企業と留学生のミスマッチ解消と定着へ 「グローバル愛知」が育む共生社会

(※本記事は日本政策金融公庫が発行する広報誌「日本公庫つなぐ」の第33号<2024年12月発行>で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

ナガサキ工業株式会社の長﨑洋二社長は、主力だった高圧送電線用架線金具製造から時代のニーズに対応し事業の多角化を図ってきた。しかし、同社ばかりでなく「ものづくり王国」の愛知県を支える多くの中小企業は人手不足に悩み、外国人材がいっそう重要になっている。そこで長﨑氏が主導して2017年、人材確保と留学生の就職率向上・定着を目指す一般社団法人「グローバル愛知」を設立、代表理事に就任した。産官学と連携し外国人に門戸を開く企業ネットワークの構築に尽力しており、地域の多文化共生社会への取組みとしても注目されている。

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ナガサキ工業株式会社 代表取締役 長﨑洋二氏

3代目社長として多角化にかじを切る

1935年に創業したナガサキ工業株式会社は、名古屋市郊外の工業団地に八つの工場を持つ金属加工の老舗企業だ。戦後は発電所から変電所までの高圧送電用鉄塔に取り付ける架線金具の専門メーカーとして成長した。現在はフォークリフトなど産業車両用の部品や自動車用センサー、物流機器、さらにソーラーパネル架台など製品の幅を広げ、特に〝厚板の曲げ加工〟の分野では高い評価を得ているという。

長﨑氏は大学卒業後、大手自動車部品メーカーに入社した。急速にIТ化が進む時代で、主にシステムエンジニアとして働いた後、1991年にナガサキ工業に入社。2004年に3代目社長に就任した。

入社して数年後、同社は倒産の危機に陥った。電力事業は全国に張り巡らしてきた高圧送電網の設備投資が一段落し架線金具の新規注文が激減した。「当時の従業員は60人くらいだったが、リストラせざるを得ず2割くらいの人に辞めてもらいました。あのようなつらい思いは二度としたくない」と振り返る。

「企業が提供する全ての商品やサービスにはそれぞれ寿命があり、同じことだけをやり続けていては企業は永続できない」と考え新たな分野を開拓し事業の多角化を進めていった。
 
鋼板・丸棒・鋼管・形鋼などの「鉄」の切断・鍛造・プレス・加工・穴開け・溶接を一貫生産でき、小ロット、多品種、短納期を強みに業績は堅調に伸びている。現在、従業員約200人。売り上げは約38億円。愛知県内の優れたものづくり企業を国内外にアピールする「愛知ブランド企業」にも認定されている。

「ものづくり王国」の中小企業は恒常的な人手不足

業績を伸ばしていく中で、人手不足の問題が深刻になっていった。少子高齢化により全国的に働き手である生産年齢人口は減少してきている。「ものづくり王国」と称する愛知県も例に漏れず、しかもトヨタをはじめ世界的な大企業がひしめく同県では優秀な人材は大手に流れやすい。その裾野を支えている多くの中小企業への人材供給が乏しくなり、恒常的に人手が不足し、労働力として外国人を採用する企業が増えていった。

ナガサキ工業も15年前の中国人を皮切りに積極的に外国人を採用している。現在、36人の外国人従業員がおり、その中には学歴や専門性の高い高度外国人材も在籍している。「もともと国籍や性別などにこだわっていませんでした。優秀な人材を採用できたらいいと考えていました」と長﨑氏は話す。

2年前の採用試験では、30人以上の応募の中で最も優秀だった中国人の林益霏さんを採用した。林さんは交換留学生として中部大学に入学して大学院を修了した女性だ。総務室のスタッフとして人事や福利厚生などを担当している。外国人従業員は中国の他、ベトナム、タイからの人がおり、社内文書の多言語化を進めている。

また、寮や会社が借り上げた住居を提供するなど生活面のサポートもしている。2カ月ごとに本人と職場リーダーが面接し、仕事や生活の困り事について聞き取りをして解決のサポートをするなど、外国人従業員のモチベーション向上に努めている。

1935年に名古屋市で創業したナガサキ工業株式会社。電力向け架線金具や産業車両、自動車部品などの製造で、地域産業を支え続けている
1935年に名古屋市で創業したナガサキ工業株式会社。電力向け架線金具や産業車両、自動車部品などの製造で、地域産業を支え続けている

業界全体の課題解決に向け「グローバル愛知」を設立

しかし、同社ばかりでなく中小企業の人材確保はいっそう難しくなるばかりだ。長﨑氏は業界の代表として行政や経済団体の会合などで、外国人材の受け入れとサポート体制の必要性を声高に唱えてきた。一方で、外国人を「安価な労働力」としか捉えていない企業がたくさん存在している。長﨑氏は「外国人はもはや、会社にとって『貴重な戦力』だ」と企業側も認識を改めるべきだと訴えてきた。

長﨑氏を中心に、そのような問題意識を共有する仲間の中小企業経営者6人と大学教授1人が集まり、2017年8月、一般社団法人「グローバル愛知」を立ち上げた。代表理事には長﨑氏が就任した。設立に当たり二つのミッションを掲げた。「中小・中堅企業の人材不足解消」と「留学生の就職率向上と定着」だ。現状の課題解決をストレートに掲げた。

中小企業が人材確保に悩む一方で、高度人材になり得る外国人留学生が、日本での就職を希望しているにもかかわらず、就職活動に関する情報を適時に得られないなどの理由で、帰国せざるを得ないケースが多いという現状がある。就職内定率は4割にとどまるといい、そのようなミスマッチを解消することが喫緊の課題だった。

グローバル愛知は非営利団体で会員企業の会費や各種セミナー、イベントなどによる収益で運営されている。会費は資本金3億円以下が入会金10万円、年会費6万円などと低く設定し、紹介手数料は発生しない。現在、東海地方を中心に112社が加盟している。外国人留学生の会費は無料で今年度約300人が登録。卒業者も含めると、この7年間で計約2千人の外国人留学生がグローバル愛知の会員になった。

日本学生支援機構の調べでは、2023年5月1日現在、日本の外国人留学生数は27万9274人で、そのうち愛知県内では1万2463人。グローバル愛知に登録している留学生はまだ一握りだが、紹介して就職した外国人の離職率は7・5%で、日本人の離職率より低いというデータがあり「一定の成果が出ているのではないだろうか」と長﨑氏は見ている。

立ち上げを担った初代事務局長は米国人の元留学生

グローバル愛知のサービスは企業向けと留学生向けがあり、双方の橋渡しをしている。企業向けは、▽留学生の採用支援▽各種セミナー開催▽企業・留学生との交流事業▽採用後のサポート。留学生向けは、▽日本企業への就職支援▽企業と留学生の交流事業▽無料日本語講座開催▽就職活動、異文化理解のイベント開催、などだ。

地域における留学生の「働きたい」と企業の「雇いたい」のマッチングという新しい取組み。それを担った初代の事務局長は、長﨑氏と喫茶店で偶然知り合いになり英会話の個人教師だったという米国からの元留学生、エリオット・コンティさんだった。

彼は2011年に南山大学に交換留学生として来日し、その後、大阪市立大学大学院で社会学修士号を取得。一時は研究者を目指していたが、長﨑氏から「留学生の就職支援を一緒にやらないか」と誘われナガサキ工業に入社し、グローバル愛知の設立と同時に事務局長を引き受けた。コンティさんは当初からの3年間の約束期間を経て巣立っていったが、現在もアドバイザーとして協力している。

会員企業と留学生の交流会。イベントから面接につながることもあるという
会員企業と留学生の交流会。イベントから面接につながることもあるという

きめ細かい就職支援と定着のためのアフターフォロー

現在事務局で働いているのは、タイ人のルーアンウィリヤ・ヤーニンさんと橋詰翠さんの2人の女性。近くフランス人男性が加わる予定だ。

支援活動の様子”
グローバル愛知の会員企業は112社、留学生は約300人が登録。大学を含めた100程度の教育機関とも連携している。週3回の日本語講座の他、大学での留学生向けの就職活動ガイダンスやマッチング交流会などさまざまな支援活動を行っている

ヤーニンさんは南山大学大学院で社会科学を専攻した。学生時代にグローバル愛知を知り、留学生の経験を基に就職と生活の支援を担当している。ヤーニンさんによると、外国人留学生が日本で就職活動をする際の最初のハードルは、日本の慣行を知らないことだという。

「日本では大学4年の6月にはほとんどの人が就職活動を終え、多くの人が内定をもらっていると思いますが、外国ではそのような慣行がありません。そのころに留学生はようやく就職先を探し出すため、結果的に希望の就職ができないケースが多いのです」と、就職活動の入り口でつまずく実態を指摘する。大学には就職相談窓口であるキャリアセンターがあるが、留学生にきめ細かい対応ができていない大学が多いのが現状だという。

橋詰さんは営業と企業対応を担当している。また、日本語教師として中級日本語会話の授業も受け持っている。母親が日本語教師をしていたことから興味を持ち、仕事をしながら夜間学校に通って勉強した。出産で一時休学したが、子育てをしながら学び続けたという努力家だ。教育実習の授業を見学していたグローバル愛知のスタッフに声をかけられて、入社したという。

留学生向けのサービスで特に力を入れているのは、求職者一覧・求人掲示サービスだ。求職者のプロフィールの他に、新規入会者には1時間以上かけてじっくりと面談し、客観的な人物評の「所感」を添えた〝カルテ〟を作成。本人の自己PR動画も発信している。企業にとっては、履歴書やエントリーシートだけでなく面接以前に求職者の詳細な情報と印象が得られ、ミスマッチを少なくする効果が期待されている。また、履歴書作りの協力はもちろん、スタッフが面接に同席することもあるという。

企業と留学生の交流会も定期的に開催しており、面接よりもカジュアルな雰囲気でお互いのことが分かるため好評を得ている。また、セミナーでは外国人雇用のポイントの他、外国人社員の活躍・定着の好事例の紹介や、外国人材受け入れのための企業側の柔軟な対応の必要性も伝えている。

採用された後のアフターフォローサービスも重視している。長﨑氏は「人材ビジネスの業者は就職させたら終わりですが、我々はその後が大事だと思っている」と強調する。グローバル愛知は、年に2回、就職した外国人従業員とその上司にアンケートを行い、双方と面談し、困り事があれば早期の解決に向けてサポートする。会員企業には1年目は基本的にこのサービスに加入してもらっている。「定着」というミッションを果たすための重要な取組みだ。

就職、定着、活躍、納税、消費者として日本のメンバーに

グローバル愛知が紹介した留学生の出身大学や専門学校はこれまでに38校に上り、東京都内や北海道の大学もある。アルバイトを除く採用実績は計130人に達した。当初は大学のキャリアセンターで「非営利」であることが理解されなかったが、地道な活動で次第に認知されてきた。「企業、行政、教育機関などさまざまなステークホルダーが関わるパブリックな取組みです」と長﨑氏は強調する。

国内経済の停滞と円安の影響で日本の魅力が衰退しているともいわれるが、外国人留学生たちは依然として変わらずに日本が好きで、学んだことを日本の企業で生かしたいと思う人が多い。「そのような人が就職し、定着し、仕事で活躍して納税してもらう。そして日本のメンバーとして消費者になる」というサイクルを長﨑氏は期待する。「日本人」「外国人」とひとくくりにしない、より働きやすく、暮らしやすい多文化共生社会を目指している。

グローバル愛知で外国人材の活躍支援と多文化共生の推進に取り組むルーアンウィリヤ・ヤーニンさん(右)と橋詰翠さん(左)。留学生と地元企業との架け橋となっている
グローバル愛知で外国人材の活躍支援と多文化共生の推進に取り組むルーアンウィリヤ・ヤーニンさん(右)と橋詰翠さん(左)。留学生と地元企業との架け橋となっている

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日本公庫つなぐ
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