Uターン起業した元金融マン 「DMOには機動力と調整力が必要」

東日本大震災をきっかけに大手金融機関を退職し、一関市へのUターン起業した松本数馬氏。一関市・平泉町のDMOの設立の動きに合わせ、地域関係者の巻き込みと並行して、「ふるさとグローバルプロデューサー育成支援事業」にて先進的なDMOの経営手法を習得している。

一関シネプラザの様子(1964年)

岩手県の最南端に位置する一関市は、盛岡や仙台といった商業地までは東北新幹線で30~40分、世界遺産「中尊寺」のある平泉へも車で約20分という東北の中核的な拠点都市である。しかし、約12万人の人口は高齢化により年間約1500人のペースで減少を続けており、いわゆる「増田レポート」でも消滅可能性都市のひとつに挙げられる状況だ。

大学進学を機に一関を離れた松本氏が故郷に戻る決意をしたのは、2011年の東日本大震災がきっかけだ。同年1月に勤務先である銀行の人事異動で仙台に赴任したばかりだった。

「私自身も被災しましたし、担当していた法人顧客のフォローと復興ボランティアで、あっと言う間に2年が過ぎてしまいました。目まぐるしい日々の中で素晴らしいなと感じたのは、東北の人たちの粘り強く諦めない気質と、苦しみも喜びも分かち合う姿勢です。そして、地元である一関にも魅力はたくさんあるはずなのに、このまま何もしなくていいのだろうかと考えるようになりました」

松本氏の実家は、70年近い歴史を持つ映画館「一関シネプラザ」を経営している。戦後に芝居小屋の興行を手がけていた祖父がブームを先取りする形で映画館を創業。父親の代になってから都市計画に伴う建て替えを行って、階下に和洋食レストラン「かぶらや」を併設した2スクリーンの複合シアターに。

「後継者不足や景気後退といった事情から、一番多いときで6つあった映画館がいまでは当館だけになりました。映画業界に限った話ではありません。北上川流域に栄えてきた農業や産業、伝統工芸や伝統芸能なども、かつての勢いを失いつつあります。いつかはUターンするつもりでしたが、いますぐに何か動かなければ手遅れになると感じました」

ふるさとの衰退ぶりに危機感を覚えた松本氏は、2016年6月に勤めていた銀行を退職して、一関に新たな雇用を生み出すDMCを立ち上げようと準備を始めた。実家の映画館を「街なか映画館」という拠点に据えてイベントなどで地域に“にぎわい”を創出しながら、レストランで地産地消をコンセプトとした飲食業や、農業の6次化による商社事業で収益を確保していく狙いだ。農林水産省の「食と農の景勝地」に認定された“もち食文化”を商品化したり、人を呼び込む導線として体験型ツアーを企画したりと、すでに一関に“あるもの”を生かして付加価値化を図り、観光客の消費行動を促すことが当面の課題となりそうだ。

「地方創生したいといっても、儲けを出す仕組みがなければ事業として継続することはできません。言い換えれば、商品企画から、流通、販売、在庫管理、そして回収までトータルに見ていかないと地域活性化は難しい。それを踏まえた上で、地域のことなら『あの人にきけばわかる』といったファースト・コール・パーソンになりたいです」

松本数馬 有限会社一関東映劇場

DMOとの関わりに必要となる行政の仕事を経験

2つの金融機関で13年間の勤務経験を持つ松本氏のこと、マネタイズや財務に関しては一日の長があるが、観光関連の事業を行う上では、隣接する平泉町や宮城県北の市町村等との「行政の“壁”にぶち当たるのでは?」という不安を抱えていた。そこで、「ふるさとグローバルプロデューサー育成支援事業」に応募し、日本版DMO候補法人の第一号として登録されている地域連携型の組織、秩父地域おもてなし観光公社で研修を受けている。

「秩父地域おもてなし観光公社は、1市4町の首長、観光協会長、商工会議所会頭が理事に名を連ねていますが、トップダウンのムードはありません。現場がある程度の権限や予算を握り、やりたいことを実践できる機動力を持ち合わせているところが魅力ですね。行政の方と仕事をするのは初めてですが、ふるプロの同期も含めた民間スタッフも一緒になって、意見やアイデアを交わしながら、ひとつのプロジェクトを進めていけるのは良い経験になっています」と松本氏。

2016年11月には台北で開かれた国際旅行博(ITF2016)に赴き、伝統文化の小鹿野歌舞伎をPRした。プロップス(吹き出し)や大型フレームなど撮影用小物を活用したSNSでの拡散促進、帰国後も台湾人とのリレーションを継続するためのフォローアップなどのノウハウを実践の中で学んでいった。

「台湾は、一関としてもインバウンドのメインターゲットと考えている地域です。もちろん、訪日観光客の人数もリピーターも多いことが第一の理由ですが、震災後に義援金をたくさんいただきましたし、岩手出身の後藤新平が鉄道事業を、新渡戸稲造が製糖事業を興すなど、岩手と縁があるからです」

訪日観光客数は年間2000万人を突破したが、うち東北を訪れる人の割合は約1%に過ぎない。弘前や青森が函館と協力して誘致活動に動いているように、一関も近隣の都市を競合と捉えず、パートナーとしてタッグを組んでアピールする策が必要だと松本氏は考えている。その具体的な形が、2018年1月を目標とした一関市・平泉町DMOの設立だ。

国際旅行博(ITF2016)にて研修の一環として秩父地域の情報発信を行った

一関・平泉の連携に向けて進む地域の巻き込み

「秩父での研修を通じて、DMOのような組織を動かすには内部を調整する力と、外部の空気を感じ取る力の両方が大切だと学びました。一関市や平泉町とコンタクトが取れるようになりましたし、地域内では私と同じようなUターン組のネットワークが広がってきています」と松本氏。産・官・学、メディア、そして地域の人たちを巻き込むために、組織のコアとなる自分からアクションを起こして見せようと、昨年は観光業のために大型2種の免許を取得。今年は新会社設立やレストランの改装を控えており、研修後も休む暇はなさそうだ。



*ふるさとグローバルプロデューサーは、ふるさとプロデューサー等育成支援事業において、育成しています。当事業は、中小企業庁の補助事業として株式会社ジェイアール東日本企画が実施しています。同社は、カリキュラムの作成等を学校法人日本教育研究団事業構想大学院大学に委託しています。

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