2014年5月号

事業構想学を構想する

礎としての未来学

事業構想研究所 実践知研究センター

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経営管理から事業構想へ。その基盤には未来学がある。過去は変えられないが、未来は構想し、変えることができる。これから未来を創りだそうとするすべての事業構想家にとって、未来学は有用な指針となるにちがいない。

「万国博をかんがえる会」の主力メンバー、通称「貝食う会」の5人による談論風景
左から、加藤秀俊、梅棹忠夫、林雄二郎、川添登、小松左京 写真提供:梅棹淳子

誰も見たことのない“未来”を創る

事業構想学は未来学である。ただし、ここでいう未来とは、現在の延長としての未来ではなく、いまだ誰も目にしたことのない未来である。このような未来を創るもの、それが事業構想なのである。

2012年4月、おそらく世界で初めて本格的なMPD(Master of Project Design:事業構想修士)育成をめざす専門職大学院として事業構想大学院大学が表参道に誕生して以来、あっという間に2年がたった。その間、大学院に続いて、事業構想研究所、そして本誌月刊「事業構想」の創刊と、やつぎばやに新たな事業が立ち上がっていった。まさに事業の構想と実現のサイクルが、ものすごい勢いで回りだしたのである。そして今春、大学院が最初の修了生を世に送り出し、新たな入学生を迎えた節目の時期に、私たちは次なるステージへと向かおうと思う。それは一言でいえば、事業構想学を構想する段階である。

誤解を恐れずにいえば、これまで「走りながら」考えてきた事業構想の要点を、いま一度整理し、体系化する作業をおこないたいのである。そうすることによって、教育や研究そして本誌のクオリティをさらに高めるのが目標である。はたして「事業」を構想するように「学」も構想できるものなのか。もちろん大いなるチャレンジではあるが、肩ひじをはらずにことをすすめてまいりたい。楽観論こそ事業成功の秘訣とおもうからである。

冒頭で「事業構想学は未来学である」と言った。唐突に感じられた方も多いと思うので、もうすこし解説を加えたい。皆さんは未来学という言葉をはじめて耳にされただろうか。経験をしたこともない未来を学問の対象とできるのであろうか、そんな疑いをもつ方もいるかもしれない。未来学と聞くと、未来予測を思いおこす方が多いのではないだろうか。輝かしい未来の予測は、なにか空虚な印象を受けるし、人類の破滅を予言するような予測も少し聞き飽きているかもしれない。

もちろん、未来がどのようになるのか、真摯に考え、予測することも未来学の一部分である。しかし、未来学はそれ以上に未来構想学でもある。過去は変えられないが、未来は構想し、変えることができる。その点をかんがみると、未来学は未来を創り出すことを希求するすべての事業構想家の基礎となる分野ではないだろうか。

未来を構想するという視座はこれまでの学問分野では必ずしもその中心理念としてはかかげられてこなかった。過去に経験したことから確実な知識を獲得することが経験科学を基盤とする学問の姿勢であった。過去の延長線上に未来がある時代、その有益性は保証されていたかもしれない。しかし、劇的に変化する現在の日本・世界の中で有効な解を探るためには、過去の知識だけでは非力である。未来をどうするのか、学問的にも探求すべきときではないのだろうか。

ここで少し時代をさかのぼり、日本の未来学の草分けたちの姿を通して、変化する社会と未来学、未来構想のすがたを追いたいとおもう。

未来学の源流

1964年の夏頃、「万国博をかんがえる会」という小さな会がうまれた。これは当時まだ30~40代であった人類学者の梅棹忠夫やSF作家の小松左京らが中心になり、1970年に開催が予定されていた大阪万国博覧会を考える私的な研究会である。

当時、日本は高度成長のまっただ中にあった。永続的な繁栄を願い、科学技術による社会の進歩が純粋に信じられていた時代であった。しかし、「万国博をかんがえる会」のメンバーは未来に関して少し異なったイメージを持っていた。環境問題や資源問題などが明るみにではじめている時代である。ただ、経済成長だけをめざしてよいのか。メンバーは未来の姿を真剣に考える必要性を感じていた。未来は常に明るいものではないが、われわれが構想して創りだしていく。そのような気概をもっていた。

それまでの万国博覧会は、国威発揚のための産業見本市という性格が色濃かったが、「万国博をかんがえる会」のメンバーは明確な未来へのコンセプトを提示する場として、万国博覧会を活用しようと考えた。彼らの動きは多くの文化人、たとえば岡本太郎や手塚治虫、星新一などを巻き込み、「人類の進歩と調和」という大阪万博の理念形成につながっていく。もちろん政府や関係機関、多くの文化人が基本テーマの設計にかかわったが、彼らの未来構想は万博のコンセプト形成に、大きな影響をあたえている。

この研究会は、その後の社会にさまざまな果実をもたらすことになる。梅棹忠夫は、太陽の塔の内部に展示する世界各国の仮面や民芸品の蒐集を、「国立民族学博物館」の設立に繋げていく。小松左京はこの経験をもとにSF小説「日本沈没」を書き、SF小説の第一人者となっていく。「万国博をかんがえる会」自体も、日本未来学会へと姿をかえていった。万国博をかんがえる過程で、未来を構想し、研究する必要性に直面したメンバーは、未来学の研究をはじめ、最終的には学会の設立につなげていったのである。

未来学の源流ともいえるメンバーが集まった「万国博をかんがえる会」は、大阪万博の理念形成への貢献というかたちで事業構想をおこない、その事業から国立民族学博物館の設立や学会の設立、小説という新しいものをうみだしていった。未来構想こそが変化する世相の中で多くの人々を惹きつけ、あたらしい事業構想の礎になるのではないかと感じさせるエピソードである。(詳しくは、『梅棹忠夫の「人類の未来」』梅棹忠夫著、小長谷有紀編(勉誠出版)を参照されたい)

理想を描くことは
強固な事業ビジョンをつくる

ここまでは未来学の側から事業構想との接点を考えてきたが、逆に事業構想の側から未来学の意味を考えてみたい。新しい事業を構想するにあたって何よりも重要なことは「理想」を描くことではないだろうか。

「理想」といってもいろいろとある。こんな社会になればいい、こんな生活をしたいなど、望ましい姿の実現に事業は寄与するべきであろう。新たにうみだす事業が人々の生活や社会にどのような「理想」をつくりだすのか、明確なビジョンをもつ必要がある。これはここまでみてきた「万国博をかんがえる会」のいとなみに非常によく似ていると思われる。「理想」を考えるということは、過去や現在の状況をふまえつつも、それらをのりこえた望ましい未来を考える作業であろう。

過去の流れや現在のしがらみから自由になることはできないが、未来の理想を考えることで、事業がめざすべき方向性はよりはっきりとしたものになる。それがただの空理空論ではなく、ほんとうにひとびとが望ましい未来の姿としてイメージできるものであれば、強固な事業のビジョンとなるであろう。

そうしてうまれた事業のアイデアをさらにおしすすめていく上でも未来思考は大きな武器となる。「必要は発明の母」というとおり、多くの事業はひとびとの必要性を満たすことでビジネスとして成立してきた。しかし必要とは単にいま、ここで必要なものだけにはとどまらない。未来の姿をイメージし、その社会の中で必要なもの、新しいライフスタイルで必要なもの、そういったいまはまだ見えない未来の必要性をいきいきと描くことができれば大きなイノベーションにつながるかもしれない。

未来思考はアイデアを活性化させる。また、そのアイデアを実践にうつす場合も未来思考は不可欠である。新しく構想される事業は一過性のものではなく、社会に長きにわたって貢献する事業が望ましいであろう。長きにわたって貢献しつづけるためには、もちろん現在の市場で優位性をもつ必要があるが、未来の市場でもその優位性を保ち続けなくてはならない。

生存し続ける生命体は、強者であることよりも適応能力が重要である。事業も社会の環境変化に適応する能力が必要である。未来の流れをよみながら、常に変化し、進化しつづけなくてはならない。あらかじめ未来の視点をもって、その変化を想定すれば、事業はいつまでも生きのこることができる。

事業構想学への手がかり

このように未来を考える思考(未来思考)、未来を重視する志向(未来志向)は、事業構想をより革新的に、より持続的に、より最適なものにしてくれる。事業構想学は、こうした観点から未来学に取り組んで、未来の事業構想に有益な学問として構想していく必要がある。

少し具体例をあげて解説してみよう。バックキャスティング(backcasting)という、おもに環境やエネルギーの分野で開発され、利用されてきた未来学の手法がある(図1)。

長期的な計画をたてるときには、未来の姿を考えなくてはならない。現在の傾向を延長し、その先に想定される未来を予測(forecasting)する立場と、望ましい未来の姿から逆算して現在と未来の線引きをする手法(backcasting)がある。もとより両方重要ではあるが、バックキャスティングはより革新的なアイデアにつながりやすい。

たとえば、エネルギー問題で考えてみる。エネルギー消費量を削減する時に、現在各部門で削減可能な数値のつみあげから将来の削減を考えるのではなく、20年後、50年後といった状況でどうあるべきかという理想から考えはじめる。望ましい状態をまずは考え、そこから逆算し、計画を立案するのがバックキャスティングである。望ましい未来の姿を考えるというステップが重要であり、当然さまざまな将来予測なども活用しながら、「理想」の状態を描き出す必要がある。

人間の価値観や技術の動向などを考慮しつつ、望ましい姿を示すのである。この過程にも大きな発見が潜んでいるし、またその理想像が解決策の手がかりにもなる。

そのほかにも、
・未来シナリオづくり
・未来予測にもとづいたマーケティング
など事業構想に有益だと思われる手法がいくつもある。

未来はいまとは大きく違う社会かもしれないという視点はアイデアを強化してくれる。また、後述する事業構想サイクルの各段階でも未来を想定することで、思考や検証の幅が大きくひろがるはずである。抽象的な側面をもつ未来学が事業構想学と組み合わさることで、その有益性がさらに実感できるのではないだろうか。

発・着・想から
コミュニケーションまで

事業構想は、発・着・想→構想案→フィールド・リサーチ→構想計画→コミュニケーションのサイクルの中で構想され、発展し、うみだされていく。一見、PDCAサイクルと似たイメージを受けるかもしれないが、われわれは未来をうみだすための「構想」に重きを置いている。

出発点にある発・着・想とは、発想、着想、想像を意味する。なにげない気づき、自由奔放な閃き、そしていきいきとしたイマジネーションこそが事業の種(seed)となる。それらが社会の必要(need)とむすびついたとき事業アイデアがうまれる。ただし、ここでいう社会とは、現在の社会ばかりでなく未来の社会でもあることを忘れてはならない。だからこそイマジネーションが重要なのである。こうしたアイデアが創造的な議論の場でブラッシュアップされ、なにより社会的意義の検討を基軸として、「構想案」へと練りあげられていく。

つぎに、この構想案の効果と実行可能性を「フィールド・リサーチ」で検証し、手ごたえを得て、そこからのフィードバックを反映した、より精緻な理想の事業計画である「構想計画」へと仕上げていく。そして、こうしてできた構想計画をたずさえ社会に対して「コミュニケーション」することで、多くの共感者をうみだし、巻き込んでいくのである。これが一連の事業構想の流れである。このサイクルは回転を続け、事業構想がまた新たな事業構想をうみつづける。

このサイクル図(図2)こそがわれわれの考える事業構想の要であり、クレド(Credo:信念、志、約束)である。したがって次回以降、おおまかにはこのサイクルの流れにそって連載を進めていくつもりである。とはいえ、ときには脱線したり、話がとぶこともあるかもしれない。なにしろ未来学なのだから不確実きわまりないことはお許し願おう。そうしたおりにはぜひ、読者から叱咤激励をお願いしたい。共創こそこれから未来へむけてのキーワードだと思うゆえである。(KN)

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