AIRIが描く「知財×人材」の未来 ── 390人の専門家集団で拓く次の事業構想

知的財産調査の分野で独自の地位を築いてきた株式会社AIRI。創業から20年近くを迎えるいま、同社は390人規模の専門家集団を擁し、日本の知財インフラを支えている。その歩みを牽引してきたのは、研究者・行政官・企業-経営幹部として多様な経験を重ねた会長・児玉皓雄氏だ。国の研究機関と民間企業の双方で培った視点を基に、人材育成と知財活用を軸にした「進化する構想」を語る。
原点と転機──研究者から経営者へ
児玉氏の出身は、広島県尾道市。戦後の混乱期を幼少期に過ごし、豊かさとは程遠い環境に育った。高校時代にはテニスに打ち込み、惜しくもあと一歩のところでインターハイ出場は逃したものの、粘り強く取り組む姿勢を早くから培った。
大学は広島大学理学部へ進学。「無から有を生み出す理学」という学びに触れ、研究者としての姿勢を身につけた。その後、大学院博士課程を経て1971年に通商産業省大阪工業技術試験所に入所。研究に没頭するだけでなく、通産省(現・経済産業省)への出向や海外での研究経験を通じて、「研究者でありながら社会全体を俯瞰する視点」を獲得していった。
帰国後は研究所の管理職を歴任し、1999年には電子技術総合研究所の所長を務めた。その後、大阪ガスで技術顧問、関連会社で実務的な研究・経営を担うなど、多様な立場を経験。国と民間の両方を知ったことが、その後の経営者としての視座を大きく広げた。
64歳での挑戦──AIRI創業の背景
キャリアの集大成として児玉氏が挑んだのは、64歳での独立だった。2005年、特許庁は特許審査に必要な先行技術文献調査業務の委託を民間企業に開放した。当初は所属先の大阪ガスで受託することも考えられたが、種々検討してみると難しい。しかし、児玉氏は「これは自分が長年課題と考えてきた“高度人材の活用”に直結するテーマだ」と直感。個人での創業を決意した。
2006年、13名で始まったAIRIは、わずか20年弱で390名を超える専門家集団へと成長した。研究者や技術者が定年後に活躍できる場を提供するという社会的意義と、日本の知財調査を支えるという使命。その二つを両立させることが、同社の存在意義そのものとなっている。
390人の知財プロフェッショナル集団
現在、AIRIの事業の約9割は特許庁関連の業務が占める。一件の誤りも許されない精緻な調査・分析を日々積み重ねることで、国の知財制度を下支えしている。その規模と精度は他に類を見ない。
児玉氏は「研究者や技術者390人をまとめ上げるというのは、経営的に非常に難しい課題です。しかし、この“知的集団を統率する力”こそが我々の強みであり、社会的な意義だと考えています」と語る。
一般財団や公益財団が中心となってきた業界で、株式会社として390人規模を束ねている存在は稀有だ。組織としての統率力と実行力は、日本の知財インフラを支える実証的なモデルケースとも言える。
人材育成と人材発掘へのこだわり
創業以来、児玉氏が最も注力してきたのは「人材」だ。どれほど構想が優れていても、それを実現する人材がいなければ事業は成り立たない。
「人材発掘と育成こそが事業の根幹です。世代や社会の価値観が移り変わる中で、適性ある人材を見つけ育てることに、今も一番苦労しています」と児玉氏は話す。
知財調査という仕事は根気と粘り強さを求められる。専門知識だけでなく、物事をやり遂げる姿勢を持つ人材が欠かせない。近年は、キャリア観や働き方が多様化し、組織への帰属意識も希薄化している中で、同社は「知的作業をやり抜く適性」を持つ人材を地道に育成し続けている。
社会的使命と事業の展望
AIRIが担っているのは、単なる調査業務にとどまらない。日本の知財を網羅的に俯瞰できる立場にあることで、技術の潮流や産業の変化を把握できる。こうした視座をもとに、同社は近年、民間企業向けのコンサルティング事業を拡大している。
特許庁依存のリスクを軽減し、調査で培った技術を活用して企業の知財戦略を支援する取り組みだ。調査から戦略提言へと進化することで、知財活用の可能性を広げている。
「人」を中心に置く事業構想
児玉氏が繰り返し強調するのは「事業は人がつくる」ということだ。知識や技術だけでなく、人間性やネットワークが事業の推進力となる。
「私自身、60代で創業できたのは、研究者・行政官・企業人として築いた人脈があったからです。若い人には知識だけでなく、自分自身を高める努力を続けてほしい」と児玉氏は強調する。
知財という専門領域を支える仕事だからこそ、専門知識を深めるのは当然。その上で「人間を磨くこと」が不可欠だという。そこに事業構想の持続性と拡張性がある。

進化する構想──次の段階に向けて
創業から20年近くを迎えるAIRIは、今後も知財と人材を軸に「進化する構想」を描き続ける。特許庁案件を中心とする国の仕事に加え、民間企業向けコンサルティングを拡大し、知財活用を通じた社会的価値をさらに高めていく考えだ。
児玉氏は「事業構想とは、単に新しいアイデアを形にすることではありません。人を育て、人と人が結びつき、その結果として社会に新しい価値が生まれる。私たちは、その循環を知財の世界から生み出していきたいのです」と語る。
知財×人材という独自の強みを武器に、AIRIはこれからも、日本の産業と社会の進化を支えていく。