航空分野の脱炭素化 持続可能な社会に貢献するフライトの実現のために

(※本記事は国土交通省が運営するウェブマガジン「Grasp」に2024年12月6日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

世界各国・各分野でカーボンニュートラル推進の動きが加速する中、国土交通省では、2050年を見据えた航空分野の脱炭素化を推進するためのロードマップを作成し、航空会社各社と連携を取りながら「航空脱炭素」に取り組んでいます。それを実現する鍵は、航空会社各社で活躍するスタッフ一人ひとりが握っていると言えるでしょう。今回は、全日本空輸株式会社(ANA)のパイロットとして活躍する大石祐華さんにお話をお伺いしました。

全日本空輸株式会社 ボーイング767型機 機長 大石 祐華

ーー大石さんはパイロットでいらっしゃるそうですね。

はい。運航乗務職(自社養成パイロット)としてANAに入社し、地上業務や訓練課程を経て、2012年に副操縦士となりました。2024年に機長に昇格し、現在はボーイング767のパイロットとして勤務しています。ボーイング767型は中型機で、乗務するのは中国や東南アジアへの近距離国際線と国内線がメインです。

ーーパイロットとしてフライトを重ねてきた中で、地球環境の変化を感じることはありますか。

地球温暖化の影響を強く感じています。近年、豪雨被害も多くありますが、特に顕著な例のひとつが積乱雲の発達です。積乱雲の中は上昇気流と下降気流とが混在し、非常に荒れた状態になっており、避けて運航するのが定石です。積乱雲や不安定な大気により空港周辺が雷雨になった場合は、航空機の誘導や貨物の搭載などの地上業務が停止し、離着陸ができなくなることもあります。フライト中にこのような事態に遭遇した時は、着陸を見合わせて空港周辺の上空で旋回待機をしたり、別の空港へ向かったりするのですが、近年、そういったケースが頻発しています。

また、雷雲が発生するエリアも変わってきています。日本で雷が多いのは日本海側ですが、最近は太平洋側の空港、例えば東京や大阪といった都市部で雷の影響を受けるケースが以前より頻繁に起こるようになりました。先輩パイロットも「昔とは違う」とよく言っています。

地球温暖化の影響を強く感じていると語る大石さん

ーーこの夏(2024年)も、雷雨により羽田空港で多くの便が欠航になりました。

本来、雷雨は1時間程度で止む場合がほとんどです。雨が降らなくても、日が暮れて気温が下がれば雷雲は衰退する傾向にあります。今年の夏に都内に発生した積乱雲はなかなか衰えず、羽田空港では数時間ほど地上の作業がストップしてしまったケースが何度かありました。毎回離着陸が長時間中断され、多数の運航便に遅延や欠航が生じることになりました。

また、台風に関しても進むスピードや経路が不規則になっています。私たちパイロットが立てる「この日には、台風はこのあたりまで進んでいるだろう」といった予測が難しくなっており、これも地球温暖化の影響と言われています。

ーー航空機が排出するCO₂も地球温暖化の要因のひとつと言われています。パイロットとして、航空機と地球環境の関係をどのように捉えていらっしゃいますか。

私自身、パイロットという仕事に誇りを持ちながらも、環境問題の観点から葛藤を覚えたことがあります。しかし、現代社会において、航空機は必要不可欠な交通手段であることは間違いありません。ANAのパイロットは、最優先すべきものとして「お客様を安全かつ快適に目的地にお届けする」という使命を担っています。その上で、環境に対してもできる限りの貢献をしていきたいと日々心掛けています。

ーー具体的には、環境のためにどのようなことをされているのでしょう。

私たちパイロットにできることは、操縦の仕方を工夫することにより燃料の使用量を削減する=CO₂の排出量を削減することだと考えています。

パイロットの仕事は、運航管理者が作成したフライトプランをチェックし、承認することから始まるのですが、その時に「最適な飛行経路および高度」などの要素を見極めることが貢献への第一歩です。運航管理者は気象状況や航空情報等を考慮した上でいくつかの飛行経路を基にフライトプランを作成し、パイロットは運航概況を勘案しながら最適なプランを選定、承認します。「向かい風が強い経路より、弱い経路を選んで燃料消費およびフライトタイムを抑える」などの変更がその一例です。

フライトプランをチェックする大石さん
フライトプランをチェックする大石さん

ーー自動車には、燃料消費量やCO₂排出量を削減するための運転のコツがありますが、航空機にもあるのでしょうか。

航空機もエンジンをかけるタイミング、地上走行の仕方、離着陸の仕方などにより、燃料の消費量がかなり変わってきます。例えば、離陸後は速いタイミングで巡航高度(※)に到達することで燃料消費を抑える、着陸時は空気抵抗につながるフラップ(高揚力装置)やランディングギア(着陸装置)を出すタイミングをできるだけ遅くする、着陸後は2基のエンジンのうち1基のエンジンのみで地上走行することでCO₂削減につなげる……という感じです。

また、2010年よりANAではパイロットや客室乗務員が携帯するマニュアルの電子化がスタートし、現在ではほぼ100%の電子化が実現しています。紙のマニュアルは1人あたり数kgにもなりましたから、航空機の総重量が軽量化され、燃料の削減につながっています。個人的には、持ち歩かなければならない荷物がずいぶん軽くなったことが嬉しいです(笑)。

※航空機は、地表または水面から900m(計器飛行方式により飛行する場合は300m)以上の高度で巡航する場合には、国土交通省令で定める高度で飛行しなければならない。

ーー乗客にはわからない、非常に地道な努力を皆さんはされているのですね。

パイロットの間でも、脱炭素はしばしば話題になりますし、路線訓練や審査などではフライト終了後に行うデブリーフィングなどで、指導者から「こうしたほうが良かったのではないか」という指摘やアドバイスをいただくこともあります。

大切なのはフライトの一便一便を大切にして、できる努力を重ねていくことだと考えています。私たち一人ひとりの力は微々たるものですが、世界中のパイロットが日々、燃料を100ポンドでも200ポンドでも削減する努力を重ねていくことで、長期的に見れば環境に及ぼす影響は大きく変わってくるはずです。

ーーANAでは「ANA Future Promise」というスローガンを掲げ、持続可能な社会の実現に向けて全社を挙げて尽力されていらっしゃるとか。

「ANA Future Promise」で掲げているような長期的な目標を持つことも大事ですし、様々な環境への取組を推進し続けることも必要です。一方で、環境問題というのは「Future(未来)」ではなく、まさに今直面しているものです。今後一層の危機感を持って向き合い、パイロットだけではなく、航空会社を取り巻く様々なプロフェッショナルの方々と連携を取りながら、お客様にとって快適かつ環境にも配慮したフライトを実現していきたいです。

「ANA Future Promise」をテーマとした特別塗装機「ANA Future Promise Jet」
「ANA Future Promise」をテーマとした特別塗装機「ANA Future Promise Jet」。リンゴの搾りかすを活用したヘッドレストカバーを採用。また、空気抵抗を低減するリブレットフィルムを機体の側面に貼り付けることで燃料削減効果が期待できる。

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