2020年5月号
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事業構想10ヶ条

第1条 逆境をバネにする 逆境は人と組織を強くする

唐池 恒二(九州旅客鉄道 代表取締役会長、事業構想大学院大学 特別招聘教授)

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事業構想においては、逆境こそ力になる。発足時から鉄道事業の赤字を抱え、逆境の中から歩み始めたJR九州は、鉄道以外の事業にも果敢に挑戦し、成長を遂げた。大きな力になったのは、組織全体が逆境を認識し、強い危機感を持っていたことだ。

JR九州は1987年4月1日に発足した。写真は、4月1日午前0時、博多駅に掲げられた「JR九州」の大看板の幕を落とした瞬間

逆境をバネにしたホープたち

JR九州の発足時の経営状況は、悲惨なものだった。

旧国鉄から引き継いだ九州の鉄道事業のほとんどが赤字ローカル線だった。初年度(1987年度)の鉄道収入が1,100億円足らずで、赤字が約300億円。当時、鉄道関連以外の事業による収益はほぼゼロに等しく、鉄道の赤字がそのまま会社の営業損失となった。発足時に国から与えられた経営安定基金の運用益で赤字を補てんするというスキームで、なんとかぎりぎりJR九州の経営が成り立っていた。

国鉄改革は、赤字ローカル線ばかり抱えた北海道、四国、九州を切り離し、本州のJRが生き残るために断行された、という人も少なくない。

霞が関の官僚たちも、本州のJR3社(東日本・東海・西日本)には早期の株式上場を期待したが、JR九州には求めない。それどころか、JR九州はいったいいつまで持つかと、巷では囁かれていた。

JR九州は、自他ともに認める逆境の中から歩み始めたのだ。

幸いにも、JR九州は逆境に負けず、レジリエンス(Resilience)=逆境力を発揮した。

発足から30年目の2016年10月に、ありえないといわれていた悲願の株式上場を果たした。鉄道事業も同年度250億円の営業黒字を計上することができた。

なぜ、そこまでにたどり着けたのか。それは、トップから若手社員までみんなが逆境を認識し強い危機感を持ったからである。

「このままでは、会社が潰れる」

「なんとかしなきゃ」

「自分はなにをすればいいのか」

社をあげて鉄道事業の改革に取り組んだ。ありとあらゆる増収策を講じ、聖域なきコスト削減を追求した。全国の鉄道会社に先駆け、鉄道にデザイン重視の考え方も導入した。

それとともに、鉄道以外の事業にも果敢に挑戦していった。未知の世界に飛び込むことに全社員が躊躇しなかった。船舶航路事業、マンション販売、コンビニエンス事業、ベーカリー事業、外食業、広告業、駅ビル事業、ホテル事業、警備業、介護施設など。

鉄道以外の事業展開に大きな力となったのが、強烈な危機感を募らせた若手社員たちだった。もともとは、みんな鉄道マンだ。鉄道の駅や運転士、保線などに従事する現場の社員だ。彼らが立ち上がった。新規事業のプロジェクトチームのメンバーを社内公募すると、我も我もと手をあげて参加してくれた。顔ぶれをみると、もとのそれぞれの職場のホープと目された若手が中心になっていた。

私も会社発足からずっと新しい事業や企画に関わってきた。発足2年目に、全国の観光列車の先駆けとなった特急「ゆふいんの森」を手がけたのを皮切りに、船舶航路事業への参入、外食事業の再建とつぎつぎに事業構想に取り組んできた。

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