2014年8月号

事業構想学を構想する

未来思考でうみだす事業構想

小塩篤史、中嶋聞多(事業構想研究所 実践知研究センター)

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人口減少、高齢化、グローバル化と大きな変化が急速に進む時代。変化に対応するには自分自身の思考の枠を取り払って未来を思考することが求められる。未来から考えると、意外と簡単に既存の考え方や行動を打ち破ることができる。

アラン・ケイが1972年に描いた未来の教育の姿(出典: Alan Kay 1972 A Personal Computer for Children of All Ages.)

なぜ未来から振り返るのか

前回までの3回の連載を通じて、事業構想学の基盤として未来学が重要であること、事業構想大学院大学は、事業を構想する場として未来センターに通じていること、さらに発・着・想において自分自身の思考の枠を取り払う方法として未来思考が考えられることを述べてきた。今回は、その未来思考という思考方法についてさらに詳しく述べていきたい。未来思考とはどのようなもので、どのように行われるのだろうか。そして、未来思考は何をうみだすのだろうか。

近年、未来思考の一種であるバックキャスティング(Backcasting)という方法が注目を集めている。バックキャスティングは、予測・フォーキャスティング(Forecasting)と異なり、求められる理想の未来像から現在を眺める方法である。未来像、あるいは理想の状態から現在の課題を認識するという方法自体は、ギリシア哲学をはじめ、昔から存在しているが、この方法をバックキャスティングと名付けたのは環境学者であり、未来学者であったJ.Robinsonである。その後、スウェーデン、カナダ、オランダなどを中心に、エネルギー政策や環境政策の分野で広く活用されるようになった。

環境やエネルギーの課題は、課題解決ができなかったときの負の影響がひじょうに大きく、最悪のシナリオを避けるために未来からの逆算であるバックキャスティングが重視された。近年はその他の政策や経営にも導入が進んでおり、イノベーション創出や新しいアイデア立案に未来思考を使う際のひとつの標準的な形となっている。

バックキャスティングの狙いは何だろうか。それは、長期の視点で理想的な目標設定をおこなうことで、場当たり的な解決策でお茶を濁すのではなく、本質的な解決策を模索することである。これは事業構想においてもひじょうに有益な考え方であり、生活者・社会の課題や必要性に取り組むのが「理想の事業」であるならば、その構想は長期にわたって貢献する本質的な事業である必要があろう。

特に、少子高齢化、グローバル化、IT化によって社会のあり方や個人のライフスタイルが劇的に変化しつつあり、その変化を追わずに本質的な解決策となる事業構想をたてることは不可能である。

イノベーターの思考法

未来思考が長期的な課題の解決に有効であることはおそらく皆の納得を得ることができると思う。われわれは創造的思考法の一部として未来思考を取り上げているが、イノベーションの創出やアイデア発想法としても有効なのだろうか。

創造的な思考法を訓練するのは容易なことではない。たとえば、創造性のトレーニングに関して長年取り組んでいる芸術系大学院での教育(Masterof Fine Arts)では、創造力の醸成のために芸術理論の習得と徹底した製作活動、批評による改善をおこなっている。「守破離」の「守」を徹底的に叩き込まれたうえで、卒業制作において「破」を求めるというのが一般的な流れである。事業構想における創造的思考法のトレーニングも、まずは事業構想家の思考プロセスを模倣し、様々な構想をしてみることが「守」であろう。では事業構想家の思考プロセスとはどのようなものであろうか。その一つのかたちが未来思考である。

と言っても、実際に創造的思考法の中で未来思考と呼んでいるものを事業構想家やイノベーターが使っていたとは考えにくい。ただ、多くの社会を変革した事業家のビジョンや発見のプロセスを観察すると、未来への見通しと未来を自分自身が創造するという意志が感じられる。たとえば、AT&Tの創業者、セオドア・ベイルが提案したビジョンは、「世界中どこにいても繋がることのできるユニバーサルな電話サービス」であり、まだ電話が実験的な製品であった時代から電話によって世界中の全ての人びとが繋がる時代を夢見ていた。フォードは、普通の人びとが自家用車を所有する未来をイメージし、アップルはコンピュータが人間の力をさらに拡大させるという未来をイメージした。

より鮮明な例としては、パーソナルコンピュータの父ともいわれるアラン・ケイ(Alan Kay)をあげることができる。アラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と述べ、常に未来の創造を意識していた。全ての個人がコンピュータを所有し、使用するという未来像を描き出した。彼はそれを「ダイナブック構想」と呼び、1972年に執筆したレポートにおいて、子供たちがダイナブックを使って学習し、コミュニケーションをおこなう姿を描いている。コンピュータの技術的な側面よりも生活への影響を重視し、ツールとしていかに子供たちの教育を変革するか、具体的な未来像として描くことで、パーソナルコンピュータが目指す未来を示している。アラン・ケイに限らず、多くの事業構想家が自分自身の事業がどのような未来を作り出すのか、明確なイメージを抱いて事業をおこなっている。

未来像を描く

では、ここで少し具体的にバックキャスティングによる未来思考の流れをみてみたい。バックキャスティングの流れは、図1に示す流れとなる。

  1. (0)バックキャスティングの準備
  2. (1)理想的な未来の姿を描く
  3. (2) 現在地点を把握したうえでありそうな未来の像を描く
  4. (3)ギャップを見出す
  5. (4)優先順位をつけて解決策を考える

 

バックキャスティングの準備

バックキャスティングをはじめる前に、未来のことを考えるための基礎的な準備をすることが望ましい。未来学において、horizon scanningと呼ばれる出現課題や今後のトレンドを分析する手法があるが、まずは未来予測データなどを収集することで未来の動向を把握する。既に公開されている未来予測をあつかった書籍やレポートなどから、今後の傾向(人口高齢化や気候変動など)、発生する可能性のある課題(社会保障費の増大や環境の変化など)、ワイルドカード(発生すると破壊的な影響を及ぼすできごと。災害など)を収集する。

次にこれらのイベントや課題を時間軸、そのできごとが発生する可能性で分類しておく。その際に関連性や因果関係があるイベント同士を連結しておくと、未来におこるイベントの傾向と大まかな流れを把握することができる。また、PEST分析(政治・経済・社会・技術の分析)などをおこなうことで未来の傾向をより詳細に理解することができる。未来予測の知識をある程度持った状態から理想的な未来の姿を描く作業に入る。未来に関して一定の制約条件が課されることで逆に理想的な未来像へのイメージがつかみやすくなる。

理想的な未来の姿を描く

バックキャスティングにおいてもっとも重要なプロセスである。われわれはどのような未来の生活を望んでいるのであろうか。人間や社会、科学技術、政治経済に対する洞察力と経験していないできごとに対する想像力を全て稼働させて、自らが望む理想の未来の姿を描き出す。その姿をアラン・ケイが絵で示したように描き出しても良いし、一行で伝わるようなコンセプトにすることでもイメージが伝えやすくなる。「業界一位になる」というような相手を想定した未来像ではなく、自分自身が何をなしえたいかという点を明確なビジョンとして示す必要がある。

自分自身のバックキャスティング

ここでバックキャスティングの流れを、少し具体的にイメージするために、自分自身のキャリアのバックキャスティングを考えてみる。一般的には、自分のキャリアを考えるときは現在持っている能力や資格、過去の学歴・経歴などの資源を中心に考えがちである。バックキャスティングをベースにする場合は、現在の能力等をいっさい考慮せず、どのような自分になりたいか、どのような仕事をしていたいかをまずはしっかりと明らかにする。そこでうみだされた「なりたい自分」に必要な能力や資源から今の能力や資源を引き算すると、理想的な自分を実現するために獲得するべき「ギャップ」が明らかになる。このギャップを埋めるキャリアプランは、バックキャスティング的なキャリアプランであると言える。

ギャップを見出す

未来像をベースにアイデアを考えるときは同様に、「ギャップ」を見つけだすことが重要である。描き出した未来の理想の生活像と現状との間にどのようなギャップが存在するかを探索する。あるいは、現在の傾向のまま推移すると起こりそうな未来(フォーキャストされた未来)と理想的な未来との間のギャップを探索する。そのギャップこそが、理想的な状態の達成のために変化が求められている要素であり、未来から後ろ向きに見た課題である。この課題の解決を考えると、現在既に起きている課題への解決策とはまた異なった視点で、新しい事業の種を考えることができるだろう。時間軸が自然に未来へと引き伸ばされ、未来の理想の姿を描き出していることから、社会に持続的に貢献する理想の事業構想の種がそこに潜んでいる。

未来を引き寄せるために

未来を引き寄せて事業構想に繋げるためにいくつかのポイントがある。一つは未来予測の扱い方ともう一つは個人ベースで考えることの重要性である。

未来予測の扱い方であるが、起こる確率が高い未来予測に関しては、理想的な未来像を考える際にもその状態を考慮し、乗り越えることを考えていく必要がある。たとえば、人口の動態はもっとも確実な将来予測の一つである。出生と死亡、人口移動という定量的な3つの変数でかなり精度が高く予測ができる。人口減少や高齢化といった確度の高い将来予測を未来像構築の際に配慮することで、不確かな未来像に現実味を加えることができる。

もう一つは個人ベースで考えることの重要性である。未来の理想状態は、できるだけ個人の生活レベルで考える方が具体的な事業構想につながりやすい。社会や産業の動向はひじょうに不確かであるが、個人の行為は大きく変化しない。2030年になっても、人間の基本的な行動、たとえば住む、働く、食べる、遊ぶなどは、中身は違えども、これらの行動がなくなることはない。「未来の住み方」「未来の食べ方」など個人の行動をベースに未来像を描き切ると、そこから具体的な事業を発想・着想しやすく、また多くの人の共感を得やすい。

さらに、未来を考える際には技術の進歩に依存しない方が望ましい。当然大きな技術進歩は起こると考えられるが、むしろ、個人の生活をベースに価値観や文化などソフトな部分での転換を考えることで、現在から連続した未来の姿がより明確になる。

事業構想家の基礎能力としての未来思考

事業構想大学院大学では、講義やセミナーなどで未来思考のワークショップを積極的に取りいれている。これは、アイデア発想法として興味深いだけでなく、未来を考えることは事業構想家にとって基礎的な能力であると考えるからである。

まず、理想を描く力、これはいきいきとした組織を運営するためにもっとも重要な要素である。理想こそが人を惹きつけて、味方をつくり、多くの協力者をうみだす。そして理想こそが、リーダーシップの源泉であり、組織のアイデンティティである。

また、歴史を振り返ってみると、本質的な解決は長期的な視点でのみ、なし遂げられるものである。短期的な解決策がその後に別の課題をうみだすという事象はしばしば見られる。未来思考こそが、社会に持続的に貢献する事業の種を教えてくれる。

さらに、新しいアイデアのためには、発想を打ち破らなければならない。世の中とはこういうものだというイメージ、慣れ親しんだ考え方や行動に自分を縛りつけるイメージから脱却しなくてはならない。未来から考えると意外と簡単にこのイメージを打ち破ることができる。

人口減少や高齢化、グローバル化など大きな変化の入り口にいるわれわれは、必然的に未来を意識しなければならない。ただ、その意識の仕方は、「未来はこうなるのだろう」という正解探しの中で、その流れにそった事業を選ぶのではなく、「未来の理想はこうだ」という意識で、未来をつくる事業に取りくまなくてはならない。未来思考はそのためのほんの小さなきっかけづくりである。

未来思考のための読書ガイド

下記は、未来思考を学ぶうえでの興味深い書物である。

  1. ・バックミンスター・フラー『クリティカル・パス―人類の生存戦略と未来への選択』
  2. ・ピーター・M・センゲ『学習する組織 ― システム思考で未来を創造する』
  3. ・ウッディー・ウェイド『シナリオ・プランニング―未来を描き創造する』

 

それぞれに特徴があるが、フラーは構想力を、センゲは統合的な分析力を、ウェイドは想像力を刺激してくれる。その他にも将来予測に関する本が多数出版されており、将来動向を考える参考になる。

また、SF小説や映画なども未来思考のきっかけをくれるものが多数ある。未来の構想という観点で読書・鑑賞されるとまた違うものを感じることができるのではないだろうか。

謝辞
本稿は、文部科学省科学研究費補助金事業「バックキャスティングによる地域ケア事業構想のための基盤構築に係る研究」の成果の一部である。

実践知研究センター
革新的かつ実践的な事業構想をうみだす知識や知恵について多角的な研究を推進するセンターとして、本年4月、事業構想研究所内に創設された。空理空論を排し、知の現場主義をつらぬくことを理念にかかげている。
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