2015年1月号

事業構想学を構想する

プロトタイピングで未来の情報を獲得する「実験力」

小塩 篤史、中嶋 聞多(事業構想研究所 実践知研究センター)

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現場での「実験」は持続的に社会に受け入れられる事業の構想に不可欠である。「プロトタイピング」を通じて顧客と共創し、実践的な情報と手ごたえが得られる。効果的な事業構想の「実験」のために必要な考え方と方法とは?

事業構想と「実験力」

失敗などしていない......
うまくいかないやり方を一万通り見つけただけだ

-トーマス・エジソン-

11月号の連載において、フィールドリサーチをおこなうことは、事業構想家の必須要件であることを記した。事業の構想には、頭の中だけにとどまらない、現場での実践的な検証が不可欠だからである。クレイトン・クリステンセンが『イノベーターのDNA』で説いているように、「実験力」は自分が構想したアイデアが本当に社会でうまく機能するのかを調べるために必要な能力である。意思決定のために収集されるデータの多くは過去のものであり、聞き取りで得られる情報は現在の情報である。実験は、自分のアイデアや仮説が本当にうまくいきそうかどうかを予測するための最適な情報と判断の根拠を与えてくれる。

また、「実験」にはたんに検証するという以上の意味が含まれている。たとえば、実験的な取り組みの場合には、通常とは異なる方法での実施がなされたり、まったく新しい発想や経験が得られるものとなったりもする。「実験」という限定的な状況を通じて、大胆な取り組みや変化をみることができるのも「実験」の良さである。「実験」とは新規性の高い取り組みが許容される場であると同時に、自分の構想の根拠を与えてくれるものである。「創造性」と「合理性」の交わる結節点、そこが「実験」というプロセスである。

冒頭のエジソンの言葉にあるように、発明やものづくりにおいては、「実験」がひじょうに大事にされてきた。あたらしいものを形づくり、それを実際に試してみることで、成功と失敗を判別することができる。「実験」こそ新しいものをうみだすプロセスであった。実はこの流れが、新しいビジネスやサービスの開発にも迫っている。リーン・スタートアップやデザイン思考などがその例としてあげられるだろう。そして事業構想においても「実験的」アプローチはひじょうに有効な手段である。

出典:Eric Ries“The Lean Startup”

プロトタイピングの思想

リーン・スタートアップやデザイン思考における「実験」は「プロトタイピング」と表現されている。「プロトタイプ」とは、デモンストレーション目的や新技術・新機構の検証、試験、量産前での問題点の洗い出しのために設計・仮組み・製造された原型機・原型回路・コンピュータプログラムを指しており、新しいものをかたちにすることで表現されたものである。リーン・スタートアップやデザイン思考においては、サービスやビジネスモデルをプロトタイプとして表現し、かたちにすることで、評価や学習、改善につなげることを目的としている。

リーン・スタートアップは、エリック・リースが“The Lean Startup”の中で提案し、シリコンバレーの起業手法として注目を集めている手法である。その基本コンセプトは、初期投資を低く抑えながら、最低限の機能を持った製品(Minimum Viable Product)をつくり、それを少量の顧客で試し、反応を見ながら、継続か、転換かを決定する方法である。

小規模な投資からスタートするので、顧客の反応が悪いときはすぐに軌道修正をおこなうことができる。また、顧客の声を製品・サービスを介して聞くことができるので、より直接的な製品やサービスへのフィードバックを得ることが可能である。軌道修正の方法としては、

  1. ・ズームイン型機能を絞って提供する
  2. ・ズームアウト型大きな製品の一機能に変更する
  3. ・顧客ニーズ型初期想定とは異なるニーズに焦点をあてる・事業構造型事業の構造を変革する
  4. ・チャネル型販売や流通のチャネルを変える
などがある。

リーンという言葉は、もともとトヨタの経営手法を米国が概念化した“Lean Management”に由来する。Leanは“スリムな”という意味であるが、トヨタがおこなっていた、製造工程におけるムダの排除から、製品および製造工程の全体にわたってトータルコストを系統的に減らそうとする経営手法を体系化したものである。リーン・スタートアップは、スタートアップにおいて、プロトタイピングを続けることで、徹底的な無駄な排除と顧客からの直接的なフィードバックによって改善を続けるモデルであり、その背後には日本的ものづくりが見え隠れしている。

一方のデザイン思考でも、プロトタイプは最重要項目といえるほど重要な項目である。デザイン思考では、問題への共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ、検証というステップを何度も回すことで課題解決に近づいていく。

デザイン思考の中では、プロトタイピングの意義として、以下のようなものが述べられている。

  1. (1) 学ぶ1つの絵で1000の言葉を表現できるように、1つのプロトタイプには1000の絵を表現できる。

     

  2. (2) 不同意の解消プロトタイプは、曖昧さを除いて観念化を手助けするため、十分に意見が伝わっていない状況を減らすことができる強力なツールになる。
  3.  

  4. (3) 会話をはじめるプロトタイプは、ユーザーと異なる種類の会話をするすばらしい方法となる。
  5.  

  6. (4) 早く安く失敗する素早く雑なプロトタイプは、時間とお金を大量に投資することなく、多くのアイデアを試せる。

 

リーン・スタートアップ、デザイン思考のプロトタイピングで共通しているのは、安価な実験をおこなうことで、すぐに修正し、いくども試行することの重要性である。事業構想においても、プロトタイピングをおこなうことで、構想の手ごたえを感じながら、修正をおこなうことが可能になる。

出典:スタンフォードデザインスクール

構想実験に向けた“効果的な”プロトタイピング

プロトタイピングは、構想実験のためのひじょうに効果的な手段である。以下では、構想の実験に有益だと思われるプロトタイピング手法について検討したい。

事業構想は、製品開発を含むこともあるが、「事業」である以上、「モノ」の開発よりも「コト」の開発であるはずだ。「コト」のプロトタイプに関しては以下のような方法が考えられる。

 

コンピューター・シミュレーション

コンピューター上に、店舗等の空間を設計し、コンピューター・シミュレーションによって、そのサービスの流れや内容、オペレーションを示す。プロトタイピングだけでなく、実際のオペレーションの改善などにも活用が可能であるが、反面、作成には専門的な技能が必要であり、費用も高額になることが多い。

 

サービスプロトタイピング

構想したサービスを寸劇等の人を使ったシミュレーションによって可視化する。仮想顧客を想定し、実際にサービスを提供する場面を演じることによって、仮想顧客により実際的な体験をしてもらうことが目的である。ビジネス折り紙などのサービスプロトタイピングの専用ツールなども開発されている。

 

ペーパープロトタイピング

上述したサービスプロトタイピングの一種とも言えるが、とくにソフトウェアなどを開発する際に、実際の画面構築をする前に、紙でシステムを擬態する方法である。システムのイメージを伝達するのに効果的であるだけでなく、提供するシステムのプロセスの分析にもつながり、システムの改善にも効果的である。カスタマージャーニーマップ(CJM)

顧客の体験を分析し、順番に書き起こしていくことで、提供するサービスの一連の流れを記述する。顧客が体験するステップとそこでの行動や感情を分析し、一連のサービスを顧客体験と共に可視化する。

 

ランディングページテスト

ホームページのランディングページを作成し、構想した事業の概要を掲示することで、一種のプロトタイプとする。ホームページ上に構想した事業の概要を示し、その事業への賛意を確認する。ランディングページテストの発展形として、「オズの魔法使いテスト」*1なども存在する。また、ABテスト*2などを組み合わせることで、構想したアイデアの比較なども可能になる。

これ以外にも、例えば「仮のCMの作成」「クラウドファンディングで応募」「実験店舗のオープン」などもプロトタイプととらえることができる。既に何らかの現実的なチャネルを保持している場合は、その一部にプロトタイプを組み込むこともできるだろう。事業を何らかの形で表現し、顧客に提供する体験が見えるものであれば、どのような方法であってもプロトタイプと呼びうるし、事業にあった形でのプロトタイプ化を考える必要がある。

ペーパープロトタイプの一例出典:the Nielsen Norman Group

プロトタイピングの落とし穴

プロトタイプをつくることは、事業に対する顧客の実際的な感想や体験を得るためにひじょうに重要なツールである。しかし、プロトタイピングの注意点もある。プロトタイプをつくることが目的化し、何となく良さそうだというストーリーを共感するだけでは、ほんとうに持続的な事業構想にはつながらないのではないだろうか。

たとえば、リーン・スタートアップと親和性の高い考え方として、ソフトウェア工学における「アジャイル開発」という考え方がある。アジャイル開発は、あらかじめ綿密な計画を立てる計画型の開発(ウォーターフォール)とは反対の概念で、機能を細分化しつつ、システムの開発状況や顧客ニーズに適応しながら開発をおこなう方法である。大規模な計画をしないため、ひじょうに小回りが利き、顧客による要件変更に対応しやすく、近年はさまざまなソフトウェア開発に応用されている。

一方で、参加者の数や経験によっては、こうした手法が不向きな場合もあるといわれている。実際、プロトタイピングをおこなう場合でも、人命に関わるようなものを取り扱っている場合や多くの参加者で動いている場合は、頻繁なプロトタイプによって構想を変更していくことは混乱を引き起こす可能性がある。

また、デザイン思考では、プロトタイピングの繰り返しによって、アイデアの改善を試みるが、小規模なプロトタイプをあまり繰り返し過ぎることによって、アイデアが顧客ニーズに過適応する可能性も否定はできない。11月号の連載にも記載したが、多くのひとびとのニーズに応えることは必ずしも新しい事業構想にとって必要でない可能性もある。

尖ったアイデアが持つ「とげ」は、本来、温存すべきものであろう。さらに、技術的な特異性やビジネスモデルのイノベーションを含んでいる場合は、部分的なプロトタイプに留めるなど、知的資源の保護にも配慮する必要がある。

事業構想の実験を設計し“最初の顧客をみつける”

事業構想の実験も「実験」である以上、設計が必要である。事業を可視化するために必要なプロトタイプを構築し、それを顧客とともに実践する。その際には、プロトタイプをどのように評価するか、軸をつくることが必要である。構想案の中で定義されている提供価値がしっかりと顧客に届いているか、新しい事業によって顧客にどのような変化をうみだすのか、評価する上での仮説設定は必要である。

また、例えばプロトタイピングのプロセスに最初の顧客となるひとびとを巻き込むことも効果的である。プロトタイプを通じて、チーム化やファンの創造をおこなうことができる。イノベーションへの理解が深い第一顧客との強い関係性のもとに共創された事業は、より新しく、かつ顧客中心の事業構想へと進化することが可能となる。

プロトタイピングを通じた実験で構想案のすべてを変えることはむしろ本末転倒である。構想案で策定した価値提案や社会的意義、創造する未来などは、しっかりと構想されたものであれば、事業の軸として存在し続けるものである。提供する活動やパートナー、具体的な方策などは実験を通じて、より良いものにする必要があるが、評価の軸とグランドデザインはぶれてはならない。

このような文脈で考えると、実は、プロトタイピングとは、最初の顧客を見つける「営業」でもある。自らの構想案に共感し、実績がない段階からともに創造してくれる顧客を発見することができれば、顧客との共創がおこり、事業は進化する。

また、営業こそがプロトタイプを超えたより実践的で、真剣な検証の場である。プロトタイプを繰り返す中で、できるだけ多くの実験をおこない、事業構想をより尖らせる。そして、自分自身の事業構想の第一顧客をつかまえる「営業」「コミュニケーション」をおこない、第一顧客との実験に入っていくことができれば、事業構想の手ごたえを十分に感じることができるはずである。

「リーン」の思想が日本的経営を基盤としているように、日本企業は「実験」による改善を得意としてきた。いま一度このDNAを掘り起すことで、「実験」の中で磨かれた日本発の新しい事業構想がどんどん生れ出るはずである。

*1:例えばECサイトにおいてフロントエンドは作成するが、実際の在庫や配送システムは持たずに、手作業で注文に対応し、ECサイトの需要を測定する方法

*2:ホームページの最適化をおこなうために複数の異なったページを比較し、最適なページを探る方法。別の事業構想を掲載することで、顧客の興味の度合いを分析することもできる


新事業のアイデアを考え構想する
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