「勇気ある長期思考」で社会課題に挑む  未来への架け橋となるインフラ技術の創造へ

AI総合研究所NABLAS株式会社は、東京大学発のスタートアップ企業。人材育成、研究開発、コンサルティングを柱に、社会課題を見据えたAI技術の実装に取り組んでいる。代表取締役所長・中山浩太郎氏は、大学での教育・研究活動を経て起業し、現在はディープフェイク検知など、社会的意義の高い技術開発を進めている。「Be a good ancestor(良き先人となる)」をビジョンに掲げ、短期的利益ではなく、未来に資する技術の創造を重視する中山氏に、これまでの歩みと今後の構想を聞いた。

東大での研究と教育を礎に
技術と社会をつなぐ起業家へ

AI総合研究所 NABLAS株式会社は、東京大学発のスタートアップ企業である。AI技術の中でも、ディープフェイク検知技術など、社会的意義の高い領域に挑戦している。「勇気ある長期思考」を掲げる同社の代表取締役所長・中山浩太郎氏は、産学両方にバックグラウンドを持つ稀有な経歴を持つ。「東京大学で12年ほど、教員や研究員として、色々な活動をしていました。最先端の人工知能に関する教育プログラムの立ち上げや企業様との共同研究などです。ただ、やはり根底では、AIの技術や教育サービスが興味の大きい所でした。第3次AIブームで、AI技術が急激に進化し、世の中に大きい変化を与えてくる状況になってきた中で、培ってきたものを元に起業し、今に至ります」と語る。


「Be a good ancestor」をビジョンに掲げる、NABLAS株式会社・代表取締役所長・中山浩太郎氏

父親も経営者である中山氏にとって、技術や教育を社会に役立てる為に起業する、というのは自然な展開であった。社名の「NABLAS」は、深層学習の学習則である勾配降下法における、勾配∇(ナブラ)に由来する。社会の為にどのような技術やサービスを創り上げるべきか、世界を一つの超多変量空間だと数学的に捉えた上で、探索・創造し続ける、という意志が込められているそうだ。知見を活かし、最新技術で社会に貢献する姿を模索し続ける、という想いが同社の根幹にある。

ディープフェイク検知で現場の信頼構築へ

AI技術などの技術進歩は、効率化の推進や生産性の向上などのメリットをもたらすが、全てが必ずしも社会にとって望ましい結果をもたらすとは限らない。現状の進歩を鑑み、中山氏は、社会が向き合うべき3つの課題を挙げる。「一つ目が教育。技術の出来る事・出来ない事を正しく理解しなければ、過剰な期待や誤解を招きます。社会として正しい理解が進まなければ、AIに対する懸念が必要以上に誇張されたり、逆に『生成AIを使えば何でもできる』といった無責任な主張をする詐欺的な姿勢の企業が蔓延したりする恐れがあります」と指摘する。「二つ目が法整備。現状では、ルールが追いついておらず、『やったもの勝ち』の状態になりかねません」と懸念を示す。最後の課題には、技術開発を挙げ、AIの規制強化を短絡的に行った場合、国内の技術が国際市場において遅れを取るリスクになるため、バランスが大事である、との考えを示した。

教育や法整備は、技術進歩のスピードと比較して、緩やかに進んでいく傾向にあるが、逆に技術の力は、その進化速度や柔軟性を生かして、悪影響を減らし、社会に好循環をもたらす為に利用する事も出来る。同社が提供している技術の一つが、ディープフェイク検知技術だ。画像・動画・音声・テキストのフェイク検出から、情報のファクトチェックに対応し、企業の情報発信の信頼性向上や、なりすましや詐欺防止に役立てられている。本技術の開発を開始した際には、短期的に利益を上げるのが難しいという判断だったが、同社は「勇気ある長期思考」を掲げ、将来、社会として重要になることが予想される技術やサービスについては、先行して技術開発に取り組んでいる。一方で、営利企業(株式会社)のスキームでの活動であるため、決して綺麗事だけの話ではない。将来、社会として必要とされることに、先行して取り組むことが、結局は自分たちの市場での位置を確立するために重要となり、社会に必要とされる企業に成長するために重要だという考えが根底にある。

「勇気ある長期思考」が導く事業のあり方
短期的利益よりも社会的インパクトを重視

同社は、ビジョンとして、「Be a good ancestor(良き先人となる)」を掲げている。「勇気ある長期思考」にも重なる点であるが、中山氏は、「技術開発は短期的利益のためではなく、長期的な社会課題の解決を目指すべきだ」と語る。同社の事業は、技術・研究開発、サービス開発、そして教育の三本柱だが、中でも教育事業では、技術に通じた人材の育成に注力しており、「技術を社会に届けるには、そうした人材が不可欠」と強調する。社会課題に応える技術を地道に育て、時間をかけて信頼と実績を積み上げていく。その姿勢が、着実に同社の事業基盤を支えている。

創造性を発揮できる社会を
AIで単純作業を減らし、人間らしい時間を生む

画像やテキストの作成、自動翻訳から病理診断まで、私たちの日常はAIの技術で埋め尽くされ始めているが、そんな時代の中で、中山氏は、「将来的に、人々のインフラとなるようなAIのサービスを展開したい」と語る。古代に作られたローマの橋が、中世のヨーロッパを長らく支えたように、未来の社会にとっての基盤となるような、新たなインフラを築いていきたい、と構想している。

技術の進化によって、仕事の形も変わり始めている。「消える職業」として名指しされてきた仕事は、技術の進化と共に姿を変えつつある。最近では、マーケターやアナリストといった。知的専門職までもが、その対象に含まれるようになってきた。

「人間の創造性を必要とするような仕事に、もっと人間が多くの時間を割ける社会を作っていけるといいなと思います」(中山氏)。単純作業が減れば、より多くの人材が、クリエイティブな仕事に時間を注げる量が増え、さらなる技術進歩・イノベーションに繋がる。中山氏は、慎重に表現を選びながらも、「責任を持つ部分や人間にしか出来ない事にもっと多くの時間を割いていけるような、生産性の高い世の中になっていく」と展望を述べた。常に社会の先を見据え、目先の利益だけでなく、人々の将来の仕事像まで見据える姿勢は、技術進歩の中での産業界に対するヒントがあった。技術進化に対し、社会の未来像を見据えた「勇気ある長期思考」は、これからの事業を構想する上で重要なカギになるかもしれない。

中山浩太郎(なかやまこうたろう)

大阪大学大学院情報科学研究科博士号取得後,大阪大学情報科学研究科特任研究員,東京大学知の構造化センターおよび東京大学大学院工学系研究科で助教 / 講師を経て現在に至る。専門はAI、知識処理、Webマイニング、大規模計算。9冊のコンピュータ科学分野の著書。