東京ボード工業が描く"カスケード型循環"の未来

環境負荷と経済性を両立する循環型ビジネスモデル
建設現場で発生する木質廃棄物を「燃やすのは最後の最後でいい」——そう語る東京ボード工業の井上弘之社長が追求するのは、木材の命を最大限に活かし切る「カスケード型循環」の実現だ。1947年創業の同社は、単なるリサイクル事業の枠を超え、動脈(製品配送)と静脈(廃材回収)を一体化した独自の循環物流システムを構築。CO₂削減と経済性を両立させながら、持続可能な都市型資源循環のモデルケースを提示している。
"燃やさない"という思想から始まった挑戦
「燃やすのは最後の最後でいい。誰も燃料になるために生まれてきたわけじゃない」——井上弘之社長のこの言葉に、東京ボード工業の事業哲学が凝縮されている。
同社の歩みは1947年(昭和22年)、島根県の合板工場として始まった。その後、複数の企業合併を経て1984年に東京ボードとして新木場に移転。当初はベニア製造業だったが、移転時にパーティクルボード製造に転換した。
転機となったのは1991年(平成3年)。建設現場で使用済みとなった型枠用ベニヤが焼却処分されている現状を「もったいない」と感じた先代の発想が、木質廃棄物処理事業への参入のきっかけとなった。
「当時の東京には現場が無数にあり、マンションやビルの建設で型枠が大量に使われていました。でも3カ月もしないうちに廃棄され、現場のドラム缶で燃やされる。それがもったいないと思ったのが始まりです」
1991年に産業廃棄物処理業の許可を取得し、本格的な循環型事業をスタート。1997年頃には現在の理念「リサイクリングで地球環境の未来をつくる」を明文化し、単なる廃棄物処理業ではない、社会的存在価値を明確に打ち出した。
動脈と静脈を一本化した"循環物流"システム
東京ボード工業の最大の特長は、製品の配送(動脈)と廃材の回収(静脈)を自社で一体化した"循環物流"システムにある。
「普通のメーカーは地方で製品を作り、消費地の東京に持ってきて、問屋を経由して現場に届ける。一方、廃棄物回収は排出事業者との直接契約が原則なので、ゼネコンと直接話ができる。そこで『廃材を回収するから、その代わり製品も使ってください』という提案をしました」
このシステムの効果は劇的だった。地方工場からの輸送と比較して約1/10の距離での循環を実現し、CO₂排出量を大幅に削減。同時に、他のメーカーが原料を購入するのに対し、同社は処理料金を受け取りながら原料を確保できるため、経済性でも優位性を確保した。
「行って帰ってくる。できるだけ製品納品の帰り便で廃材を回収してもらうことをお願いしています。タイミングが合わない場合は近くの現場の廃材を拾って帰る。とにかくCO₂をいかに減らすかを追求しています」
循環を可視化する"EPD"認証と先進的な環境価値創出
同社の環境への取り組みは、感覚論ではなく数値で裏打ちされている。2004年、日本企業としていち早くスウェーデンの環境製品宣言「EPD(Environmental Product Declaration)」を取得した。
「自社で計算した数値を誰が信用してくれるのか。できるだけ公的機関で、ちゃんとしたところに認証してもらいたかった」
EPDは製品のライフサイクル全体でのCO₂排出量や環境負荷を第三者機関が評価・認証する制度。当時はまだ日本で理解されていなかったが、近年のカーボンニュートラル機運の高まりとともに、その先見性が評価されている。
この認証を武器に、2000年頃から竹中工務店、戸田建設などと「木質資源リサイクル協定書」を締結。現場での分別指導から製品優先使用まで、建設プロセス全体を巻き込んだ循環システムを構築した。
CO₂固定期間の延長を実現する"カスケード型利用"
東京ボード工業が追求するのは、単なるリサイクルではない。「カスケード型利用」という概念を実践し、木材が伐採されてから最終的に燃やされるまでの炭素固定期間を最大限延長することを目指している。
「木は光合成でCO₂を吸収して成長し、酸素を大気に戻してくれる。50年かけて成長した木を切ってすぐ燃やしてしまうと、50年間の効果を一瞬にして帳消しにしてしまいます」
同社の製品は、まずパーティクルボードとして使用され、次に家具の基材、さらには戸建て住宅の耐震パネル「壁武者」へと形を変えながら再利用される。
「何回も回していると細かくなるので、最終的には囲炉裏で燃やせばいい。その時に初めてカロリーを回収すればいい。この考え方で、地球上に存在する木材の絶対量を増やすことになり、その分だけ大気中のCO₂が減る」
循環の仕組みを"商品化"する戦略転換
従来は製品営業とリサイクル営業を別組織で運営していたが、現在は統合し、「循環の仕組みごと売る」戦略に転換した。
「製品を安くしても、問屋さんを経由すると末端価格は変わらない。それよりも、廃棄物処理料金を安くする方が、ゼネコンには直接メリットが出る」
現場での分別指導、ドライバーへの教育、4トンダンプでの「手積み」回収まで、循環の質を高めるための取り組みを内製化。単なる製品提供ではなく、「この部材を使えば廃棄物処理コストも下がり、環境報告書にも記載できる」という価値提案をパッケージ化している。
国産材活用と新素材開発への展開
木材業界全体では、南洋材の品質低下と価格高騰により、国産材への回帰が進んでいる。同社もこの流れを受け、千葉県佐倉市の新工場で構造用パネルの製造を開始。
「ラワン合板は品質が落ち、価格も高くなっている。パーティクルボードの方が品質的に優位な分野が増えています」
特にフローリングの基盤材や、戸建住宅の耐力壁分野では、従来の合板からパーティクルボードへの代替が進んでおり、市場拡大の余地は大きい。
さらに、木材以外の循環型素材にも着手している。プラスチックと木粉を混合した押し出し成形材の開発を進めており、ウッドデッキや型枠の代替材として実用化を目指している。
「木材業にこだわっているわけではない。あらゆる廃棄物をちゃんと資源化して、CO₂削減していく。資源循環するのが当たり前で、CO₂削減と環境負荷低減がセットじゃないと意味がない」
デジタル化より現場分別を重視する判断
廃棄物業界でDXの機運が高まる中、同社は現場での手作業による分別を重視している。
「一番いいのは現場で分けることです。破砕機にかけるということは、僕からするとミックスしているということ。現場分別が一番CO₂が少なく、きれいに分けられ、原料として使いやすい」
30年にわたって現場作業員との信頼関係を構築し、丁寧な分別指導を続けてきた実績が、この判断を支えている。
次世代への理念継承と組織づくり
「継承はまだできていない」と謙遜する井上社長だが、理念の言語化と仕組みづくりは着実に進んでいる。
朝礼での理念共有、営業担当者の両面スキル習得、現場指導の標準化など、個人の思いを組織的な実行力に転換する取り組みを継続。
「自分たちの存在価値を高めながら、いかに儲けながら、この事業を継続・発展させていくか。優先順位は存在価値が先です」
持続可能な都市開発への貢献
国土交通省が建築物のライフサイクル全体でのCO₂排出量評価を義務化する方向で検討を進める中、同社の先進的な取り組みは注目を集めている。
「業界平均でEPDを取れという話になっていますが、僕らからするとクエスチョンマークです。補助金をつけてやっているようですが、僕らは補助金なしで20年前からやってきました」
経営者へのメッセージ:信念を貫く重要性
最後に井上社長は、事業構想大学院大学で学ぶ経営者・新規事業担当者に向けてエールを送った。
「やり続けることですね。誰もやっていないことをやると障害もあり、理解してくれない人もいる。でも自分のやっていることが正しいと思うなら、何回も自分を疑いながらも、それでも正しいと確信したら、行動するだけです」
「天国に貯金しているような感じ。どんどん貯金していくと、ある一定の量になったとき、神様が『ご苦労さん』と言って降ろしてくれる。その時は不思議なことに、いろんな反対していた人たちにも感謝できるような気持ちになりました」
循環型社会実現への道筋
東京ボード工業が築いた「環境負荷と経済性を両立する循環モデル」は、建設業界のみならず、地域資源や産業廃棄物の課題を抱える自治体・企業にとって多くの示唆を与える。
動脈と静脈の一体化、環境価値の見える化、現場との長期的関係構築、そして何より「燃やさない」という明確な理念——これらの要素が組み合わさることで、真の循環型ビジネスモデルが実現される。
次なる10年に向けて、同社の挑戦は木材の枠を超え、持続可能な都市開発のインフラとして、さらなる進化を遂げていくだろう。