被災地を「学びの町」に 町民の経験こそ「町の財産」

被災地視察ツアーによって、交流人口を増やすだけでは町の未来は開けない。町民を巻き込んだオリジナルの「学び」のプログラムやワークショップが、被災地に人を呼び込み、新たな変化を生み出している。

ワークショップには、年齢も性別も国籍も異なる、さまざまな人が参加

東日本大震災で、町長をはじめとする役場職員の半数が犠牲になった大槌町。震災直後は行政機能が麻痺し、動きのとれない状況に追い込まれていた。そうした中、いち早く動き始めたのは、大槌に縁のあった県内陸部の企業や団体のリーダーたちだった。

多くのものを失ってうつむきがちな町民に「とりあえず何かやろう」と声をかけ、人が集まることのできる小さなイベントを開催。2011年6月には、おらが大槌夢広場創造委員会を立ち上げ、11月には一般社団法人おらが大槌夢広場が発足した。同時に復興食堂と復興資料館もオープンし、地元の人と外から来た人たちが出会い、交流できる「場」をつくり出していた。

最大のピンチをチャンスに

他の町村に先駆けて始めた被災地案内で、ガイドを担ったのは、2014年に代表理事に就任した臼沢和行氏だ。

「最初はメンバーの一人にすぎなくて、あの頃はまだ、この活動に積極的に関わろうとは思っていなかったんです。ただ、大槌に人を呼び込みたいと考えていて、来てくれた人を受け入れるには何が必要かというイメージは持っていました。だから当時の理事の求めに応じて、とりあえずできることをしようと。それだけでした」

震災直後、多くの人に必要とされたのは直接的な生活支援だったが、月日が経つにつれ人々の暮らしは変わり、求められるものも変わってくる。おらが大槌夢広場の活動も「支援」から「まちづくり」へと緩やかにシフトしていったが、まちづくりには先を見据えたビジョンが必要だった。

「残念ながら大槌には、全国に発信して人を呼べるような観光資源はありません」

柔らかな笑みを浮かべ、一つ一つの言葉を選ぶように、臼沢代表は話を続ける。

「何もない町が、未曾有の災害に見舞われたことで全国から注目され、人が集まっている。この町がこんなにも注目されたことが、これまであっただろうか。最大のピンチだと思っている今は、実は大きなチャンスかもしれないと考えました」

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