独学で技術を習得し伝統工芸の道へ つまみ細工を広める職人の挑戦

(※本記事は「関東経済産業局 公式note」に2025年2月3日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

“私にしか出来ないと思えること”をやりたい~独学から伝統工芸へ~

経営者の情熱を発信する“Project CHAIN”第55弾。

今回は、千葉県松戸市のつまみかんざし彩野の代表 藤井彩野(ふじい・あやの)さんにお話を伺いました。

千葉県指定伝統的工芸品である「江戸つまみかんざし」を始め、現在は、「つまみ細工を日常に」をコンセプトにアクセサリーやアロマディフューザーなどを製造販売する彩野さんの原点は、「“私にしか出来ないと思えること”をやりたい」という強い想いにありました。

七五三や成人式などを彩る伝統的な江戸つまみかんざし(画像提供:つまみかんざし彩野)
七五三や成人式などを彩る伝統的な江戸つまみかんざし
画像提供:つまみかんざし彩野

日本の文化・伝統を発信したい

──つまみ細工を知ったきっかけを教えてください。

大学1年生の時、海外研修先で、「着物と浴衣の違いって何?」と聞かれるもうまく答えられない経験をしました。日本のことを何も知らない自分に気づき、日本の文化や伝統を世界中の人に知ってもらえるような活動がしたいと思うようになり、帰国後、つまみかんざし職人体験教室の案内を見かけ、参加してみることにしました。

薄いシルクの布を正方形に小さく切り、ピンセットを使ってつまんで折り畳むことで花びらなどのパーツを作り、土台に乗せて文様を作ることで、糸を使わずに立体的に表現する技法に驚きました。しかし、その時は、技術さえ習得すれば海外での実演に向いているな、と思った程度で、仕事にしようとまでは考えていませんでした。

その後、大学卒業を控えて就職先で悩んでいた頃、縁あって、つまみかんざし職人にお会いする機会がありました。その時に、それとなく職人になれるものかと聞いてみたところ、「弟子は募集していない」と言われてしまいました。

布をつまんで作った花びらを一つひとつ丁寧に土台に乗せていく作業(画像提供:つまみかんざし彩野)
布をつまんで作った花びらを一つひとつ丁寧に土台に乗せていく作業
画像提供:つまみかんざし彩野

──「弟子は募集していない」と言われ、どう感じましたか?

「悔しいし、もったいないな」と感じました。
このままでは技術が継承されず、いずれこの手工芸が消滅してしまうのではと思いました。また、つまみ細工がかんざしとして七五三など特別な日にしか使われていないことにも、もったいなさを感じました。

つまみ細工を日常的に使えるものに変化させることで、ほんの少しでも状況が変わるのではないかとの思いから、大学卒業後は個人のつまみ細工作家としての活動を模索することにしました。つまみかんざしを間近に見ることができる和服店で働きつつ、自宅でつまみかんざしを分解して構造を勉強するなどして、独学で技術を身につけていきました。

──独学のつまみ細工作家として、どのように活動を広げていったのでしょうか。

和服店のお客さんから「着物の残布でつまみ細工の帯留を製作して欲しい」と依頼されたことがきっかけで、本格的につまみ細工製作に取り組むことにしました。その後、現在の「つまみかんざし彩野」の屋号を付け、活動を広げていきました。
また、飛び込み営業などの甲斐あって、製作依頼は増えていったのですが、当時は和服店の仕事と掛け持ちだったこともあり、一人では手が回らなくなってしまいました。それを見かねた友人や和服店の同僚などが、生地の裁断など工程の一部を手伝ってくれるようになり、私の活動を後押ししてくれました。

私は、私の仕事に興味を持ってくれた方はみなチーム、大切な仲間だと思っていて、「チーム彩野」と呼んでいるのですが、その「チーム彩野」の始まりがこの頃でした。

そして、つまみ細工を独学で始めて10年ほど経った頃、「つまみ細工をもっと世の中に広めていきたい!」と腹を括り、和服店を辞め、つまみ細工職人として専念することにしました。

──和服店を辞め、つまみ細工職人として専念することに不安はありましたか?

もちろんありました。

でも、独学で技術を習得して活動することが、“私にしか出来ないと思えること”だと考え、「チーム彩野」とともにつまみ細工を広げていくために、思い切って決断しました。

独学で習得した色とりどりのつまみ細工(画像提供:つまみかんざし彩野)
独学で習得した色とりどりのつまみ細工
画像提供:つまみかんざし彩野

新たな人との出会い・繋がり

──その後、つまみ細工職人として転機となるような出来事はありましたか?

まずは、2016年に関東経済産業局主催の「Next Crafts Generation~KANTO eleven~」に千葉県代表として選んでいただいたことです。「次世代工芸」をテーマに関東経済産業局管内1都10県から各1名の若手職人が選定されて、自身の技術を活かして、新たな商品開発を行う取組でした。

私はこの取組で、布ではなく、和紙をつまむことで、香りを付けられるアロマディフューザーの開発に挑戦しました。世の中に存在しないものづくりに挑戦することで“私にしか出来ないと思えること”が増えると気が付きました。

また、関東各地の若手職人の方々と深くお話しすることで、私自身のものづくりに対する考え方も徐々に変わり始めました。

つまみ細工のピアス・イヤリング「千里花」写真(左)、「六花」写真(右)(画像提供:つまみかんざし彩野)
つまみ細工のピアス・イヤリング「千里花」写真(左)、「六花」写真(右)
画像提供:つまみかんざし彩野
和紙のつまみ細工に挑戦したアロマディフューザー「kaminoka-紙ノ香-」(画像提供:つまみかんざし彩野)
和紙のつまみ細工に挑戦したアロマディフューザー「kaminoka-紙ノ香-」
画像提供:つまみかんざし彩野

──彩野さんの考え方に、特に影響を与えたお話を教えてください。

まずは、桐生織職人の方から聞いた「お客さんも、ものづくりの仲間だと思っている」というお話です。お客さんの意見を既存商品のブラッシュアップや新たな商品のアイディアに繋げることが出来ると気づき、その話を聞いて以来、お客さんも「チーム彩野」の一員として考えるようになりました。例えば、ワークショップの常連の生徒さんに、教える側としても参加いただいています。

また、笠間焼職人の方が、笠間焼だけでなく、笠間という地域自体の魅力発信に繋がるような取組を考えていたことも素晴らしいと思いました。毎年開催される笠間の陶器市(陶炎祭)は約50万人もの来場がありながら宿泊者が少ないことから、職人の方自ら、宿泊施設を整備されたそうです。そのお話に感銘を受け、私も地元貢献を意識するようになりました。

──2018年に千葉県指定伝統的工芸品製作者として認定されました。このことも転機の一つですか?

はい。地元に認めていただいたことで、さらに地元に貢献したいという使命感が生まれました。今では松戸市から依頼を受けて、小学生向けのワークショップを開催するなど、地元との関わりが増えて、それがやりがいに繋がっています。

千葉県の指定伝統的工芸士に認定された彩野さん
千葉県の指定伝統的工芸士に認定された彩野さん

「仲間の声を励みに」

──最近の活動について教えてください。

現在は、ピアスやイヤリング、アロマディフューザーなどを製作・販売するとともに、ワークショップを数多く開催しています。季節ごとや初級・中級・上級のクラス別で開催することで、他との差別化を図っています。

また、製作のメインは基本、私一人ですが、新たな商品やワークショップを検討する際は、「チーム彩野」のメンバーの力を借りて取り組みます。今もギフトショーに出展するため、新たなアロマディフューザーシリーズの開発に「チーム彩野」で日々悩みながら取り組んでいます。

季節感があるワークショップの材料(画像提供:つまみかんざし彩野)
季節感があるワークショップの材料
画像提供:つまみかんざし彩野

また、アート作品にも挑戦しています。つまみ細工の装飾技術としての可能性を探るべく、一昨年度は、メキシコの死者の日をモチーフにカラベラをつまみ細工で装飾したアート作品の展示会を開催しました。

その結果、地元千葉県の有害鳥獣であるキョンの頭骨を用いたアート作品の製作依頼を受けることができました。これまでの挑戦と地元の繋がりから、新たな仕事が生まれることは嬉しいです。

カラベラのアート 写真(左)とキョンの頭骨アート 写真(右)(画像提供:つまみかんざし彩野)
カラベラのアート 写真(左)とキョンの頭骨アート 写真(右)
画像提供:つまみかんざし彩野

──辛いと思う時はありませんか?

ありますよ、しょっちゅうです。例えば、新たな商品の開発は楽しい反面、産みの苦しみもありますし、また一度開発した商品を売り続けることは難しいものです。

でも、つまみ細工を広めるためには売らないと!という想いもありますし、ワークショップに参加いただいた方々から直接反応をいただくと、元気を貰えますし、頑張ろう!と思えます。

仕事をする時には、楽しいと思えるか、ワクワクするかどうかを大事にしています。今、開発している商品がどんなものに仕上がるのか楽しみですし、出展したらどんな反応があるんだろうという感じです。ワクワクしたら、とりあえずやってみます。

商品の説明をしている彩野さん
商品の説明をしている彩野さん

──今後の展望を教えてください

挑戦を続けることで“私にしか出来ないと思えること”を考えながら、つまみ細工を広めていきたいと思っています。

国内外に発信するだけでなく、地元にも還元したいです。ワークショップに参加してくれた方に少しでも興味を持ってもらって、そこから少しずつ芽が出れば良いなと思っています。今まで関わってくれた方々に恩返しがしたいと思っています。

手作りならではの温かさと繊細さを感じるつまみ細工(画像提供:つまみかんざし彩野)
手作りならではの温かさと繊細さを感じるつまみ細工
画像提供:つまみかんざし彩野

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関東経済産業局 公式note