プロレスや寺院の経営管理とは 『多様な組織から見る経営管理論』

新日本プロレスは
なぜV字回復できたのか

経営管理とは、企業等が自社の目的に向かって効率的に動くために、ヒト・モノ・カネといった経営資源を調整・統括することを指す。経営管理に関する書籍や研究書は世の中に多数溢れているが、本書がユニークなのは、既存の本ではあまり取り上げられてこなかった組織体の経営管理を分析していることだ。

具体的には生活協同組合、水族館や美術館、B Corp(社会や環境に配慮した公益性の高い企業)、病院、エンタメ、リサイクル業などの静脈産業、神社仏閣などである。10名の研究者や実務家が様々な組織の経営管理を取り上げ、モチベーション、リーダーシップ、組織構造、企業戦略などの経営管理に関わる諸活動や、現代の企業に求められる経営管理の姿を分析している。

例えば競争戦略論(著:楊一中京大学経営学部講師)では新日本プロレスを取り上げている。1972年にアントニオ猪木氏が設立した新日本プロレスは、選手の離脱による経営難を経て1990年代に人気が復活し黄金時代を築く。2000年代からはプロレス人気の陰りで低迷するが、2005年にゲームソフト制作のユークス、2012年にはキャラクタービジネスのブシロードに買収され事業再生を図り、業績のV字回復を果たした。

本章ではその再生プロセスに焦点を当て、選手一人ひとりのキャラクター構築やターゲット客層のリセット、インターネット等を活用したプロレスの体験機会の増大といった新日本プロレスによる他の格闘技との差別化戦略を、経営管理視点で分析している。

築地本願寺の組織変革

組織変革論(著:高浜快斗大阪公立大学客員研究員)では浄土真宗本願寺派築地本願寺の事例を分析している。400年以上の歴史を持つ築地本願寺は、元銀行マンであり50歳で僧侶の籍を取得した異例の経歴を持つ安永雄彦氏のもとで、時代の変化にあわせた「マーケットイン」の姿勢で本質的機能の保持と新規的価値の創造を成し遂げた。この変革ストーリーを題材に、組織変革のプロセス理論やマネジメント手法を解説している。

本書で提示されている事例はどれもユニークで、単純に読み物としても魅力に溢れているが、そこで語られる経営管理論は本質的であり、経営学を学ぶ学生だけでなく、企業人も多くの学びを得られる内容である。また、SDGsやソーシャルビジネスに関する経営管理もふんだんに語られており、こうした領域での事業開発にもヒントを与えてくれるだろう。

大企業や老舗企業を事例に分析されることが多かった経営管理だが、本書は多様な組織を取り上げることで、多様性豊かな社会に対応するための新しい経営管理論を示している。

 

『多様な組織から見る経営管理論』

  1. 吉村 典久 著
  2. 本体3,000円+税
  3. 千倉書房
  4. 2023年5月

 

今月の注目の3冊

ジョブ・クラフティング

  1. 高尾 義明、森永 雄太 著
  2. 白桃書房
  3. 本体3,364円+税

 

ジョブ・クラフティングとは、個人が仕事に対する認知や行動を主体的に変更することで、仕事をやりがいのあるものへと変える手法を指す。2001年に提唱されたこの概念は、ビジネス及び仕事環境の急速な変化や、人的資本経営やワークエンゲージメントに関する企業の関心の高まりを受けて、近年大きな注目を集めている。

日本のジョブ・クラフティング研究をリードしてきた東京都立大学の高尾義明教授と武蔵大学の森永雄太教授による本書では、その最新のトピックスについて多角的な議論と分析を行っている。第一部ではジョブ・クラフティング理論の近年の展開をまとめ、二部では実践の方法と注視すべき課題を整理、三部では、テレワークなど現代の仕事環境の変化によって生じている様々な課題とジョブ・クラフティングを関連付けて議論している。個人にも人事担当者にも勧めたい一冊。

 

魚ビジネス

  1. ながさき 一生 著
  2. クロスメディア・パブリッシング
  3. 本体1,580円+税

 

魚食は世界で市場が大きく伸長しており、アフターコロナの観光復活に伴い日本の魚食文化に関する世界の注目も高まっている。本書は「魚はビジネスチャンスの宝庫」として、魚ビジネスにこれから足を踏み入れる人をターゲットに、その世界を網羅的かつ中立的に解説したものだ。

著者のながさき一生氏は、東京海洋大学大学院を修了後、「さかなプロダクション」を設立して魚に関する多数のコンテンツ開発・監修に携わってきた人物だ。著者は「日本の魚文化はワインのように世界の教養へと変わっていく」と力強く宣言する。

本書では漁業、養殖業、鮮度保持、水産加工業、流通業、小売業、飲食業まで魚に関するあらゆるビジネス領域を取り上げ、最新の技術やビジネスモデルを解説している。そして後半では培養魚肉を主な題材に、魚ビジネスの未来について予測している。

 

タクティカル・
アーバニズム・ガイド

  1. マイク・ライドン、アンソニー・ガルシア 著
  2. 晶文社
  3. 本体2,700円+税

 

タクティカル・アーバニズム(戦略的まちづくり)は、硬直化したまちを変えるため、大掛かりな都市再開発ではなく、低予算・短期間でできる試みのことを指す。本書の著者であるマイク・ライドン(都市開発コンサルティング会社代表)らが提唱した概念は、疲弊した行政の仕組みや慣習を変え、地域団体や市民と一緒にまちを生まれ変わらせる手法として期待されており、発祥地のアメリカから世界中に広がっている。

本書ではその歴史から最新の取り組みまで、どうすれば実際にまちを変えることができるのか、その方法と理論を紹介したものだ。実践のために市民がどう行動していくべきか、移動図書館やキッチンカーなどを活用したタクティカル・アーバニズムの事例、デザイン思考を取り入れたフレームワークなど、多様なテーマを解説。行政や都市開発従事者に多くの学びを与えてくれる。