アスリート個人の可能性を最大化する IDPで新たな成長戦略を描くIC
1978年創業の独立系IT企業である株式会社ICが、従来の受託開発事業から大きく舵を切っている。同社が開発した能力開発支援システム「iDEP」は、ヨーロッパ発祥のIndividual Development Plan(個人開発計画)をデジタル化した世界初のソリューションだ。横浜F・マリノスとの協業を皮切りに、JFAソーシャルバリューパートナー契約を締結し、サッカー界での導入が拡大している。代表取締役副社長執行役員の三澤昇平氏に、新規事業への挑戦と将来構想について聞いた。

創業メンバー中心の企業から次世代への転換点
受託からサービス提供へ
株式会社ICは1978年の創業以来、独立系IT企業として堅実な成長を続けてきた。日立製作所出身の創業者がスピンアウトして立ち上げた同社は、長年にわたり企業の開発やインフラ関連業務で成長。転機が訪れたのは2015年頃のことだった。
「創業メンバーの社長が退任時期を見据え、次世代をどうするか考え始めました。私を中心とした30代後半のメンバーで10年後のビジョンや中期経営計画を策定するプロジェクトが発足し、同時に教育研修も行われました」と代表取締役副社長執行役員の三澤昇平氏は振り返る。
このプロジェクトでのキーポイントの一つが、従来の「人×単価」のビジネスモデルからの脱却の必要性だった。創業以来、受託型の事業で安定した成長を続けているが、時代や需要の変化と共に、独自のサービスを提供する企業への生まれ変わりが急務となった。
2018年、三澤氏は事業開発部の部長に就任。新規事業を立ち上げる専門部門のトップとして、将来の社会に必要とされるサービスの創造に着手した。
「AIなど最新技術を活用し、もっとワクワクするようなサービスで成長していきたいと考えました」と当時の想いを語る。
横浜F・マリノスとの出会いから誕生したiDEP
新規事業の方向性を模索する中で、運命的な出会いが訪れた。プロサッカーチームである横浜F・マリノスとのスポンサー契約を通じて同社は、一般社団法人F・マリノススポーツクラブの宮本元代表理事と対談の機会を得たのだ。
「紙ベースでの管理からDX化が進まないという課題を聞き、『それなら作れます。将来はAIと掛け合わせると面白くなるのでは』と提案したのがきっかけでした」と三澤氏は説明する。
この対談後、具体的な開発がスタート。Individual Development Plan(個人開発計画、以下IDP)という概念に着目したのは偶然ではなかった。IDPは個々の育成を目的としたプログラム・成長計画であるが、ヨーロッパを中心に世界各地で常識的な考え方となりつつあり、日本サッカー界でも導入が進みかけていた。しかし、コロナ禍などの影響で途中で頓挫していたのが実情だった。
「紙や概念としての導入はありましたが、IDPのフレームワークをDX化したものが世界中どこにもありませんでした。それならば我々が作りましょうということになったのです」。
こうして世界初のIDP DXソリューション「iDEP」の開発が本格化する。

ユーザー視点でデザインを進化
丁寧なヒアリングで使いやすさを実現
iDEPの開発において三澤氏が最も重視したのは、ユーザーにとっての使いやすさだった。現在公開されているのはバージョン2で、初期バージョンから大幅な改良が加えられている。
「バージョン1はいかにも開発部が作った、という印象のデザインでした。そこで新たなバージョンでは、ユーザーにとって使いやすく、感覚的に分かるものを目指しました」と三澤氏は開発当初を振り返る。
さらに重要だったのは将来への拡張性だ。当初はチーム起点で設計していたが、選手がクラブを移籍したり、代表チームに選出されたりする現実を考慮し、個人起点のシステムに変更。この際、デザイン面でも専門デザイナーを起用し、大幅な改善を図った。
「繋がりがあった横浜F・マリノス様からデザインについて、バージョン1ではご指摘を頂いておりましたが、デザイナーに全面的に作り直してもらい、バージョン2では大幅に改善致しました」。
開発者の視点の留まらずユーザーの声と真摯に向き合った姿勢は、受託開発からサービス提供者への変貌を遂げる中で重要な転機だった。個人に寄り添い、将来にわたって活用できるかという点を最重視した結果、現在のiDEPが完成したのである。
デザインの変更は思わぬ反響も呼び、海外からの関心も高まっているという。
「バージョン1では関心を示さなかった海外スポーツチームが、現在のバージョンには具体的な関心を寄せるようになるなど、評価の変化が顕著に現れています。」と三澤氏は述べた。

一つのスポーツを超えた可能性
iDEPの未来
アスリート向けサービスで売り出している「iDEP」だが、活用方法は多岐に渡る。現在、iDEPの一番のターゲットは育成年代だ。
「IDPは長期視点と短期視点を分けて目標設定するため、将来の可能性を広げる育成世代での活用を期待しています」と三澤氏は説明する。データの蓄積により、トップ選手の育成年代データとの比較も可能になり、コーチングの材料が大幅に増える効果も期待される。
しかし、「iDEP」やIDPの可能性はサッカーやスポーツのみに留まらない。三澤氏がIDPの考え方に初めて触れた時の印象は明確だった。
「これはサッカーに留まらない可能性を秘めている」。
職場でのキャリアプランニングや他のスポーツ分野への応用可能性を直感的に感じ取ったのだ。将来的にはAI導入などによって、個々人に合わせたスポーツのレコメンドやキャリア開発に役立てられる可能性があるという。

10年後を見据えた企業変革と成長戦略
三澤氏によれば、同社の構想は「将来の社会にとってどんな会社でありたいか」という根本的な問いから始まる。「世の中にとって大事か?」を問いの出発点に、少子高齢化や多様性社会など、社会課題解決に貢献するサービスを次々と生み出していく計画だ。
人材育成面では、入社から退職までの全体像を見直し、新しい教育カリキュラムを導入している。同時に、多様性確保のため中途採用を増やし、M&Aによる新たな技術・文化の取り入れも進めている。2020年から21年に買収した会社は、AI開発や音響工学などの特別な技術を有する企業だった。
「独立系企業としての歴史から、プロパーが多い企業ですが、その点を打開するため、現在M&Aや人材教育、優秀な方の採用など、多岐に渡って改革を行っております」と三澤氏は現在の取り組みを説明する。
従来の人材派遣型ビジネスモデルは外部環境に左右されにくい安定性があった一方で、長期的には成長の停滞、というリスクも内包していた。
「健全な危機感を持ち、会社を成長させていく意識を社員全員が持てるような会社にならないといけない」と三澤氏は力を込める。
今後3年間でこうした変革を一層加速させ、当初の事業領域が想起されないほどの企業への進化を目指している。ITというキーワードは残しつつも、柔軟な成長戦略で、社会に真に必要とされる企業を目指す同社の挑戦に注目が集まる。

- 三澤 昇平(みさわ・しょうへい)氏
- 株式会社IC 代表取締役 副社長執行役員