木の文化と暮らしを守る──アサンテが描く“住宅長寿命化”の未来構想

白蟻防除を起点に、住環境のプロフェッショナルとして事業を展開してきた株式会社アサンテ。創業者のカリスマから事業を継承した2代目社長・宮内 征氏は、現場起点の組織文化と高品質な施工を軸に、業界全体の信頼性向上にも取り組む。戸建住宅の長寿命化という構想に、どんな社会的意義を重ねているのか。
戸建て急増期に創業、“人と家と森を守る”使命を掲げて
1970年、日本列島改造論の波に乗り、全国で戸建住宅の開発が進んだ時代。アサンテのルーツは、そんな時代背景の中、前身の「三洋消毒」としてスタートした。創業者が着目したのは、急増する木造住宅に潜む衛生リスク──特に白蟻による被害だった。
「1970年から73年ぐらいにかけて、当時の総理大臣・田中角栄が日本列島改造論を打ち出し、新幹線やインフラ整備が進んだ時期でした。土地開発が進み、戸建住宅がすごい勢いで造成された。創業者は、家がこれだけ建っていくなら、それに対する問題も出るだろうと考えたんです」
現在、代表を務める宮内氏が入社したのは1994年。ちょうど同年に社名を「アサンテ」に変更し、防虫・防湿を超えて"快適な暮らしの支援"を掲げた転換点だった。宮内氏はその変革期にプロパー社員として入社し、人材育成や営業・品質管理に従事。2020年に先代の急逝により社長に就任した。
「創業者は強烈なカリスマ性の持ち主で、まさに"鶴の一声"で会社を動かすタイプでした。私自身はブレーン的な立場として近くで働いていたこともあり、考え方や価値観はある程度共有できていたと思いますが、創業者からバトンを受けるというのは、想像以上に大きな挑戦でした」
その引き継ぎは、企業文化そのものの転換でもあった。昔は、社員が現場帰りに事務所で酒を酌み交わし、温泉旅行も当たり前だった。一部で根強く残る"昭和的社風"から、上場企業としてのガバナンス強化へ。「働き方改革」という言葉の浸透よりも早く、就業時間や労務管理の見直しが迫られたという。
変化する衛生観念──顧客ニーズの質的転換
アサンテの主力であるHA(ハウスアメニティ)事業は、白蟻防除や湿気対策、耐震補強、リフォームまで、木造住宅を中心に多様なサービスへと広がっている。その根底にあるのは「住宅の長寿命化」という構想だ。
「創業当時に比べて、国民の衛生感覚は大きく変化しました。昔は街路樹に殺虫剤を撒くのも日常風景でしたが、今では考えられません。住宅の中に1匹でも虫が出たら気になる、という方も増えています」
同時に、薬剤への意識も変わった。従来の化学薬品に代わり、天然由来の薬剤や低刺激性の処理方法が求められるようになった。アサンテでは、必要最小限の使用で最大の効果を得る"省薬施工"を追求し、環境と居住者に配慮した処理方法も導入している。
この変化について宮内氏は語る。「気づいた時には遅い、虫歯と一緒です。自然治癒はしないので、ボロボロになって大規模修繕をする状態になる。これはやっぱりちゃんと認知していただいた方がいいだろうなと思います」
さらに、同社が手がける「木の文化継承プロジェクト」は、文化財や桜の保全、さらには外来種による倒木リスクへの啓発にも広がる。こうした活動はCSRの枠に留まらず、木造住宅を基軸とした日本の住文化全体を守るミッションだと宮内氏は語る。
「木造の戸建て住宅を好む方は今でも全体の7割以上を占めています。桜や梅の樹木も、日本人の文化的アイデンティティの一部です。見えない床下や樹木内部の変化に"気づく"こと、その重要性をもっと社会に伝えていきたいと思っています」
人が品質をつくる──営業の標準化と人材育成の工夫
現在アサンテでは、全国各地の農協と提携しながら地域ごとの拠点展開を進めている。拠点が増え、顧客が広がるほど問われるのは「サービスの品質の標準化」だ。
「この仕事は工事後にすぐ結果が見えないだけに、"誰がやるか"が非常に重要です。当社の施工費は決して安くありませんが、それでも選ばれているのは、丁寧な営業対応と確実な施工品質が評価されているからだと思います」
アサンテでは、営業社員であっても入社後すぐに営業に出るのではなく、まずは施工部門で現場を経験する仕組みを確立している。「営業として入社した人が、最初に研修センターで1週間ほど基礎知識を勉強し、その後現場に出るのですが、いきなり営業ではありません。実際に施工部門の後について回り、工事現場を経験する。それで営業に出ても、1人で動くのではなく先輩社員について何週間か行動し、また研修センターに戻る。この繰り返しで、1人で動くのは半年近くかかります」
この"現場理解"を前提にした育成設計が、サービス全体の質を支えている。また、人材定着に向けた報酬制度の工夫もある。成果報酬型で稼ぎたい中途社員もいれば、安定を求める若年層もいる。そこで、固定給と歩合給のバランスを調整し、働き方の選択肢を増やしているという。
JA(農協)チャネルが切り開く地域密着型ビジネス
アサンテの特徴的な取り組みの一つが、JAとの提携による事業展開だ。「JAの取扱い企業として動いているところもあるので、JAさんとの提携が進むと、その地区に対してのテリトリーが広がる。そうやって、ちょっとずつJAとの提携を増やし、結果的に出店している」と宮内氏は説明する。
これは単なる販路拡大を超えた戦略的意義を持つ。地方では住宅メンテナンスの専門業者が不足しており、JAという既存の地域コミュニティを活用したビジネスモデルは、他業界の地方進出戦略にも応用可能な示唆を与えている。
業界変革への使命──"ちゃんとやる会社"を増やす
白蟻防除業界には約3,000社が存在するとされるが、その多くは10名未満の小規模事業者。全国規模で品質基準が統一されておらず、業界全体の地位向上が課題となっている。
「この業界の地位を上げるには、"ちゃんとやる会社"が増えることが必要です。我々の施工品質や対応の丁寧さを通じて、業界全体の信頼を引き上げていけたらと思っています」
宮内氏は業界の現状について率直に語る。「業界としての地位が低く、なにか信用がおけないというイメージもある。しかも床下って見えないから、何をやってるの?という評価を受けることもある業界です」。そんな中で、上場企業として財務や品質、研修体制を可視化するアサンテは、社会からの信頼確保の役割も担っている。
また、最近では桜の木の保全活動において、作業中の職員が地域住民から「何をしているの?」と声をかけられることも増えているという。認知度向上への地道な取り組みが実を結び始めている。
10年後を見据えた構想──住宅長寿命化と社員ウェルビーイング
アサンテでは2023年に「10年ビジョン」を策定。柱となるのは二つ、「住宅の長寿命化」と「社員のウェルビーイング」だ。
「白蟻防除や地震対策というのは、木造住宅の長寿命化の手段です。目的ではなくて。お客様の家を、木造住宅を長持ちさせることが我々の存在意義です。もう一つは社員のウェルビーイング。お客様満足があるように、社員満足もちゃんとやっていかないと駄目だと思います」
宮内氏の言葉からは、事業を通じた社会貢献と働く人々の幸福を両立させようという強い意志が感じられる。「1軒のお客様の家を守るということが、ひいては環境を守ることになる。そういったことで必要とされる企業になろうと目指しています」
具体的には、断熱や減災といった生活全体を快適にする商品ラインナップの拡充、社員のキャリア設計や処遇多様化による"働きがい"の実現など、事業と人の両面から構想を描いている。
最後に、地方自治体や企業の新規事業担当者に向けて、宮内氏はこう語る。「何より大事なのは"マーケットイン"の発想です。自分たちがやりたいことではなく、お客様が何を求めているか。お客様の心理を突き詰めることが大事だと思います。そこが新規事業をする上では重要な鍵になるのではないでしょうか」
