「スマホ顕微鏡」「情報銀行」 技術が拡げる事業の可能性

5月23日、事業構想大学院大学が主催する「第1回事業構想研究会」が開催された。初開催である今回は「技術から考える事業構想」をテーマとした。技術を種にいかに事業を構想し、発展させることができるか、技術開発分野で活躍する第一人者らが議論した。

個人の行動ログを使い 社会公益サービスの普及を

研究会前半の基調講演には、東京大学空間情報科学研究センター教授・柴崎亮介氏が登壇。GPS(Global Po-sitioning System:全地球測位システム)など空間情報を駆使した実世界のデータ収集・計測技術、データ同化技術の専門家である。また、柴崎氏らが提唱した「情報銀行」は、個人の活動履歴情報を「口座」に蓄積・管理し、プライバシーを守りながら個人や社会のために利活用する新たな社会システムである。

「技術の発達により、現在はどこに何があり、何が起こっているのかがデータとして、リアルタイムで集まってくるようになりました。この集まった膨大なデータを加工して、どのように社会に還元していくかに注目が集まっています」

東京大学 空間情報科学研究センター 教授 柴崎 亮介 氏

現在は人工衛星から取得できる位置情報サービスを利用し、防災、交通、伝染病コントロールに関する支援事業を、各国の政府・企業・国際開発機関と連携して行っている。例えば洪水被害が多発するバングラデシュでは、降雨情報を衛星観測データによって管理することで、防災に役立てている。さらに、現代は携帯電話の普及により個人の行動ログを収集することができる。「個人の行動ログを分析すると、『この時間帯、この人はこの場所にいる可能性が高い』と推定できるようになります。その推定をもとに、防災情報を的確に個人に届けることが可能になります」と話した。今後、ビッグデータの利活用の幅はさらに広がることが予測される。

このような携帯電話や宇宙情報を活用した技術は、世界のあらゆる場所で実現できるため、事業開発の場所を問わないことも特徴。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立で一層の発展が期待される途上国において、柴崎氏は国境を越えたプロジェクトに取り組んでいる。

課題は個人情報の取り扱い

ビッグデータの活用にあたり、様々な組織が個々で管理している個人情報を統合して分析することが必要だ。その分析から、パーソナライズされた情報やサービスを提供することが可能になる。しかし、データ利用における最大の課題は、個人情報の取り扱いだ。

「プライバシーをどのように考えるか。当然『情報が取られている』と思う方もいます。また、データ収集している企業も収集データを共有することに抵抗を感じています」

そこで柴崎氏らが考えたシステムが「情報銀行」だ。個人情報を安全に管理するのではなく、個人情報を運用する仕組みだ。「情報を預けるとプラスのことがありそうだ」と、個人情報の活用にポジティブなイメージを持ってもらう。よりビジネスに役立つビッグデータの活用に注目が集まる。

パネルディスカッションには柴崎教授、(上から)事業構想大学院大学 小塩篤史准教授、事業構想大学院大学 岩田修一教授、総合研究大学院大学 永山國昭理事が登壇

技術の 「事業化」を目指す

研究会後半は「技術が拡げる『事業』の可能性」をテーマとして、研究教育機関に携わる3名が登壇し、パネルディスカッションを開催した。登壇者は前出の柴崎氏、総合研究大学院大学(以下、総研大)理事の永山國昭氏、事業構想大学院大学教授の岩田修一氏の3名。コーディネーターは同大学の小塩篤史准教授が務めた。

永山氏の所属する総研大は、国立天文台、分子科学研究所など、18の研究所を大学院基盤機関として持ち、世界最先端の高度な研究を行う人材を多数輩出している。日本の科学技術が結集した総研大であるが、永山氏は「基礎研究から生まれる技術が事業にほとんど結びついていないのが現状。今後は、大学が自ら資金を調達する時代になっていきます。大学にもゼロからイチをつくる事業創造が必要です」と危機感を募らせている。

永山氏は、スマートフォン専用の顕微鏡「Leye(エルアイ)」を開発し、商品として販売する企業を立ち上げ、自ら事業創造に取り組んでいる。「スマホ顕微鏡の発明はまさにイノベーションでした。誰もが簡単に顕微鏡を使うことができるので、科学の裾野を広げる教育分野にも採用されています」と永山氏。現在は、画像を共有するSNSを立ち上げてユーザー同士の交流を促すなど、最新の手法を用いて積極的に事業を推進しようとしている。

岩田氏は「日本の技術者、研究者の多くは、研究開発に熱心であっても、価値さらには利益率については考えたことがない人が大半です。これからは新しい技術でも広く社会に評価されるような応用範囲の広い基礎基盤技術を重点的に考えることが大切です」と、指摘する。技術と社会のより良い接点を考えると、産学連携の重要性が増してくる。柴崎氏は「大学では、社会の現状を知らずに “こんな課題があるに違いない”という仮説で研究をするケースが多くあります。企業側から、今の社会の問題や課題を大学の研究者に教えていくべきです。もっと企業が大学を利用して欲しい」と、企業側の積極的な姿勢を期待している。永山氏も「大学も生き残りをかけた時代がやってきます。事業に結びつく可能性のある技術は、大学にたくさん眠っています。企業はチームに大学を加えることで、技術が事業に結びつき、イノベーションを育てることができると思います」と続けた。

技術を直接事業に結びつけることは難しい。短期的な視点で、「この技術でどう儲けるか?」を考えると答えは出ない。しかし、「社会がこうあるべきだ、世の中をこのように便利にしよう」という大きなビジョンで見ると、技術が担う役割はより明確になる。事業構想に求められることは、技術を使った先に実現する理想の社会を描くことではないだろうか。

事業構想研究会は、今後も定期的に開催予定である。「事業構想」という視点から、さまざまなテーマを設定し、多角的かつ深度のある議論ができる場として期待される。

5月に開催された第1回事業構想研究会


新事業のアイデアを考え構想する
社会人向けの事業構想大学院大学 詳細はこちら

全文をご覧いただくには有料プランへのご登録が必要です。

  • 記事本文残り1%

月刊「事業構想」購読会員登録で
全てご覧いただくことができます。
今すぐ無料トライアルに登録しよう!

初月無料トライアル!

  • 雑誌「月刊事業構想」を送料無料でお届け
  • バックナンバー含む、オリジナル記事9,000本以上が読み放題
  • フォーラム・セミナーなどイベントに優先的にご招待

※無料体験後は自動的に有料購読に移行します。無料期間内に解約しても解約金は発生しません。