病院を「地域の拠り所」に 買い物弱者と生産者をマッチング

東京の下町・江戸川区小岩で約40年続くクリニック、守島医院。診療の前線に立つ院長の守島亜季氏は、地域医療に携わるなかで"患者さんの医食住に携わりたい"と思い、地域活性の一翼を担う新事業の構想に挑んだ。多職種と連携しながら、高齢患者が抱える"食"の課題に取り組んでいる。

地域医療の実践には
ネットワークが必要

守島氏は、2010年に先代の院長からクリニックを承継。数年後には、超高齢社会に対する政策として地域包括ケアシステムが開始され、地域医療を担う開業医として地域住民の医療や介護・福祉領域に携わることが増え、地域の課題にも目を向け始めていた。自身が若くして事業承継したため経営者として学びを深めたい、また地域活性の一翼を担いたいという思いがあり、事業構想大学院大学の理念に共感し、入学を決めた。

守島亜季(もりしま・あき)
医療法人社団 つむぎ会 守島医院 院長・理事長 事業構想大学院大学 東京校 4期生(2016年度修了)

「医療だけでなく介護、福祉、そして行政など、多くの関係者がかかわり一人の人を診ることができるのが地域医療です。地域医療とは決して地方の医療のことを指すのではなく、都市部でも必要なものです。承継したばかりの頃、東京の下町で、自分自身が地域に対して何ができるかを考えました。そのなかで"地域のネットワークをさらに深めることができないか"という思いが当初からありました」

医療の視点から見える
"食"の課題とニーズ

診療所で日々患者と接する守島氏は、診療自体を"フィールドリサーチ"だととらえている。

「患者さんから診療のたびに、直接ニーズを聞くことができますし、自分にとって毎日が学びであり宝だなと感じます」

こうした課題探索と入学時の志である「患者さんの医食住に携わりたい」の"食"の部分がつながった取り組みが〈軒市(のきいち)〉だ。クリニックの軒先を利用して、農畜産物の生産者が勧める旬の食材を、地域住民へ提供する。

2019年11月から開始された〈軒市〉のロゴマーク。クリニックの駐車スペースを活用し、「地域特産品販売会」として開催して盛況に。現在は新型コロナ対策のため、事前オーダーのテイクアウト形式となっている

〈軒市〉で販売される食材。野菜だけでなく米や果物、地域の素材を使ったレトルト食品や焙煎コーヒーなど、幅広いラインナップだ

大きな椎茸を手にするのは、〈軒市〉に食材を提供する栃木県の生産者・グリーンハートT&Kの津久井 慶子氏

「診療のなかで、独居高齢者を中心に買い物弱者となっている方の存在を強く感じました。そのときに栃木県の生産者さんとご縁ができ、この構想につながりました。現在では新型コロナの影響で外出が怖いという方もいらっしゃるので、事前にオーダーをお聞きし、予約時間に取りに来ていただくテイクアウト方式で継続しています」

買い物の困難だけでなく、高齢者を中心に地域住民が抱える食の課題は多い。例えば生活習慣病の予防などで食事に配慮が必要な人もいれば、食への執着がなくなり食が細くなる人もいる。また、認知症で何を食べたらよいかわからない・どうしたらよいかわからなくなってしまうという相談も多い。

「宅配のお弁当を試してもらって、"飽きてしまった"とか"ひとりで食べていても楽しくない"と聞くと、それでは埋まらないものがあるということがわかります。人間ですから、最期まで好きなものを食べたいという気持ちは当然です。ご本人の意思を尊重することはとても大切で、こうした患者さんの気持ちを何とか拾い上げていきたいと考えています」

"人"にフォーカスして
事業を進める

守島氏は大学院で学んだことで、診療時に「もっと深くこの人を知らなくては」という意識が強くなったと語る。

「私が重視したいのは"人"です。患者さんの人生観・死生観など、その方自身を理解しないとよい治療につなげることはできません。地域医療の現場ではACP(アドバンス・ケア・プランニング:人生会議)という人生の最終意思決定を形成する必要性が言われていますが、診療の最初から突然そのような重要な話をすることは難しいことです。コミュニケーションを重ね、その人を深く理解せねばならず、事業においてもこの点を重視していきたいと考えています」

医師は病気でなく人を診る職業だといわれる。守島氏は人の人生に携わるという自身の職業の特性を強く意識しながら地域医療に取り組んでいる。

コミュニケーションを広げ、
構想を広げる

新型コロナによりテイクアウト方式にはなったものの、守島氏の構想の核になるのは"地域の拠り所になる"という点だ。コミュニティ・場という言葉が昨今注目を集めるが、直接のふれあいが難しいなか、これから先の展開をどう考えているのだろうか。

「院内のイベントはすべて止めましたが、運動教室だけは感染予防策を十分に実施したうえで再開しました。今大切にしているのはこちらからお声かけするということです。来院してくれる患者さん・ご家族には体調や精神面の状況を伺っています。一度でもつながれる方には声をかけるというスタイルにしています」

〈軒市〉の取り組みに関しては、今後介護や福祉関係者とのつながりをより広げていきたいと話す。また、今後構想をより進化させるために生産者とのコミュニケーションを増やし、ネットワークを広げていきたいという。

「今回は栃木県の生産者さんにご協力いただきましたが、地元の東京にも農家さんはいらっしゃいます。医療という枠を越え、地域の方と生産者をマッチングできるような仕組みがあればと思っています」

規模を拡大していくビジネスより、足元を大切に、小さく刻んでいくのが自分の性に合うと話す守島氏。食だけでなく、母子家庭や父子家庭、生活保護など、貧困と隣合わせの人々の課題も指摘する。

「診療でお話を聞くと、ご自身の人生に対する希望を諦めている方もいらっしゃいます。でも、こうして来院してくれたということは何かしらのSOSであるとも感じるのです。そういうとき、薬だけでなく、食事などで対応できることもあります。その部分を支えることができるのも、地域医療に従事する私たちなのではないかと思っています」

"医"だけでなく、食も暮らしも支える。地域医療の新しいあり方のひとつであるといえるのではないだろうか。