「失われた30年を取り戻す」 データで日本企業を再生させる“非合理”への挑戦
「失われた30年」の背景には、日本企業の根深い“データ軽視”がある――。そう語るのは、データ/AI活用の専業企業ブレインパッドの関口朋宏社長だ。同社が進める「内製化支援」は、IT業界の常識に逆らう非合理的アプローチとも見えるが、そこにこそ日本企業再生の突破口があると確信する。20年にわたりデータと向き合ってきた同社が、なぜ今「非合理」に挑むのか。その戦略と、匠の技をAIで継承する独自の挑戦に迫る。
ERP導入の失敗が象徴する日本企業のデータ活用課題
── 「失われた30年」の原因をデータ活用の遅れと捉えられていますが、具体的にはどのような問題があったのでしょうか。
私は前職のコンサルティングファームで、数多くのERPの導入支援を手がけてきましたが、日本企業におけるERP導入は、根本的な部分で誤解があったと考えています。ERPとは本来、「Enterprise Resource Planning」の略で、経営資源の可視化と有効活用が目的です。グローバル企業であれば、地球の裏側のビジネス状況もリアルタイムで把握し、そのデータを基に意思決定や改善を行う。つまり、データという「宝」を事業に活用するためのツールだったはずです。
ところが日本企業は業務効率化のためにERPを使った。世界中がデータ活用を前提に導入する中、日本だけが本質を見誤ったのです。その結果、グローバルビジネスにおいても、依然として人手による“バケツリレー”のような情報収集に頼り、客観的かつ定量的な事業把握ができない状況が続いています。こうした構造的な問題こそが、過去20年間で日本の経済成長が世界と大きく差をつけられた大きな要因だと考えています。
ブレインパッドの関口朋宏社長
課題解決のつもりで新たな課題を作り続けるIT業界の構造問題
── IT業界全体の構造的な問題についてはどのようにお考えですか。
現在のIT企業には、「課題を解決するつもりが、実は新たな課題を生み出している」という矛盾した構造があります。たとえば、あるシステムを導入すると、その運用にまた人手が必要になり、結果として「人が足りない」と追加で外部の人員を投入することになる。こうして外部に依存するコストは膨らむ一方で、本質的な解決に至らない。これがIT業界の典型的な構図です。
こうした状況に対して、私たちブレインパッドが取り組んでいるのが「内製化支援」です。多くの方から「顧客が自らデータを活用できるようになったら、ブレインパッドのビジネスがなくなるのでは?」と言われました。確かに従来のIT企業の論理からすれば、これは非合理的な戦略に映るかもしれません。しかし、企業にとって本質的な課題は、「社内にデータやAIを扱える人材がいない」ということです。ならば、外部に依存するのではなく、自らの手で人材を育てていくべきではないか。それが、私たちの出した答えです。
データ/AI活用の専業企業として培った20年間の経験と実践知
── ブレインパッドの競合優位性はどこにあるのでしょうか。
2004年の創業時、ビッグデータという言葉すら日本では知られていませんでした。2011年に東証マザーズに上場した際も、データ分析を専業とする日本企業としては、おそらく初めての上場だったと思います。この20年間、私たちはデータ活用のパイオニアとして数多くの企業と共に歩み、そして数えきれないほどの試行錯誤を繰り返してきました。正直、傷だらけです。しかし、その「傷こそが最大の財産」であると考えています。
新しい技術の導入において、現場は決して理想どおりに進みません。実際は試行錯誤と混乱の連続です。その現実を肌で知っていること。そして、600名を超える技術者たちが蓄積してきた実践的ノウハウこそが、ブレインパッドの競争優位性です。
私たちは、主に日本の大手企業を支援対象としています。なぜなら、大企業が変われば社会へのインパクトが大きいからです。まずは大手企業で成果を出し、コスト構造を下げた上で、そのノウハウを中小企業や地方へ広げていくという戦略を描いています。
匠の技を‟形式知“に―AIによる日本独自のデータ化戦略
── 御社のAIエージェントは「データを作る」という独特のアプローチですが、その背景は何でしょうか。
日本企業におけるAI活用の最大の壁は、「そもそも学習させるためのデータが存在しない」ことです。多くの現場には熟練の匠の技が存在しますが、暗黙知として個人の中に留まっています。しかし、「10年かけて背中を見て覚える」といった従来の職人文化では、もはや間に合いません。
私たちが開発しているのは、現場作業を動画で記録すると、「何が行われているのか」を自動でデータ化・構造化してくれるAIエージェントです。右手と左手で何をしているのか、ベテランと新人で何が違うのかを可視化できる。これにより、今まで属人的だった技術を形式知化でき、さらに生成AIにより多言語対応もできるので、外国人労働者にも簡単に継承可能となります。
日本の強みは、製造業やサービス業の現場レベルでの品質の高さです。しかし、その価値の多くは「言語化されていない」状態にあります。この宝を次の世代に継承するためには、まずデータ化する必要がある。私たちは、まさにその“データを生む”ことにこそ、AIの価値を見出しています。
学習する組織文化と新卒中心の人材育成戦略
── 人材不足が叫ばれる中、どのような採用・育成戦略を取られていますか。
私たちは創業当初から新卒採用に力を入れており、現在でも年間採用者の約半分は新卒です。いまではデータサイエンスに特化した学部も増えていますが、当時はそうした環境が整っておらず、物理学や数学、天文学などの理系出身の学生を中心に採用していました。重視してきたのは「その人が学生時代の研究に本気で取り組んできたかどうか」です。なぜなら、データサイエンスは本質的に“構造を解き明かす”仕事。何が起きているのかを深く掘り下げ、論理的に因果関係を突き止める思考力が求められます。そして、それは後天的に教えにくい資質でもあります。
こうした志向性を持った人材を新卒で採用し、社内で育成する方針を貫いています。
さらに社内では年間350回以上、有志による勉強会が開催されています。1日1回以上のペースで学ぶことを楽しみ、教えることで自らも成長する文化が根付いています。この「学習する組織文化」が、ブレインパッドの競争力の源泉だと考えています。
脱皮し続けるベンチャーマインドで日本のIT産業変革を目指す
── 今後の事業展開と、日本再生に向けた構想をお聞かせください。
当社の創業者の口癖に「脱皮しない蛇は死ぬ。」という言葉があります。私も同じ思いを持っています。組織も個人も、常に変化し続けなければ成長はありません。現在、当社は中期経営計画の中で「構造改革期」と位置付けていますが、私は「構造改革」という言葉があまり好きではありません。なぜなら、「改革」や「変革」はマイナスからゼロ、ゼロからプラスという発想に立脚しているからです。私たちの歩みは、常にプラス×プラスの連続でした。つまり、後退やリセットではなく、積み上げによる成長と進化です。それこそが、私たちのベンチャーマインドの真髄です。
将来的には「教育」と「雇用」をつなぐ新たな人材サービスも展開したいと考えています。日本全国、特に地方においても、データやAIを扱える人材が育ち、活躍できる環境を整える。そうすることで、企業に入る人材の質が向上し、結果として日本企業全体のビジネスの質も高まるはずです。
私たちの最終的な目標は、データ/AI活用という領域を通じて、日本のIT産業の在り方そのものを変革すること。私たちは大企業ではありません。だからこそ可能となる柔軟で挑戦的なスタイルで、日本の産業構造の未来に貢献していきたいと考えています。