日本発・職人技のジュエリーをシンガポールへ 現地人材も開拓

家業が苦境のなか大学院へ1期生として入学し、業績を大幅に回復。今年1月にはシンガポール・高島屋内に直営店舗をオープンした。「現地従業員に将来の担い手として育って欲しい」と願う、承継者の構想とは。

藤森 隆(ふじもり・たかし)
フジモリ(Fujimori Inc.) 代表取締役
事業構想大学院大学 1期生(2012年度入学)

家業の危機感から
海外市場を徹底調査

藤森氏は世田谷・三軒茶屋に工房を構える、ジュエリー製造業の承継者だ。現在は東京の工房を経営しつつ、定期的にシンガポールの店舗へ足を運ぶ日々という。

「私自身『事業承継者として今後どうすべきか』という迷いがありました。家業を継ぐ前はIT業界におり、同世代の人脈が幅広く築けていました。他方、ジュエリー業界は同世代で相談できるような仲間がいません。新事業の創出、事業承継者をも対象とした大学院が東京・南青山に開学することは知っていましたが、何しろ1期生ですので、どのような大学院か未知であり、また入学後も先生方や同期生と共に模索しながら学んでいく面がありました」。

精巧なデザインによるオリジナルジュエリーの数々

藤森氏の迷いとは、具体的にどのようなものだったのか。「日本のジュエリー市場の現状に対する危機感でした。モノの良し悪しというより、売り方の良し悪しでブランドの人気が移り変わっていく側面があったからです。モノ自体の良し悪しで判断・評価され、お客様の手に届いていくには、ある程度、市場が安定し、かつ成熟していないといけないと気付きました。では、そのように健全な競争のできる市場は、どこにあるのか? を入学後に考えました」。

マーケットリサーチに踏み出した藤森氏は、ジュエリー市場特有の傾向に気付く。「ジュエリーを単にマテリアルとして買う地域は、しばしばセンスが欠けています。他方、ヨーロッパのように、ジュエリーを大切にする伝統が確立している地域は、購買力に乏しい傾向があります。つまり、意匠の出来を褒めてはくれますが、容易には買ってくれません。では、センスと経済性が両立している市場とはどこか?と考えると、シンガポール、中東、アメリカ合衆国、この三地域であると見定めました」。

その中で、シンガポールは国全体が親日的であり、市場規模が小さくブランド認知が比較的容易で、参入のチャンスがあると感じました」。

こうして、在学中に同期生の紹介で得たイベント販売のチャンスを足がかりに、5年間百貨店でのPOP-UPショップで成果を積み、ついに2019年1月からオーチャード・ロードにある高島屋に直営店舗を開業するに到る。このように構想と実践を巡らせてきた基盤には、自身のルーツがあると語る藤森氏。「もともと実家が工房で、職人中心の商売が身体に染みついていました。『クラフトマンシップをいかに自分たちの生きがいにつなげていくか』が至上命題ともいえました。日本国内ではなくて、海外に出て、自らの価値が再認識でき、勝負できるフィールドを見付けたと実感しています」。

同期生の神谷富士雄氏と協力し、制作したオープン記念のトートバッグ

オーチャード・ロードに面する高島屋の1階に構えた店舗

ブランドの信頼感を高め
人びとの日常に根づく商品を

高島屋はシンガポールでの信頼が厚く、「ブランドの信頼感」を高めることにつながる。売場を保持しつつ、店舗は学生アルバイトのみで営業している。「学生たちにとって、日本は『両親世代が好きな国』であり、『両親と行って美味しいものを食べる国』という位置づけです。学生自身にとって、ファッション・コスメ・エンターテインメントの等身大のトレンドは韓国なのです。日本発のブランドとしては、若者の日本に対する関心を再び呼び起こしたいという思いがあります」。

藤森氏は、何がシンガポール店の強みか、と問われたとき、「シンガポールの優秀な大学生を組織できていること」と即答する。「現地雇用で、シンガポールでトップクラスの人材となる彼女たちに就職したいと思われるブランドにしたい、また彼女たちを一人前のジュエラーとして育てられれば、シンガポールから世界で活躍するブランドに成長できるのではないかという思いもあります」。

現地大学生が着用モデルとなりInstagram等により現地でのブランドイメージを形成している

シンガポール市場の特徴を肌でどう捉えているのか。「日本では子育て世代になるとジュエリーを買う層が極端に減ります。シンガポールは、日本と異なり、日頃の感謝を伝えるため、夫婦が子連れでジュエリーを買いに来る機会が非常に多いです。日本は、バブル時代の20年間が爆発的に売れたのみで、その後は概ね1兆円市場で推移し、ジュエリーが文化としては根付いていないと感じます。シンガポール店では今年、日本円で年商1億円を売り上げたいと考えています。幸い、上半期はちょうどその半分以上で折り返すことができました。先ずは初年度の売上目標をクリアしたいです」。

日本と同様、シンガポールでも、「体験型ジュエリー」つまりモノ消費からコト消費への変化が訪れている。「ジュエリーを買って身に着ける、から、つくって楽しめる、という次の楽しみ方への移行が進んでいます。東京で好評の体験型の工房づくりは、やや早いですが、ぜひ来年から着手したいと思っています」。

大学院での研究が
家業の回復に直結

家業にまつわる不安や新しい環境への不安は、「入学して一気に解消された」という藤森氏。「『学ぶ』という立場での関わりがフラットな関係性を構築してくれ、ロールモデルとなるべき同期生の存在が大きかったです。主体的に学ぶ良いカリキュラムが組まれており、今までの枠組みを越えていくうえでの刺激を受けました。仲間を作ったり、実現に向けて行動したりするうえで本学の環境は恵まれていました」。

「大学院の授業では、事業の具体的な局面を事例に討論され、構想を練るうえで有益でした。また、家業に追われ、事業構想計画書を執筆する精神的余裕がない時期にも、多くの先生方から折に触れて励ましていただきました」。

今後の海外進出については「工房のクラフトマンシップ」を重視する、という。「ものづくりでどう生業を営んでいくかにこだわり、今後の事業を伸ばしていきたいと考えています」。