「経験と勘」の広報から根拠ある「戦略的広報」へ
企業の革新的な姿勢を内外に発信しつつ、組織の一体感を醸成してきた鹿島建設の広報部門。一方で、広報実務は「経験と勘」や慣例に依存していた。そこに課題を感じていた鹿島建設広報室長の田辺義晴氏は、部下の庄司優子氏の大学院進学を支援。体系的な学びで培われた論理的思考が組織の意識改革を促し、研究成果が建設業界の課題に挑む新たな広報戦略として実装されていく過程を語る。

客観的な根拠をもとに本質を問う庄司氏と、それを受け止める田辺室長。論理的な対話が組織を前進させる。
経験則の限界と
体系的な学びへの渇望
私(田辺氏)は、4年前に総務部のリスク管理担当から現在の広報室長に着任しました。そこで直面したのは、これまでの「経験と勘」や「過去の慣例」に大きく依存して進められている広報実務の姿でした。当社の広報室には現場を知り尽くした経験豊富な職人のような実務家がいる一方で、広報という業務を体系的な理論として捉え、戦略的に組み立てられる人材の層は不足していると感じていました。
私は、総務部で地震やサイバー攻撃、コロナ対応といった「マイナスをゼロにする」危機管理の業務を担っていたため、広報という「ゼロからプラスを生み出す」全く逆のベクトルを持つ業務に対し、着任当初は強い戸惑いを感じていました。現状を打破しようとPRプランナーの資格を取得するなど自主的な勉強を始めましたが、同時に「経験豊富な先輩たちと同じように仕事をするには、実務経験だけでなく、体系的な知識を入れなければ限界がある」と強い課題感を持つようになったのです。
そんな折、私自身がご縁あって社会構想大学院大学でゲスト講師を務める機会があり、そこで高い視座を持って学ぶ院生たちの熱量に強い衝撃を受けました。「自社の広報組織を根本から鍛え直すには、この体系的な学びが不可欠だ」と確信したのです。庄司から「専門職としてより良い仕事をするために大学院で学びたい」と相談を受けた際、その意欲を大変心強く思い、挑戦を全力で後押しすることに決めました。

社会構想大学院大学の講義風景

学位授与式の式典に臨む庄司氏
上長の「痛いところ」を突く
論理的思考と組織の意識改革
大学院に通い始めてから、庄司の中で最も目に見えて変わったのは「徹底した論理的思考力」の獲得です。これまでの広報実務では、なんとなく「去年もこのやり方だったから」「過去の踏襲で問題ないだろう」と進めてしまっている部分が少なからずありました。
しかし彼女は、大学院での学びを経て、「そもそもこの広報施策の目的は何ですか?」「本当のターゲットは誰に設定すべきですか?」「客観的な裏付けや法律的な根拠はどうなっていますか?」と、根本的なツッコミを私やチームのメンバーに対して鋭く入れてくるようになったのです。
正直なところ、最初は「痛いところを突かれたな」「これに論理的に答えるのは大変だな」と苦笑いしてしまうこともありました。これまで「経験と勘」で済ませていたプロセスの弱点を、的確に指摘されたからです。しかし、これこそが今の広報組織に最も必要なアプローチだと気付かされました。大学院の教授陣や他社の実務家たちとの議論を通じて、「なぜやるのか」という根拠を徹底的に問われる訓練を積んできた結果です。彼女が感覚的な広報から脱却し、正しい論理に基づいて物事を推進できる高い視座を獲得したことは、組織全体の意識を変える大きな起爆剤になりました。
アカデミアの知見を実務へ実装
建設業界の経営課題に挑む
教育投資に対する最大の「業務への還元」は、彼女が大学院での研究成果を実際の広報戦略として社内に実装していくフェーズに入ったことです。彼女の研究テーマは「BtoB企業におけるオリジナルキャラクター活用の意義」でした。建設業界は今、少子高齢化や深刻な人手不足、若年層の建設業に対する認知度低下といった、企業存続に関わる大きな経営課題を抱えています。彼女はその解決策として、若者や学生への親しみやすさを向上させるためのPR手法を学術的、客観的な視点から深く研究しました。
この実践的な研究成果と、彼女が身につけた高度な論理的思考力が高く評価され、彼女はこの7月から新たに広告担当に抜擢されました。これまで当社が本格的に手がけていなかった新しい領域のPR施策において、自身が培ったアカデミアの知見を直接活かし、社内を説得しながら形にしていく中核的な役割を担います。
広報組織が真の力を発揮するためには、「経験豊富な実務家」や「外部からのキャリア入社者」といった多様な人材が必要です。そこに彼女のように「体系的な学術知識」を持った人材が加わり、互いに刺激し合うことで、初めて多角的な視点を持つ強いチームになります。自社の企業価値向上や採用難といった経営課題を解決する次世代の広報リーダーは、まさにこうした体系的な教育への投資から生まれるのだと確信しています。
