを提供していますが、ポップアップスペースでは、ショップオーナーが直接お客様と接しながら商品を販売しました。その結果、ファンの獲得につながり、コミュニティが育まれるきっかけになりました。

FABRIC TOKYO(左)、SHIBUYA BASE(右)など、丸井グループはスタートアップとも共創し、「体験の提供」に力を入れている

丸井グループは、数々のスタートアップとの共創を進めており、D2C(Direct to Consumer、顧客と直接つながるビジネス)やサブスクリプション型など「デジタル・ネイティブ・ストア」の出店を加速させています。

30数年前のDCブランド(デザイナーズ・キャラクターズブランド)隆盛の時代、丸井はブランドをインキュベートし、共に成長を遂げました。共創は丸井グループのDNAであり、かつてはアパレルブランドとの共創でしたが、現在はスタートアップとの共創になっています。DCからD2Cです。

青木 優 ファブリックトウキョウのCEO、森(雄一郎)さんとは、渋谷のコワーキングスペースで一緒だった時期があります。共創のパートナーとなるスタートアップは、どのように開拓しているのですか。

青木 正久 丸井グループは、2015年から「共創経営レポート」を発行していますが、2019年のレポートでは「この指とーまれ!」というメッセージを掲げました。私たちは「売らない店」を標榜しているので、それに共感していただけるようなスタートアップを関係各所から紹介していただいています。

ファブリックトウキョウは他の商業施設では出店を断られたこともあったようですが、「体験の提供」を志向する丸井グループの方向性と合致しますから、私たちから「ぜひ!」とお願いしました。

また、2020年2月には、D2Cのエコシステムを支援する新会社『D2C&Co.(ディーツーシーアンドカンパニー)』を設立しました。新会社を通じてスタートアップへの投融資のほか、様々な取り組みを展開します。

スタートアップにとって、常設の店舗を設けるのはハードルが高くなりますが、丸井グループと協業すれば、当社のリアル店舗運営のノウハウを活用して、実験的なポップアップストアで仮説・検証を進めることも容易です。さらに、顧客の間口を広げて、エントリー層に自社サービスを届けやすくなります。

また、D2Cのスタートアップは、販売・接客のノウハウをあまり持っていません。リアル店舗でお客様とのエンゲージメントを高めたくても、そのために新たな人材を採用するのは難しい。そのため、丸井グループが店舗の運営を受託し、販売・接客は当社の社員が担当します。丸井グループ約5000名の社員が共創を支えていきます。

スタートアップと柔軟に連携できるのも、丸井グループが「売らない店」を志向し、モノやサービスの「販売」だけを目的としていないからです。年間約2億人が来店するリアル店舗のトラフィック(客数)を活かし、目前の収益を見込めなくてもエポスカード会員につなげて、中長期でLTV(LifeTime Value、顧客生涯価値)を高めていきます。

リアル店舗にショールームの機能を持たせ、ウェブとの連携を強化する。ウェブの世界をリアル店舗につなげる。そうした成長戦略を描いています。

青木 優 体験提供型の店舗を、地方でどのように広げていきますか。

青木 正久 今春、メルカリの旗艦店「メルカリステーション」が新宿マルイ 本館にオープンしますが、今後、マルイの郊外店にも展開していく計画です。

今春、新宿マルイ 本館にオープンする「メルカリステーション」。「メルカリ」を体験しながら学ぶことができるリアル店舗だ(画像はイメージ)

また、都心店はD2C等のデジタル・ネイティブ・ストアが中心となりますが、郊外店では、飲食・サービスを中心とした体験を提供します。以前の店舗構成は、モノを売る店が7割弱を占めていましたが、2024年までに6割以上を体験提供型の店舗へと転換する計画です。

ゼロから立ち上げた
アニメ事業部が急成長

青木 優 体験の1つとして、アニメ・ゲーム等のコンテンツにも力を入れています。青木(正久)社長は、丸井グループのアニメ事業部を1から立ち上げられました。

青木 正久 ファッション市場が縮小する一方で、アニメやゲームに親しむ人は増えていて、しかも熱量の高いファンが多いので消費性向も高い。また、私が店長を務めていた新宿マルイ アネックスの上には映画館がありますから、相乗効果を見込めます。それを活かすべきということで、2016年にアニメ事業部を設立しました。

体験の1つとして、コンテンツの充実にも力を注ぐ。写真は、新宿マルイ アネックスの「ゴジラ・ストアTokyo」©TM&c TOHO CO., LTD.

アニメのパワーは予想以上です。1年前に渋谷マルイで乙女系アニメのイベントを開催した時には、開店前に若い女性が1500人ほど並んで、20坪のお店で1日3000万円の売上げがありました。今年1月に新宿マルイ アネックスで中国のゲームのイベントを開催した時も、1400人ほどの行列ができるなど大盛況でした。

青木 優 それはすごい! 集客力以外にもアニメ事業の強みはありますか。

青木 正久 まず、通常のエポスカードと比べて、アニメとコラボしたカードは若年層の比率が3割ほど高く、長期のライフステージでの利用が期待できます。お気に入りの作品が描かれているので、カードの継続率や利用率も高い。自分が好きなキャラクターにハサミを入れたくないので、捨てようと思わないのです(笑)。1人当たりのLTV(顧客生涯価値)は、通常のエポスカードの2.7倍にもなります。

今ではアニメ事業部は、取扱高100億円弱の規模に育ちました。当初は4名でスタートしましたが、今春には80名体制になります。事業部の立ち上げ時には社内公募により、アニメ好きの社員が集まりました。例えば、有楽町マルイでハンカチを売っていた女性社員は、当時はアニメ好きを隠していたのですが、アニメ事業部に所属してからは、地方のアニメイベントにコスプレで参加して盛り上げるなど、大活躍しています。

私自身は、アニメやゲームに詳しいわけではありません。ツイッターのフォロワー数や原作の発行部数などを参照して企画を判断していましたが、予想外の失敗や大ヒットもありました。やはりアニメ好き、ゲーム好きの社員に聞くのが一番早い。彼ら・彼女らの感覚を大事にすることで、ファンからも「マルイはわかっている」と思ってもらえます。お客様と同じ目線で考えられることが、丸井グループ社員の強みです。

「未来の店舗」の創造のために

青木 優 新規事業を成功に導くためには、何が重要になると思いますか。

青木 正久 それなりの規模の会社ですと「新しいことをやらない」恐れがあります。丸井グループでは、以前は売上げやカード発行枚数などを人事評価の目標に設定していましたが、数年前に新しい指標を導入し、どれだけグループの企業価値向上を考えて行動しているか、チャレンジしようとしているかを重視しています。

やらない理由はたくさん挙がりますが、まずはやってみる、PDCAのDoを大切にする企業文化を根付かせていきます。

また、私自身は小売部門の出身ではなく、最初に所属したのは丸井グループの物流会社、ムービングでした。比較的、「小売とはこういうもの」という思い込みが弱く、現状にとらわれないこともプラスに働いているかもしれません。

お客様のニーズがどこにあるのか、それを愚直に探してきたのが丸井グループの歴史であり、アニメもその1つです。今流行しているものの後追いではなく、社員やスタートアップと共に、次に来るものを提案していく。それが、体験やコミュニティという価値を提供する「未来の店舗」の創造につながると考えています。

 

青木 正久(あおき・まさひさ)
丸井 代表取締役社長

 

青木 優(あおき・ゆう)
MATCHA 代表取締役社長