2014年9月号

事業構想学を構想する

事業アイデアからビジネスモデルへ 理想の構想案をつくる

中嶋聞多、小塩篤史(事業構想研究所 実践知研究センター)

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事業構想のサイクルにそって、前回まで「発・着・想」「未来思考」について論じた。今回は「構想案」をつくる上で最も重要な「ビジネスモデル策定」に焦点を置く。事業構想大学院大学のビジネスモデルは、事業の理想の設計図として構想の軸となる。

事業家≠事業構想家

今回のテーマ「構想案」である。このテーマを考えるにあたって、まずは事業家と事業構想家について考えてみたい。

世の中には事業家あるいは実業家と呼ばれる人が数多くいる。彼らがみな最初から明確な「事業構想」をもっていたわけではないだろう。むしろ構想なく始め、さまざまな試行錯誤と努力を重ねて(それさえなかったという人も稀にいるかもしれないが)成功をつかみとった人のほうが多いのかもしれない。

もちろんそうした方々もおおいに賞賛に値するとは思うのだが、彼らは事業家ではあっても事業構想家ではない。もとより事業家は必要である。しかしそれ以上にいま、この国に求められているのは事業を構想できる人間、すなわち事業構想家なのだと思う。ではそもそも事業構想とはなんであるか。前回までの「発・着・想」から第2段階の「構想案」へと進むには、まずこの点から明らかにする必要があるだろう。

事業構想を定義するには

たとえば「社会学」における「社会」の定義と同様に、「事業構想学」(これもまだ構想の段階)における「事業構想」の定義はそれ自身、継続的に研究されるべき大テーマだといえる。そんな難問に真正面から取り組むのはまた別の機会にゆずることとして、まずは言葉そのものに着目してみよう。本学では「事業構想」を“project design”と英訳している。事業=project、構想=designというわけである。

むろんこれには異論がある方も多いに違いないが、一つの見方であることはまちがいなかろう。ただ翻訳の常として、“project”が「事業」の、“design”が「構想」のもつニュアンスをすべて表現し尽くしているかというと必ずしもそうではない。一対一対応にはどうしても無理があるといわざるをえないのである。その点を考慮して、とくに「事業」についてもう一つ別の言葉を持ち込んでみよう。

“business”である。急いでつけ加えるが、この場合の“business”は日本語の「ビジネス」以上に幅広い意味を含んだ概念である。それを教えてくれたのは、マネジメントの大家ピーター・ドラッカーであった。彼は主著『マネジメント』(原書:Management)に“What is a business?”という節を設けながら、“business”の直接的な定義には言及せず、以下のような解説を加えている(興味深いことに、多くの翻訳書はこの場合の“business”を「企業」と訳している)。

ビジネスとはなにかを知るためには、その目的から考えなければならない。それはビジネスそれ自身の外にある。実際、企業が社会の機関であることから、ビジネスの目的も社会の中にあらねばならない。ビジネスの目的のただ一つの有効な定義、それは顧客の創造である。

To know what a business is we have to start with its purpose. Its purpose must lie outside of the business itself. In fact, it must lie in society since business enterprise is an organ of society. There is only one valid definition of business purpose: to create a customer.・・・

市場は神や自然や経済の力によって創られるのではなく、事業家によって創られるのである。

Markets are not created by God, nature, or economic forces but by businessmen.

・・・

ビジネスとは何かを決めるのは顧客である。 顧客だけが、商品やサービスに対する支払いの意思によって、経済的資源を富に変え、物を商品にかえる。

It is the customer who determines what a business is. It is the customer alone whose willingness to pay for a good or for a service converts economic resources into wealth, things into goods.

ここにはより深く広い意味でのビジネスの定義がある。ビジネスは社会の中で顧客を創造し、一方で顧客によって決められるものである。少し矛盾しているように感じられるが、社会と顧客の間でいきもののように変化する姿こそが正しいビジネスの姿である。そして社会と顧客の間でただビジネスをつくるだけでなく、その変化をふまえてビジネスのあり方そのものをデザインすること、これが事業構想である。構想案とはここで構想された事業の設計図であり、より分かりやすくいえばビジネスモデルであるともいえるのではないだろうか。

「発・着・想」がうみだすものはあくまでも事業のアイデアであり、そこに形をあたえ、必要な肉づけをおこない、全体像を示す設計図、それが構想案であるというわけである。ただし、わが国で流布している「ビジネスモデル」という言葉には、なぜか「こうしたら儲かりまっせ」という声がまとわりついているような気がして、かつIT屋さんの専売特許のような印象がつよい。「構想案=ビジネスモデル」というためには今一度、基礎となる部分から考えなおす必要があるように思われる。

ビジネスモデルの再考

ビジネスモデルといえば、世界的なベストセラーとなったアレックス・オスターワイルダーとイヴ・ピニュールによる『ビジネスモデル・ジェネレーション』が頭に浮かぶ方も多いだろう。その中に登場するビジネスモデル・キャンバス(BMC : Business Model Canvas)は、今日では最も普及しているビジネスモデルのフレームワークとなりつつあり、わが国でも本学をはじめ、多くの大学や企業が導入している(図1)。その構成要素について簡単におさらいをしておく。BMCは基本的に、

  1. (1)顧客セグメント(CS:Customer Segments)
  2.  
  3. (2)価値提案(VP:Value Propositions)
  4.  
  5. (3)チャネル(CH:Channels)
  6.  
  7. (4)顧客との関係(CR:Customer Relationships)
  8.  
  9. (5)収益の流れ(R$:Revenue Streams)
  10.  
  11. (6)リソース(KR:Key Resources)
  12.  
  13. (7)主要活動(KA:Key Activities)
  14.  
  15. (8)パートナー(KP:Key Partners)
  16.  
  17. (9)コスト構造(C$:Cost Structure)
  18.  

の9つの枠からなり、(2)の価値提案を中心に、向かって右側に顧客に関わる部分と収入、左側に自らの活動に関わる部分とコストを配置した構成となっている。

(1)「顧客セグメント」は、ビジネスが対象とする顧客グループをあらわす。マス市場あるいはニッチ市場のどちらをねらっていくのか、あるいは細分化をどのレベルでおこなうかによってもその内容は異なるし、ブックオフの事業のように、複数の顧客セグメントが同時に存在することもある。ただいずれにしても、そのビジネスが誰を対象としたものなのかを定義する枠であり、次の価値提案とともにビジネスモデルの根幹をなす要素の一つといえる。

(2)「価値提案」は、顧客に提供する価値を明示する枠である。原書によれば、価値には価格やサービスのスピードなど定量的なものと、デザインや顧客の経験など定性的なものがあるという。そしてそれらの例として、新規性、パフォーマンス、カスタマイゼーション、「仕事を終わらせる」、ブランド、価格、コスト削減、リスク低減、アクセスのしやすさ、快適さ/使いやすさなどがあげられている。

有名なドリルと穴の例をもちだすまでもなく、ビジネスの本質を、たんなるモノやサービスの提供ではなく価値の提供と考えることで、現代経営学はビジネスの理論をおおいに発展させてきた。だが「価値」という曖昧模糊とした概念を持ち込んだことで、われわれ凡人はつねにその意味ついて考え続けなければならない。ここで大切な点は、カントやヘーゲルのように観念論的に考えるのではなく、現実のビジネスシーンを頭に思い浮かべながら、具体的に考えることである。

(3)「チャネル」には、顧客セグメントにリーチする手段・方法を記述する。原書では、チャネルは認知、評価、購入、提供、アフターサービスの5つのフェーズに分かれ、それぞれ自社やパートナーによる直接・間接チャネルに分類できるという。

(4)「顧客との関係」は、文字通り、ビジネス主体が顧客セグメントとどのような関係を構築するか記述する部分である。じつは世に出回っているビジネスモデル図をざっとながめてみると、パーソナルアシスタンスやセルフサービス、自動サービスから、コミュニティ形成や共創まで、記述内容にたいへん幅がみられる。しかも総じて「ついでに書いた」感がつよい。だが、現代経営学のセオリーからいえば、顧客との関係こそもっとも重視しなければならならいはずであり、「ついでに」ではなく「本気で」考えるべき枠である。

たとえば21世紀のビジネスにおいてもっとも重視すべき価値の一つであるブランドについて、ケビン・ケラーは、図2のような4つの階層と6つのピラミッドを考え、その最上位に「関係」の層として、共鳴性(resonance)を配置している。また、サービス産業においては価値の共創や体験の共有が重要なキーワードになっている。

(5)「収益の流れ」は、ビジネス主体がどこでどのように収益をえるのかを記述する枠である。詳細は後の構想計画に書き込むことになるので、ここではおおまかな描写にとどめるべきである。それでも、収入面で事業の持続可能性を検討することは重要である。

(6)「リソース」では、ビジネス主体がもつ資源のなかで価値提案に必要なものだけを記述する。物理的な資源のほか、知的財産や人的資源、ファイナンス・リソースなども含む。

(7)「主要活動」では、価値提案に必要な活動のうち、主要なものを列挙していく。製造やソリューションに加えて、プラットホームの維持運営やネットワーキングなどさまざまな活動が考えられる。

(8)「パートナー」には、1.非競合企業による戦略的アライアンス、2.競合企業との戦略的パートナーシップ、3.新規事業立ち上げのためのジョイントベンチャー、4.確実な供給を実現するためのバイヤー・サプライアーの関係、の4つがあるという。経験的にいえば、ある相手先を(1)(3)(6)(8)のどこに分類するかでビジネスモデルがおおきく変わることも多い。

(9)「コスト構造」には、そのビジネスモデルにおいて必要となる主要なコストを記述することが求められる。コストは通常、固定費と変動費からなり、(5)から(9)が利益となる。

事業構想の基本は「三方よし」

このように、BMCはビジネスモデルをシンプルかつ視覚的に表現しており、自分自身の構想を伝達する手段としてたいへん使い勝手がよいものである。とくに最近のサービス産業を中心とするビジネスでは、「顧客との関係」と「パートナー」、すなわち顧客とどのような関係を築くか、そして誰と提携し、あるいは協働するかがきわめて重要になってきており、こうした要素をも取り込んだBMCは秀逸なモデルであることはまちがいないだろう。ただ、事業構想という視点からいえば、どうしてもものたらない点、否、欠けている点がある。それは「三方よし」である。継続的に価値を提供しつづける「自分よし、相手よし、世間よし」の事業を構想する必要がある。日本人ははやくからそのことに気がついていた。しかし欧米型の資本主義者はどうやらそうでもないらしい。BMCには、「自分よし」の一部(利益)と「相手よし」(顧客志向)はあるものの、「世間よし」がない。野中らは知識経営の立場からビジネスモデルを論じ、存在次元、事業次元、収益次元の3つのレベルから構成される知識ベース・ビジネスモデル(Knowledge-based Business Model)を提唱し、その差について以下のように述べている。

経済的なビジネスモデルとの違いは、それが単なる価格やコストによる静的な最適メカニズムではなく、未来に向けた価値創造のための動的メカニズムであり、社会的な存在価値という共通善へ向けての事業展開モデルであるという点である。(野中郁次郎、遠山亮子、平田透著『流れを経営する』東洋経済新報社、 2010.)

ビジネスモデルの図面をえがく

社会的意義という存在次元の要素を含まないビジネスモデルは、遠からず社会から淘汰されることだろう。すなわち持続可能とはいえないのである。さらに、社会的意義という共通善を追求することで、顧客からの尊敬や信頼、また事業との強いつながりを感じてもらうことができる。さらに、事業パートナーの獲得やともに働きたいと思う仲間を結集する力があり、その事業体の構成員にとっても何物にも代えがたいモチベーションの源となる。何度でも言おう。持続可能でそして社会に変革を起こすビジネスモデルは、社会的意義を含まなければならない。そして、その結果うみだす未来社会の姿を見つめなければならない。

以上のような点をふまえて、本学ではBMCをベースに、「自組織への意義」「社会的意義」「創造する未来」という項目を加えたモデル(図3)を用いて教育をおこなっている。

「自組織への意義」は、自組織の歴史や保有している資源、組織のDNAを理解したうえで、提案する事業構想が自組織にとってどのような意義があるのかを考える。単に利益だけでなく、組織がいきいきと存続するために望ましい事業こそ継続する事業構想の条件である。

これらの土台の上に「事業」があり、さらにその上に「社会的意義」と「創造する未来」への貢献がある。社会的課題や潜在的な需要に応えることでどのような「社会的意義」を果たすのか、そしてその結果どのような未来像につながっていくのか。前回の連載でかいた「未来思考」はここでも重要である。この要素を加えることで、長期的な構想の視座が付加され、革新性や継続性の証となる。

ちなみにこの枠組みをもちいて構想案の策定を実践している院生たちは、その姿から、この図をビジネスモデルの家(business model house)と呼んでいる。構想案の策定とは、事業という家をたてるための理想の設計図をえがき、しめす作業であるといえるのかもしれない。

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