「何でも屋」からの脱却──専門性で勝負する小規模代理店の生存戦略
印刷・プリプレス業界において「何でも屋」から専門性を軸に独自のポジションを確立しているのがアルタヴィア・ジャパンだ。フランス発のグローバル企業アルタヴィアグループの日本法人として、同社は「専門家とクライアントをつなぐ“通訳者”」という独自の役割を担いながら、着実に成長を続けている。今回は、専門知識を武器に、クライアントとサプライヤーの架け橋を行う理念経営の実践、そして日本と海外をつなぐビジネス戦略について、代表取締役のポワトヴァン・グレゴワール氏に話を聞いた。
アルタヴィア・ジャパン代表取締役のポワトヴァン・グレゴワール氏
「専門家」として生き残る戦略選択
── 印刷業界で「何でも屋」から専門性重視への転換を決断された背景をお聞かせください。
日本には多くの小規模代理店が存在し、その多くが「何でも屋」として幅広い業務に対応しているのが現状です。弊社も創業当初は利益を確保するために、専門外の案件も受注していた時期がありました。しかし、「専門ではない領域で、他社より優れた成果を出せるか?」という問いに対して、自信を持って「はい」とは言えないというのが正直なところでした。
専門外の仕事を部下に任せようとしても、最終的には私自身が現場に関与せざるを得ず、経営者としての本来の役割に専念できない状況に陥っていました。結果として、会社の成長にもブレーキがかかってしまったのです。そこで、弊社は戦略の方向性を見直し、アルタヴィア・ジャパンが最も力を発揮できる領域に特化する方針へと転換しました。
現在の弊社の強みは、カラーマネジメントを核とした印刷・プリプレス分野における高い専門知識です。この技術力を軸に、デジタルメディア対応も含めたプレメディア領域へと事業を拡張しています。印刷にとどまらず、デジタルメディアのためのアートワークデザインやカラーマネジメント、動画制作など、様々なメディアに柔軟に対応できる体制を整えています。「何でも屋」から「専門家」へ。限られたリソースで最大の価値を提供するための、選択と集中の決断でした。
「通訳者」としての独自ポジション
── 専門知識をどのようにクライアントに提供されているのでしょうか。
弊社の最大の特徴は、専門家とクライアントの間に立つ「通訳者」としての役割を果たしている点です。たとえば、カラーマネジメントの分野では、ヨーロッパやアメリカにはそれぞれの国際標準が存在し、日本にも「JAPAN Color」という標準があります。ただし、この日本の基準は古く、長らく更新されていません。
海外から導入されてきた最新の技術や標準を、そのまま「これが正しいやり方です」と日本のクライアントに説明してもなかなか受け入れられず、結果としてビジネスは前に進みません。重要なのは、海外の効率的な手法や考え方を理解したうえで、それを日本の商習慣やクライアントの状況に即して最適化することです。
たとえば、先日、上海のサプライヤーと話した際、その方はカラーマネジメントに非常に詳しい専門家でしたが、クライアントの準備状況を考慮し、必ずしも理想的ではないものの、相手が理解・実践できるレベルに調整した方法でサービスを提供していました。つまり専門家としてのプライドを一度置いて、クライアントの現実に寄り添う姿勢が、重要であると私たちは考えています。
グローバル視点での文化適応実践
── 海外での経験から学んだ、文化の違いへの対応についてお聞かせください。
中国、ヨーロッパ、日本では、働き方やコミュニケーション方法が大きく異なります。たとえば、日本では資料を用意し、丁寧な準備と段取りを重視します。一方、中国では、現場で直接人を捕まえて情報を得るほうが効果的な場合もあります。コーヒーを飲みながら5分程度の会話で重点を聞き出し、その後こちらからメールでフォローアップしなければ、案件が前に進まないことも珍しくありません。
このようなやり方は日本では受け入れられにくいかもしれませんが、中国やヨーロッパでは効率的とされます。弊社のドバイのCEOもアントレプレナー的なスタイルで、スピードを重視し、話し合った内容を即座に実行に移していきます。
重要なのは、それぞれの市場の文化や価値観に柔軟に適応しながら、自社の専門性を最大限に発揮することです。現地の標準や慣習を理解した上で、最適なソリューションを提供できることこそが、弊社の強みだと考えております。
架け橋としての成長戦略構想
── 今後の事業展開について、どのような構想をお持ちでしょうか。
現在、弊社のクライアントは主に外国企業ですが、今後はその逆のケース、つまり、日本の大企業がヨーロッパやアジアに展開する際の“窓口”としての機能をより一層強化したいと考えています。
日本企業が海外進出で直面する課題の一つに、異文化理解の不足や、外国人採用の少なさが挙げられます。そうした課題をアルタヴィア・ジャパンがグローバル展開の橋渡し役となって解決することが私たちの役割です。
例えば、日本のリテールブランドがフランスで出店する場合、什器のデザインは中国のアルタヴィア・シナリテールなどグループ企業、コンセプトデザインはシンガポールのアルタヴィア・イエロ、施工はフランスのアルタヴィア・フィル・ルージュが担当し、日本語での顧客対応を弊社が一貫して支援することで、グループの力を最大限に活用したスムーズな海外展開を実現できます。
一方で、海外企業の日本進出支援も引き続き強化しています。たとえば、先日、新宿伊勢丹や銀座三越でポップアップを手掛けたあるブランドは、日本ではまだ店舗を持たず、eコマースのみで展開していました。こうしたブランドにとって、弊社は日本市場へのエントリーポイントとしての機能を担っております。
for Humanを体現する組織運営
── アルタヴィアグループの企業文化について教えてください。
アルタヴィアはファミリービジネスとして創業され、現在は創業者の息子が2代目として経営を担っています。ただし、「ファミリー」というのは血縁に限らず、創業時から共に会社を築いてきたメンバーや、現在70社あるグループ企業の経営陣までを含めた、広義のファミリーを指します。
グループ全体が共通して大切にしている理念が「for Retail, for Human」です。我々は専門家であると同時に、常に“人”に向き合っています。クライアントも消費者も人間であるという視点を持ち、人に寄り添ったサービス提供を行うことを何より重視しています。
人材採用においても、専門知識とクライアント理解を両立できる人材を重視しています。たとえば、カラーマネジメントなどの新しい技術に興味を持ちつつ、同時にマーケティング担当者や購買部門の立場に立って物事を考えられる人材です。単なる営業職ではなく、専門性に裏打ちされた提案力と共感力を備えた人材が、これからのアルタヴィア・ジャパンには不可欠です。
また、社員一人ひとりの個性や副業も含めて多様な活動も尊重しています。週末にバンド活動をしている社員や、ワインの勉強をしている社員など、個人の特性も大切にしています。それぞれの人が持つ専門性や個性を宝物だと考えています。
グレゴワール・ポワトヴァン
2004年以降、日本と中国にてキャリアを築く。Sciences-Po Parisに奨学金で入学後、日本語を学び、東京大学および慶應義塾大学にて交換留学を経験。卒業後はルノー・ジャポンに入社し、その後北京で中国語を学びつつモバイル業界のコンサルティングに従事。モエ・ヘネシーではドン・ペリニヨンを含む複数ブランドのマーケティングを担当し、2016年からはレミー・コアントロー・ジャパンのマーケティング責任者に就任。2020年よりアルタヴィア・ジャパンの代表として経営改革と業績改善を成功させ、同社の日本事業の成長を牽引している。